第2話 -Side S 2-
-Side S-
私立撫子学園。数年前までは女子生徒のみが集う学園であったが、新たなる人材を教育すべくと共学となっているこの学園。
その為、この学園の生徒はほぼ女子生徒となっている。入学式でも男子生徒は十数人しか見掛けなかった。
野球漬けの毎日を送っていた俺にとって、女子と会話する事なんて家族か元チームメイトぐらいだ。
中学三年の初めの頃に身長も急激に伸び、それなりの体格となった。おまけに坊主頭だったせいか、中学校の女子たちからは怯えられていた気がする。
しかし、野球から抜けだした俺には他にやることがない。
これは俗にいう高校デビューのチャンスではないだろうか。
先ほど説明した通り、女子に触れる事どころか、会話も滅多にない。
俺を知っている人などこの学園にはいないだろう。
優雅に華麗に、高校デビューと行こうじゃないか!!
「弐神 蒼之助です!!宜しくお願い致します!!」
直立し、大声でそう放った後、直角の最敬礼をした。
満足して顔を上げると、クラスメイトの女子たちは耳を押さえる者、目を丸くしている者、怪訝な顔をしている者、その他大勢。
状況を認識したところ、若干というか、かなり引かれてしまったようだ。
「……失礼しました」
顔が熱くなっていくのが分かる。つい癖で大声を放ってしまった。少しばかり気合も入れてしまった。
ここはグラウンドではないのだ。大男がいきなり大声を出すから、場が静まってしまったではないか…!!
担任に『元気だね』と一言声をかけられ席へと促された。
周りからはヒソヒソと話し声が聞こえる。
くそっ!第一印象は大事だと、『誰とでも猿とでも仲良くなれる本』の一番初めに書いてあったではないか…!
その後のクラスメイトたちの自己紹介はあまり頭には入っては来なかった。
クラスメイトの男子は俺を含めて二人しかいなかった。
自己紹介を兼ねた一限は滞りなく終了し、早くも数個のグループが出来ている。
先ほどの自己紹介ではやらかしてしまったが、何、すぐに挽回すればいいのだ。
元気がないよりは元気が有り過ぎたほうがいいだろう。
そんな事を思いながら黒板を眺めていると、もう一人の男子生徒が近づいてきた。
「ねぇねぇねぇ!さっきの自己紹介はなに?なに?蒼之助くんは応援団長だったの?」
身長は平均ほど。茶色の短髪でオレンジ色の眼鏡をかけ、堅苦しい制服を早くも着崩していた男子生徒が声をかけてきた。
「おおっと。俺の自己紹介を聞いていなかったような顔だね。改めて、八尾 恋次だ!宜しく、蒼之助団長!」
敬礼をしながら彼は自己紹介をしてくれた。どうやら彼の中では俺のポジションは応援団長に就任したようだ。
「それにしても、話は聞いていたけど、この学園女の子しかいないね。ムフフ、これは俺にも1年中春日和の花満開かな!」
クラスメイトを見回しながら彼は小声でそう話してきた。人生でこんな下心満載な笑顔を向けてきたのは彼で二人目だ。
まぁ俺も少なからず、そんな邪な思いもある。今まで桃色な体験をしてきていないのだから少しくらい思ってもいいだろう。
「俺の方こそ、宜しくな、恋次」
二人しか男子がいないこのクラス。ここで出会えた友情も俺は大切にしていきたい。
自己紹介の固い握手をしていると、いつの間にか、横に小さな女子生徒が立っていた。
恋次と二人して声が出る程驚いてしまった。
幽霊かと思ったよ。
「……弐神……そうのすけ……くん?……握手……」
艶掛かった真っ黒な長い髪。前髪が顔にかかっているせいで表情が読み取りづらいが、髪の隙間から覗く瞳は吸い込まれそうなくらい漆黒だった。
消え入りそうな小さな声をかけてきた女子生徒は俺に向かって手を差し伸べてきている。
「……おう!弐神蒼之助だ。宜しくな……って!?」
その手を握ろうと差し出すと、彼女は勢いよく両手で握り返してきた。
え?今時の女子ってこんなに積極的なの?
彼女は小さな両手で握り締めると、今度は俺の掌を広げて、漆黒の瞳で眺め始めた。
ゴツゴツとした、豆が潰れて皮が厚くなったその掌を彼女は興味津々に眺めている。
「……うん…きれい……」
呟くその言葉の意味がよく分からない。むしろ怖い。
「……ありがと……私、七海……また宜しく……ね」
七海と答えた小さな漆黒の彼女は笑みを浮かばせながら、掌を放してくれた。
……何を宜しくされたのだろうか。