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八狩涼奈の工房再建計画  作者: 冬雛
第一章 辺境の村
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1 八狩

 かつては百を超える種族が暮らしていたとされる琉月だが、それらの殆どが二百年前の種族間の争いを経て、絶滅の一途を辿った。

 戦に敗れ数を減らされた種族の大半は、その後日の目を見る事無く散っていった。


 二百年の時が流れ、現在の琉月で確認できる種族の数は十を下回った。その中でも種族として繁栄していると言えるのは、たったの三つだ。


 一つは、鬼。

 彼らは二百年前の戦で猛威を振るい、数多の種族を絶滅に追い込んだ。他種族を圧倒する身体能力の高さと、並外れた霊子操作の能力を持ち、こと戦闘において彼らに対抗できる種族はまずいなかった。

 その無類の強さを誇った鬼達も、今では人間の支配下に甘んじている。


 もう一つは、妖狐。

 彼らは二百年前の戦を生き抜いた種族だ。普段は人間と全く同じ姿を取っているが、『獣形じゅうけい』と呼ばれる狐の姿へと転じることができる。獣形時の機動力は鬼でさえ捉えかねる程で、鬼族には劣るものの、霊子を操る能力も極めて高い。

 その機動力を以てして、集団戦闘では他種族の追随を許さなかった。


 最後に、人間。

 現在の琉月の統治者たる存在で、桁違いの汎用性を誇る『魔力』を、全種族の中で唯一その身に宿すことができる。だが、それを戦闘に応用できる者は種族の中でも限られ、それは二百年前となれば尚更だ。

 故に、彼らが琉月を治めるに至ったのは代行者・・・の存在にるところが大きい。


 代行者。二百年前の戦にて大半の種族が鬼によって淘汰され、残存する種族が少なくなった戦の終盤に、彼らは突如として現れた。――何故か、人間に味方する形で。

 彼らの存在については、未だ確固として定義付けられていない。ただ、有力視されている仮説が二つある。一つは、『代行者自体が神が差し向けた使いである』とする説。もう一つは、『神が人間の中から数名に力の片鱗を授け、その者達が代行者と呼ばれるようになった』とする説。後者の場合、彼らの助力先が人間に限られていた事に合点がてんがいく。

 どうして代行者がそこまで超常の存在として見られていたのか。それはひとえに彼らの実力故だろう。彼らには、単身で戦局を一変し得る力が備わっていた。

 次第に彼らは天上の存在と見られ、地上にて『神に代わって力を行使する者』として、代行者と呼ばれるようになった。

 しかし、当然彼らにも寿命はある。二百年の歳月を単身で生き抜くのは不可能だ。ただ、代行者は自身の血が流れた者に限り、力の継承が可能だった。その事実が確認されたとする記述は、過去の文献にも残っている。だがどのみち、代行者の数は減る事はあっても増える事は断じて無い。かつては二十を超える数が存在していたらしいが、二百年の時が流れた今の琉月にどれだけの継承者が残っているのかは不明だ。


 要するに、当時の人間達のみの戦力では、鬼族どころかその他の力を持った種族にさえ遅れを取っていたかもしれないのだ。

 しかし、戦の終結から二百年の時を経た現在の人間達を見れば、彼らが琉月の覇者であると誰もが信じて疑わないだろう。


 それは、この二百年間で魔力技術の開発が飛躍的に進んだことを意味している。

 琉月の支配者となった人間達は、魔力という並外れた多様性を持つ力に様々な利用法を見出した。

 光、熱、動力。魔力は用途に応じてその力を変換され、また、その用途も時代の流れに伴い多様化していった。それら魔力を別の力へ変換する際に用いる技法は、総じて術式と呼ばれる。


 様々な術式が開発されるに連れ、人間の中には身に宿る魔力を体内でそのまま変換し、力として行使できる者がより多く現れた。それを戦闘に応用できる者は魔術士と呼ばれ、強力な存在が確認された時は代行者の再来とまで言われたが、流石に単身でそこまでの力を持つ者は現れなかった。


 魔術士の誕生のみに留まらず、人間達は術式を組み込んだ武具を発明した。


 自身の体内で魔力を変換できる者となると、その数はかなり限られてくる。しかし、こと純血の人間である限りは、『必ず魔力を宿している』のだ。詰まる所――、


 魔力を流すだけで術式が活性化し力を発揮する武具を用意すれば、人間の戦力は大幅に上がる、ということだ。


 これとは別に、術式を組み込むのに加えて魔力結晶自体を内蔵する武具も開発されたが、あまり多くは造られなかった。理由は単純で、魔力源を使用者に依るものとしない場合、人間でなくても術式を起動できてしまうからだ。仮に鬼の手にでも渡った場合、それこそ手に負えなくなる。


 魔術を行使するのは、人間のみでなくてはならない。


 くして人間達は琉月の覇者となった訳だが、それが魔術の進歩に依るところが大きいのは、論じるまでもないことだろう。

 そして、人間の繁栄に大きく寄与した魔力技術の研究機関が、当然ながら琉月には存在している。


 ――魔術工房。

 そう呼ばれる機関が、琉月の各国に置かれている。

 工房自体は極めて大規模だが、そこに身を置く者の数は、その規模を鑑みると不気味な程に少ない。

 曰く、極めて高度な魔力に関する研究には、優れた人材のみを集めた少数精鋭の体制が適しているらしい。


 そんな二百年間の人族の繁栄に大きく貢献してきた魔術工房は、通常は一国につき一つしか置かれない。同一の国に複数置いてしまうと、工房間で技術情報を共有する手間が出てしまうからだ。それならば優秀な一箇所に任せ切った方が、遥かに効率の面で勝るだろう。


 しかし、多数の国家が存在する琉月に於いてただ一国、その例から外れた国がある。


 そこには、複数の魔術工房が存在していた。



        ×     ×     ×



 來遠くどおの持つ魔力技術は琉月全土で見ても随一のものだ。そんな魔力国家の、中央から外れた辺境の地に八狩やつがりという村がある。

 国を治める人間達がより都に近い場所を生活の拠点とするのは道理で、その分他種族は僻地で生活する者の割合が多くなる。そんな中この八狩という村は、珍しく村民の大半が人間で構成される片田舎だった。


 そんな変わった村の目抜き通りを往く衣笠きぬがさは、久方振りの来訪にも関わらず何の変化も見せない風景に、どこか安心感すら覚えていた。


 見た目には十三、四かそこらの少女だが、下手をするとそれは十つ以上低く見ているかもしれない。年齢的には元服などうに済ませている人間の女だ。

 緩く癖のついた白髪に、白い肌。彼女が纏うのは、白を基調とし、装飾として藍色を散らした巫女装束のようなものだった。幼い体躯も相まって、その容姿からはどこか神聖なものを感じる。


 彼女自身この村へはよく来ているが、今回は別に来る予定があった訳ではない。

 この近隣に所用があった衣笠は用を終えて帰る段になって、隠れ家で待つ愛弟子に向けて何か手土産があればと考えた。その結果、鹿の一頭でも狩っていけばあの無愛想な弟子も少しは師を敬う事を知るだろうと思い至り、大弓を構えて山林を駆け回っていたのだが――。


(あれだけ探して一頭も見つからないなんて……)


 首尾は最悪。根気強く粘ったが、とうとう獲物が現れる事は無かった。朝方から狩りに繰り出していたはずが、気が付けば日は既に高い位置にある。

 痺れを切らした彼女は近くの村落――それが八狩だった訳だが――へと下り、適当な食物でも調達しようと考えたのだ。


 衣笠は八狩の土地についてはそこに住まう者を除けば誰よりも熟知しているという自負がある。それくらい彼女はこの村へ通い詰めていた。


 山に囲まれたこの地は容易に都へ行く事は叶わない。それ故、田舎とはいえこの村にはある程度の施設が設けられている。商店、宿場、鍛冶屋など、衣笠のいる位置から見渡すだけでも必要最低限の施設は既に揃っていた。周りを囲む自然豊かな山々では種々の動物が生息しており、食料の確保にも困らない。詰まる所、自給自足の生活が確立された村なのだ。


「お? 衣笠じゃないか。また八狩うちに用事か?」


 取り敢えず当ても無く歩いていた衣笠に向けて、不意に声が掛かった。そちらを見遣ると、野草などが並べられた露店から背の高い若い人間の男が顔を覗かせていた。加賀美という名の、普段からここで店を展開している露天商だ。


「ううん、今日は違うよ。鹿を仕留められなかったから来ただけ」


「鹿……?」


「こっちの話。そう言えば、奥さんの調子はどうなの?」


 彼の妻は、現在子を身籠っていた。妻は人間ではなく妖狐だが、幼い頃からの付き合いで、つい半年程前に晴れて夫婦となったのだ。


「あぁ、大分腹も膨らんできたけど、元気にしてるさ。食べる物にも気を遣ってるからな」


「流石だねぇ加賀美君。でも、それは本当に良かったよ。……ところでなんだけど、そっちの子は誰?」


 衣笠はずっと気になっていた。加賀美の隣に立つ少年。どちらかと言うと、位置的にはその少年の方が店番をしていたように映る。


 その少年は、紫苑色の衣に黒の帯を締めていた。暗灰色の頭髪に、そこから覗く二つの小振りな角。どう考えても鬼族なのだが、その小さな体躯が到底鬼のものとは思えない。むしろ、人間の基準で見てもやや小柄なくらいだ。そういえば、鬼族はこうも濃い色の頭髪を持ち合わせていただろうか。


(もしかして……)


 半鬼・・。その言葉が、衣笠の脳裏をぎった。

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