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八狩涼奈の工房再建計画  作者: 冬雛
序章 争いから最も遠い場所
3/25

2 裏通りでの一幕

「あの……僕がいる必要ってあるんですか?」


 大量の紙束を両手に抱えた半鬼の少年は、上官に追従して透廊すきろうを歩いていた。上階に設けられたもので、ここからは王宮前の街並みが見渡せる。

 ろくに都に来た事も無かった涼奈だが、一月半を経てようやくこの街のひとの多さにも慣れつつあった。


「無いな」


 上官は悩む素振りも見せずに断言する。


「じゃあ、何で僕も同行するんですか……」


たわけ。お前は私の従者だ。私を補佐する責務がある。私が躓いて転んだ時に支えたり、職務で疲れた時には癒さなければならんのだ」


 今更言う事ではないのかもしれないが、現状の自分の立場が、あらたから聞いていたものと彼女の認識とで齟齬があるように感じられる。

 勿論立場としては涼奈すずなが下なのだが、それが職務以外にも波及している気がしてならない。昨晩、唐突に部屋に呼ばれて延々と足を揉まされた事を忘れる涼奈ではない。


「正直、僕なんているだけ厄介じゃないですか?」


 涼奈は思うところを言ってみた。実際、十五歳の少年に国政云々は難しくてよく分からない。彼女の補佐と言っても、今日まで雑務が大半を占めている。


「本気でそう思っているのか?」


 凛が不意に歩みを止めた。その声音に驚きの色を感じ、涼奈は上官の顔を見遣る。

 果たして、彼女は心底不思議そうな表情でいた。


「私としては、貴様の事はかなり気に入っているぞ。あの捻くれた弟もたまには良い仕事をするものだと感心した程だ」


「えぇ……?」


 この女、もしかすると弟以上に癖が強いのかもしれない。

 王宮に来てからこれまで、彼女の涼奈に対する言動から好意を感じた事など一度も無かった。いきなりそんな事を言われても、驚きたいのは涼奈の方である。


「何を驚いている。昨晩足を揉ませてやっただろう? 貴様を信頼していなければあんな事は頼まん」


 あれは信頼から来る行いだったのか。


 弟に似て分かり辛い性格だとは思っていたが、違う。改のあの気質は姉譲りのものだったのだ。


「任期が終わった後も、是非とも私の下で働いて欲しいものだな」


「……考えておきます」


 最大限に茶を濁す涼奈を見て、上官は僅かに笑みを浮かべた。



        ×     ×     ×



 二人は門の前にいた。無辺と思う程の土地を持つ王宮の正門だ。大きさの程は言うまでもない。現在も数名の衛士が警護に当たっている。


「おかしいな。定刻は過ぎているのだが」


 凛がそんな事を呟く。

 あの後、文書の束は中の整理された小部屋に置いて来た。くだんの調査についての説明に用いるらしい。


 まだ朝も早いのだが、屋外に出てみると存外に日が高く、暖かい。初夏の朝方というのは、人型種族ひとが最も快適に過ごせる時なのでは、と涼奈は思う。

 この時間の王宮はどうも静かな印象が強い。今もまともに聞こえるのは庭師や衛士達の声と僅かな鳥のさえずりのみで、耳を澄ませば遠くで風に揺れる木の葉の音さえ聞き取れる。


安曇あづみ、見て来い」


「僕がですか?」


「当然だ。私は他にもやる事がある。連中が来たら先刻教えた客間に通しておけ。その後で私を呼びに来い」


 母屋に戻る上官の後姿を見て、涼奈は深く嘆息する。

 冗談ではない。久方振りの悪夢で疲弊し切っているというのに、あの女は無配慮に過ぎる。――どう訴えたところで、彼女が涼奈の事情を汲んでくれる訳も無いのだが。


 それでも、ここにとどまっているよりかは遥かに面白味があるか。

 涼奈は取り敢えず、街に繰り出す事にした。



        ×     ×     ×



 馬車や牛車ぎっしゃといった運搬手段は、今や廃れつつある。

 十五の少年が「昔は」などと感慨に耽るのはおかしな話かもしれないが、涼奈が幼少の頃はまだ馬が荷車を引く光景を見る事が出来た。


 琉月に於いて『魔術』と言うと、二通りの解釈ができる。

 一つは魔力機器などに使われている魔力を用いた技術全般の事。もう一つは全種族で唯一魔力を生成できる人間が駆使する、超自然の力の総称。

 ただ表面上は違っても、これらは突き詰めて言えば同じものだ。要するに、魔力源が体外にあるか体内にあるかの違いでしかない。

 魔力という未知の力を、術式という手法を用いて琉月の民達が御そうとしている点では何も変わらない。


 そして今、目抜き通りを歩く涼奈の前を横切った荷車を引く漆黒の獅子は、どちらかと言うと前者の存在だ。


 使い魔、と一口に言っても、その形態は多様である。

 魔術師が即席で紡ぐような、実体を持たない純魔力体のものもあれば、あの獅子のように実体を持ち、継続的な魔力供給を必要とするものまで様々だ。

 何にしろ、魔術工房、引いては人間達が作り出した存在である事は間違い無い。


 あれは便利だ。当然、馬を御するためにはある程度の訓練を必要とする。対して、あの獅子は手元の操作機器から指示を出すだけでどんな素人でも思うままに操れる。


 魔力が時代を変えた。そして、その進歩は未だに衰えを知らない。


 流石は地上の覇者、と言ったところだろうか。人間はどこまでも開拓者だ。この技術の進歩は当分収まりそうにない。

 無論、今はどの種族も共存の関係にあり、鬼族だって魔力機器と生活を共にしているのだが。


「安曇さん?」


 よく通る高い声だ。この声には聞き覚えがある。

 通りに並ぶ様々な店の中、明らかに使い古した粗悪な看板を下げる店。その店前たなさきに、声の主は立っていた。


「やっぱり安曇さんだ」


 早駆けで近付いて来るのは古い万屋の店主の一人娘、天音あまねだ。先代から受け継いだ店を営む父親の手助けをしている。

 涼奈が都に来て間もない頃、凛に連れられてこの万屋に来た事がある。その際に彼女と知り合い、それ以来都人としての歴が長い彼女には色々な面で世話になっている。


「何かご用事ですか?」


 涼奈として年も変わらない彼女は、可愛らしい仕草で問うてくる。

 動き易そうな薄手の衣に身を包み、華奢な体躯ながらもどこか活動的な印象を与えてくる少女だ。


「ひと探し、みたいなものです」


「どんな方なんですか?」


「えっと……來遠くどおから来た人なんですけど、見た目は全く分からなくて……」


「相変わらずひと使いが荒いんですね、凛さんは……」


 それが上官からの命だと即座に察したのだろう。彼女は苦笑した。

 確かに、考えてみれば無茶な指令である。相手の顔も分かっていないというのに、大勢の民が行き交う街中でその対象を見つけ出せと言うのだ。余程の観察眼を持っていない限りまず無理だろう。

 しかしこればかりは、恨むべきは命令を下した上官ではない。定刻通りに王宮へと到着し得なかった調査隊の連中だ。


 顔も知らない相手に恨みの念を抱いていると、天音が思い出したように切り出す。


「そういえば、さっき裏通りの方を通った時に、あまり見掛けない服装の三人組を見ましたよ。都人っぽい雰囲気なんですけど、この辺のひとっぽくないって言うか……もしかすると、つ国の方だったのかもしれません」


「本当ですか?」


 そんな連中がいたのなら、何の当ても無く彷徨うよりかはその者達を探した方が圧倒的に望みがある。


「え!? でも、確かな事じゃないですよ! ただ変わった服装をしていただけかもしれませんし……その、しっかりと見た訳ではないので……」


「だとしても、当ても無く探すのとは大分違ってきます」


「裏通りへ、行くんですか?」


 涼奈が肯定の返事をすると、不安といった様子で彼女は告げる。


「危ない、ですよ。いくら卯竜の王都と言ったって、裏通りに出ればならず者もいます。安曇さん一人で向かうのは危険です」


 確かに、単身で裏通りへ行くのは賢明とは言い難いかもしれない。が、かと言ってこのまま行き交うひとで溢れ返る目抜き通りにいたところで、対象の調査隊を見つけられる可能性は低い。


「大丈夫です。危ないと思ったらすぐに戻るので」


 天音はまだ制止しようとしていたが、涼奈は早駆けでその場を離れた。

 実際、涼奈だって面倒事は御免だ。『危険な手合いがいたら即座に逃げる』と自分に言い聞かせ、涼奈は四つ辻を曲がって裏通りへと向かった。



        ×     ×     ×



 思ったより普通だと、裏通りへ来た涼奈は内心思っていた。

 勿論、表通りの喧騒が嘘であるかのように人気ひとけが失せてはいるが、涼奈が想像していたような物騒な雰囲気は微塵も感じられなかった。


 しかし、明らかにひとが少ない。というより、気が付けば涼奈の立っている場所からは誰一人視認出来なくなっていた。――否、そこで涼奈は一人の男がいる事に気が付いた。


 体躯はしっかりとしているが、殊更大きいといった訳でもない。しかし涼奈が驚いたのは、彼の右肩が負傷していた事だ。この距離でも流血が確認できる。傷自体は深くはないようだが、傷口からして刀傷のようだ。


 そこで、向こうも涼奈の存在に気が付いたようだった。――男の口元が僅かに、だが確実に歪む。


 涼奈自身に備わった勘が相手の殺意を捉える前に、彼の右眼が反応した。

 大きく右方へ飛び退き、男の斬撃を回避。空を裂く高い音が反響する。男が驚いた様子でこちらを見た。


 あり得ない速度で放たれた斬撃に、何の構えも無い涼奈が反応できた訳では決してない。その理由は、少年の右眼にある。


 彼の右眼には魔術を含むあらゆる超自然の力の発動を読む能力がある。


 魔術が発動し力が具現するその前段階に、体内の魔力が励起する瞬間が必ずある。その段階で彼の右の眼は活性化し、魔力の流れを映し出す。

 その魔術がどんな効果を齎すのか。今からどれ程ののちにどの角度から術に依る攻撃が繰り出されるのか。全て、彼の右眼は予知して映し出す。

 当然、この力が生まれ付き涼奈に備わっていた訳ではない。ある時を境に、彼にはこの能力が発現した。


「こ、のぉ……!」


 追撃。今し方の長刀ちょうとうに依る攻撃と同じく、強化された身体能力で一気に少年の身体を突き刺そうとする。

 が、渾身の刺突も虚しく空を裂くのみに終わった。少年は跳躍して身を翻し、男の背後へと着地する。青白い粒子状の光が、少年の足下で煌いていた。励起した霊子はその瞬間のみ可視となる。彼は霊術を用いたのだ。


 魔力を変換して行使する超常の力を魔術と呼ぶのに対し、霊子に依るものは霊術と呼ばれる。鬼族が得手とする能力だが、固有のものではなく、一応は人間にも扱える。……と言っても、戦闘に応用できる程強力な術は扱えず、つ魔力を有する彼らが積極的に霊子を用いる事はまず無いのだが。

 人間の体内にある魔力とは違い、霊子は空間にある存在だ。その正体は、『この世全ての生命が、死する際に残す力の残滓』とされている。

 魔力と違って無尽蔵に力を使えるように聞こえるが、実はそうではない。霊子の操作、及び変換には、体力の消費を伴う。霊子を操る能力が純血の鬼に劣る涼奈ならば、尚更の事だ。

 霊子は、魔力と比較すればその汎用性は遥かに劣る。今涼奈が行使したような蹴る力の補助や、物理的で単純な術が大半だ。――でなければ、元の身体能力が遥かに劣る人間が、鬼族に対しここまでの優位性を持っていられる道理が無い。


(不覚だった……)


 悔いたところでもう遅い。周囲をよく観察しておくべきだった。

 恐らく相手はこの裏通りで好き放題やっているならず者だろう。しかし涼奈は疑問に思う。その手の連中というのは、こうも魔術に熟達しているものだろうか。


 男の長刀が閃く。絶え間無く続く斬撃。躱す事は容易だが、接近して押さえ込むとなるとまた話は変わってくる。


 男の放った火球が、背後の壁面を破壊した。別の魔術だ。

 飛来した建材の破片が、涼奈の左肩に突き刺さる。魔力に依る攻撃でなければ、涼奈の右眼は力を発揮しない。


 逃げるのは得策ではない。奴はこの辺の地形を熟知しているはずだ。相手の速度を鑑みれば、完全に撒くのは不可能と言っていい。加えて、奴は激昂している。仮に表通りまで追って来た場合、大きな被害が出るのは想像に難くない。奴の実力は、並の衛士で対処できるものではないのだ。


(どうすれば……!)


 そこで、涼奈の右眼が魔力の励起を捉えた。男のものではない。男の遥か後方に、それはあった。


 直後。飛来した刃が、男の脚に直撃した。


「がっ……!?」


 男の身体が石畳の上を転がる。鮮血が飛び散った。

 男の脚の肉を抉った『それ』は勢い余って石畳の上を転がり、涼奈の足下で静止した。


 金色こんじきの刃を持つ、大振りの薙刀だった。殊更変わった点は無いが、涼奈はそれを不審な目で見遣った。


 ――右眼が反応しなかった……?


 この武器は、たった今出現したのだった。その出現は右眼で予知する事が叶ったが、飛来する薙刀の軌道を読む事は一切できなかった。詰まる所、『薙刀の出現方法には超自然の力が関係しているが、今あるこの薙刀は完全なる実体である』という事だ。


「――無事ですか?」


 安否を問う声が自身に向けられたものだと気が付くのに、涼奈は些かの間を要した。落ち着いているというよりも、どこか疲れの色を感じさせる声音だった。


 脚の痛みに悶えている男の後方に、その声の主を捉えた。涼奈よりも少しばかり背の高い青年だった。まず間違いなく、今の薙刀を放ったのはこの青年だろう。


 彼は人間だった。遠くから見たその立ち姿には、特徴と呼べるようなものはまるで無かった。深く暗い純黒の頭髪に、動き易さを重視したような軽い黒の装束。下は袴のような造りになっている。

 真っ黒。特徴の無さが特徴となっているような出で立ちだった。

 しかし、青年が近付いてくるにつれ、彼の唯一と言っていい特徴に涼奈は気が付く。

 黄金色の、両の眼だ。黒一色に統一されたその装いの中で瞳が見せる黄金の輝きは、闇夜に浮かぶ月を彷彿とさせる。

 最後に、軽装が極まったような身なりの中で、武装と呼べるものが一つ。白い鞘の脇差を、一振りだけ腰に帯びていた。


 涼奈の右眼が活性化する。直後に、純黒の青年が放った魔術が男の身体を拘束した。淡く光る輪状の拘束具が石畳に突き立てられ、倒れていた男の四肢を捕らえる。


「てめぇ……!」


 先刻受けた傷から血が噴き出すのにも構わずに、男が牙を剥く。だが暴れようにも身動きが取れず、地に伏した状態で純黒の青年に向けて罵詈雑言を浴びせ続けていたが、程なくして気を失った。恐らくはそれも青年の魔術に依るものだろう。


 青年は清々しい程の無視を決め込み、その黄金の双眸で涼奈を見遣る。


「怪我はありませんか?」


 先程の問いに、涼奈は答えていなかった。急な状況の変化に思考が追い付かず、声は届いていても応じる事ができなかったのだ。


「大丈夫で――」


 言い掛けて、留まる。半鬼の少年は自身の左肩を見た。

 先程は意識が戦闘に向いていたためそこまでの痛みを感じなかったが、これは思っていたより深手かもしれない。


「少し待てば、私の仲間が来ます。治癒の術を扱えるので、それまではどうか耐えてください」


 涼奈の傷に気が付いたらしく、彼はそんな事を言った。

 近くで見ると、彼は相当に若かった。涼奈よりも四つか五つ上といった位だろうか。

 彼は何者なのか。どう考えても卯竜の、少なくとも碧水の人間には見えない。


貴方あなたは――」


「待ってくれよー!」


 涼奈の声を遮るように、先刻青年が来た方向から声が響いた。

 そちらを見遣ると、二つの人影が小走りでこちらへ向かって来ているのが視認できる。


「急に走り出すなんて、どうしたんだよ悠志郎ゆうしろう。……って、何でこいつ拘束されてんだ?」


 先に近くまで来た男が、息急き切って声を上げる。

 もう一方は――少し遅れているようだ。


ひいらぎ……さん……はぁ。待って……ください……」


 遅れて来た女の方は体力が無いのか、今にも倒れ込みそうな様子だ。


「すみませんでした。何か、争っているような音が聞こえたので」


「お前、そんなに耳良かったの……?」


 男はわざとらしく肩を竦めて見せる。


 やって来た二人は、両者共に人間のようだ。

 男の方は大分特異な風貌だった。隠密行動を旨とする間者が見たら思わず顔をしかめてしまいそうな、派手な配色が施された衣を纏っている。胸元には首飾りが一つ。年もそこそこ若く、遊び人のように映るが、実際にはこんな遊び人はいないだろうというような矛盾した感想を抱いてしまう風体だ。

 疲れ果てて地べたに座り込んでしまった女の方は、学者のような出で立ちだった。こちらは男の方と比べてもまだ若い。活発な動きを想定されていないような体躯をしており、相当な距離を走らされたのかと考えると思わず同情してしまう。――或いは、大した距離ではなかったのかもしれないが。


「柊さん。疲れているところ申し訳無いのですが、彼の傷を治して頂けますか。ついでにそちらの方も」


 悠志郎と呼ばれた黒一色の青年は、男の方へ向けて告げる。『そちらの方』とは、ならず者の男の事だ。


「相変わらず無遠慮だな。まぁ、怪我人がいるなら仕方が無いか」


 柊と呼ばれた男は涼奈へ近付き、傷を検める。

 ふむ、と彼が唸ると同時、左肩の傷口に深緑の炎が燃え上がる。

 涼奈が驚かなかったのは、彼の右眼がその現象を前もって映し出していたからだ。要するに、これは魔術だ。


 少しの間、深緑の炎は燃え続けていた。次第に火勢が弱まり、炎が完全に消え失せると、ついさっきまであった傷が跡形も無く消えており、周りと変わらない綺麗な肌がそこにあった。


 涼奈が瞠目していると、疲弊し切った女の声が言う。


「やっぱり……はぁ……柊さんの治癒術は……いつ見ても凄いですね……」


「いや、無理して感想言わなくていいよ……」


 柊が呆れたように額に手をやった。

 治癒の魔術を体験したのはこれが初めてだった。涼奈は改めて魔力というものが常識の通じない力なのだと痛感する。


「ありがとうございます……」


 半ば放心のていで礼を言う涼奈。柊は僅かに微笑を湛え、


「いや、いいんだ。……ただ、俺らは少し急いでてな。元々定刻に間に合ってなかったってのに、そいつの所為せいでさらに遅れてしまったんだ」


 柊は悠志郎を顎で示す。同時に、見もせずに倒れたならず者の方へ軽く手を向けた。ならず者の脚の傷が深緑の炎で燃え上がる。


「手間を掛けさせてすまないが、この男の身柄を衛士にでも渡しておいてくれ。俺らは急ぎ王宮へ向かわなきゃならない」


 柊は一部始終を見ていた訳ではないが、状況から地に伏して拘束されている男については察しが付いたらしかった。

 しかし、それはして気にならない。涼奈にはどうにも引っかかる点があった。


 定刻から遅れており、向かう場所は王宮。

 まさか、と涼奈は思う。


「あの、王宮には何の用で向かわれるんですか?」


「あぁそうか。俺達の事を何も説明してなかったな。俺達は來遠から来た(・・・・・・)んだ。この国が保有する鉱山にある魔力結晶の残量を調査するためにな」

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