FILE‐FINAL 「出立‐邪悪の胎動、そして初陣の予兆。」
人類防衛機構がパトロール業務に使用する武装特捜車は、セダンタイプとミニバンタイプとに大別出来る。
今回私達がパトロール研修で分乗するのは、42号車がセダンタイプで、666号車がミニバンタイプだ。
どちらも、ルーフにはミサイル砲、ボンネットにはレーザー砲を搭載され、光学迷彩や煙幕弾、電波妨害装置も備えている。
耐久力は陸上自衛隊が正式採用している装輪装甲車と互角で、それでいて最高時速と機動性は並のレーシングカー以上だから、なかなかに頼もしい。
その分、製造コストも割高だけれど。
個人兵装のサイズを考慮して、私とお京がセダンタイプの42号車に、残りの3人がミニバンタイプの666号車に分乗する事になった。
「結果的に、元々のペアに分かれてしまったな、お京。」
「そうでもないよ。千里ちゃんと英里奈ちゃんは明王院先輩と一緒だし。それに、巡回終了後に『そっちはどうだった?』って聞く相手が出来たのは大きいよ!」
ポジティブな意見だな。
明朗快活なお京らしいと言えば、言えるけど。
各特捜車の空席や武装サイドカーは、私達の護衛として同行する特命機動隊御堂分隊の曹士達が埋めてくれる。
分隊長である御堂朱美准尉を始め、気さくなお姉さん達ばかりだから、研修生である私達も安心したよ。
「今日の巡回エリアである河内長野地区は和歌山県との県境で、自然が比較的残っている地区ですよ。この地区には人類防衛機構の演習場もありますので、皆さんも度々訪れる事になると思いますよ。」
武装特捜車の運転手を務める機動隊曹士のお姉さんが、後部座席に陣取っている私達に向かって、簡単に説明してくれる。
この曹士さんは確か、南方夢衣里曹長という人だ。
屋外の戦闘射場があるのなら、昼間の訓練では使えなかった焼夷弾やガス弾も、思う存分に使用できるだろう。
「そう言えばさ…河内長野地区と言えば、小2の遠足で行った花の文化園がある所だね、マリナちゃん。」
後部座席に腰掛けるなり、早速キャラメルを舐め始めながら、お京が話し掛けてくる。気の早い奴だな。
「よく覚えているね、お京。私は大浜の堺水族館でショーのイルカに塩水を掛けられた、小4の社会見学の方が印象に残っているよ。あそこには先月スナメリが入ったらしいから、そのうち行かないとね。」
お京にこのように応じる私も、早速濡れ煎餅を肴に缶ビールを空けているから、あまり人の事は言えないけどな。
頬杖をつきながら、私は移り行く車窓の風景を眺めている。
支局を出発したバスは一路、巡回先である河内長野地区へと向かう。
家電量販店や紳士服販売店などが並ぶ幹線道路をしばしの間ひた走ると、大学と自然公園が見えてくる。
確か、それぞれ堺大谷大学と錦織公園という名前だったな。
すると、もう富田林地区に入っていたのか。
そのまま直進すると、バイパスを通り過ぎ、田畑の合間に思い出したように飲食店が点在する地区が視界に広がった。
もう、河内長野地区か。
全くもって早いもんだな。
そして左手に見えてくるガラス製のピラミッドが、「花の文化園」と呼ばれる県立の植物園だ。
この奇抜なデザインは、ルーブル美術館の入口を模した物らしい。
このままの調子で進んでいくと、河内長野地区の水源にもなっている滝畑ダムに行き着くだろう。
養成コース時代に習った事だが、元化15年には「深紅の革命軍」という武装テロ組織が、滝畑ダムに毒物を流し込むというバイオテロを企て、当時の特命遊撃士と大規模な死闘を演じたらしい。
その当時の特命遊撃士のうちの何人かは、特命教導隊として現在も人類防衛機構に在籍されているはずだ。
「ねえ、マリナちゃん…信じられないよね。ほんの7年前には、この地区で大規模な対テロ戦が行われたなんてさ…」
「ああ…」
どうやらお京も、同じ事件に思いを馳せていたようだ。
「そういう事態を未然に防ぐためにも、こうした日々のパトロールが欠かせないって事かな。そうですよね、西田辺にこ一曹?」
「その通り!いやあ…なかなか良い心掛けですよ、お2人とも!」
お京に質問された助手席の曹士さんが、軽口混じりに答えた。
この特命機動隊曹士は、比較的軽い性格のようだ。
車窓には穏やかな景色が広がり、車内の私達は和やかな物見遊山気分。
天下泰平、世は実に事もなし。
しかし、河内長野地区を脅かす危機は静かに、そして確実に迫っていた。
その危機こそが、私達4人の初陣となる「サイバー恐竜事件」だったんだ…
この後発生する「サイバー恐竜事件」の顛末は、第5話「サイバー恐竜は大和川に散る!」の第7章「悪夢の生体兵器、サイバー恐竜!」以降で詳しく描写しております。