FILE‐4 「渾名‐ちさ、英里、そしてユリ姉。」
「一緒の班になって構わないけれど、条件が2つあるよ?呑んでくれる?」
こいつが、私が暫し思案して出した回答だった。
「えっ、条件?」
ツインテール少女が意外そうな表情を浮かべる。
「ええ…ああ…」
内気な茶髪の御嬢様に至っては、状況の認識が追い付いていないのか、キョロキョロと視線をさ迷わせるばかりだ。
「ちょっと、マリナちゃん…!」
咎めようとするお京には取り合わずに、私は茶髪の御嬢様に近づいた。
「1つは、お京と私のアドレスを登録してくれる事。これも何かの縁だから、仲良くやろうよ。呑めそうかな、この条件?」
「あっ、はい…私で宜しければ喜んで…」
私が軽く微笑むと、それに応じるように御嬢様も笑みを浮かべてくれる。
ビクビクしているよりも、そうして笑った方がよっぽど可愛いじゃない。
「お京達も、構わないよね?」
「うん!脅かさないでよ、マリナちゃん…」
お京の奴、私が御嬢様にどんな無理難題を吹っ掛けると予想していたんだ?
「京花ちゃんと私は交換済みだから、マリナちゃんのアドレスは京花ちゃん経由で送って貰うね。」
お京から私のアドレスを聞き出したツインテール少女が、遊撃服の内ポケットから取り出したスマホにいそいそと登録した。
「ところで、先程は『お京』とおっしゃいましたが、一体何でしょうか…?」
「ああ、マリナちゃんが付けてくれたニックネームだよ。マリナちゃんは仲良しの友達を、ニックネームで呼ぶ癖があるんだよ。」
茶髪の御嬢様から送られてきたアドレスを登録しながら、お京が私の代わりに答えてくれた。
手間を省いてくれて助かるよ、お京。
「そう!その第2の条件というのが、それなんだよ!友情の証として、ニックネームで呼びたくてさ。『さん』付けだと余所余所しい気がするし、呼び捨てだと失礼だし…そうかと言って、『ちゃん』付けは私のキャラじゃないからね。そうだね…『英里』って呼んでいいかな?嫌なら他を考えるけど…」
「いいえ…是非、『英里』とお呼び下さい!私、そのような愛称を賜るのは初めてでございます!」
たかがニックネーム呼びで、ここまで喜んで貰えるのも、どうもやりにくいな…
まあ、本人が納得してくれているのなら、それで良いか。
「よし!じゃあアドレス帳にも、『英里』で登録させて貰うからね!私やお京の事は、好きに呼んでくれて構わないよ。」
「それでは…千里さんと同じように、御両人の事は、『マリナさん』、『京花さん』とお呼びしても、よろしいでしょうか?」
それにしても、御両人とは恐れ入るな…
「いいよ、英里!」
「もちろんだよ、英里奈ちゃん!」
考えてみれば、私とお京も良いコンビネーションになって来ているよな。
良いタイミングでレスポンスが返ってくるし。
「そっちの君は…『ちさ』で良いかな?」
心なしか蚊帳の外に追いやられた感のあるツインテール少女に、埋め合わせも兼ねて、ちよっと水を向けてみようかな。
このニックネーム、気に入って貰えるといいんだけどな。
「えっ…ちさ?良いね、ちさ!何だか可愛い感じがして!」
うむ!どうやらこっちも、意義無しのようだね!
こうして私とツインテール少女改め「ちさ」は、共通の知人であるお京を通してアドレスを交換し合ったんだ。
この日、私達4人のスマホのアドレス帳は、一気に2件増えた事になるな。
アドレス帳が増えるというのは、悪くない気分だよ。
「ねえ、私達4人の出会いを祝して、今日の研修が終わったら呑みに行かない?どうかな、3人とも?」
「いいね、お京!ちさと英里の2人は、好きな酒の種類とかあるの?お京は焼酎が好きで、私はビール派だけど?」
お京とサシで行こうと目論んでいた居酒屋には、大体のアルコール飲料がメニューとして揃えられている。
この新しい友人達が余程マニアックな酒の趣味をしていなければ、それなりにニーズは満たせるはずだ。
飲み放題だと注文出来ないメニューもあるが、それぐらいは奮発して貰ってもいいだろう。
「私、お酒なら大体好きだけど…特に挙げるならカルーアミルクやグラスホッパーみたいな甘いカクテルが好きだよ!」
随分と可愛らしいカクテルがお好みのようだね、ちさ。
ちさのヤツと呑みに行く時は、デザートカクテルが充実したバーを選んであげた方が良さそうだ。
「私は、ワイン全般を嗜ませて頂いています。スパークリングワインですと、イタリアの『アスティ・スプマンテ』がお気に入りですね。」
ワイン全般を嗜むとは、御嬢様風の風貌に違わず上品だね。
ランクはともかく、ワインなら大抵の店に置いているから、英里は何処の店に連れて行っても大丈夫そうだね。
「サングリアやヴァン・ショーも好きでしょ、英里奈ちゃん!英里奈ちゃんの御屋敷でメイドさんに御馳走して貰ったのは美味しかったよ!」
話から察するに、ちさは英里の実家に上げて貰う位に深い仲なのか。
御屋敷に、メイドさん?
どうやら英里は、本物の御嬢様らしい。
それにしても、サングリアはともかくとして、ホットカクテルのヴァン・ショーを置いている店は少ないぞ。
こういうのは、冬場のイベントでの限定販売な気がするけど。
「和歌浦さんが行こうとしているその店に、梅酒は置いてあるのかしら?」
「確か、熟成期間に応じて何種類かあったと思うけど…ん?」
質問に答える途中で、私は違和感に気付いて振り返った。
この場にいる3人の中で、私を名字で呼ぶ者はいないからだ。
そこに立っていたのは、ポニーテールに結われたピンク色の髪が印象的な、1人の特命遊撃士だった。
どちらかと言うと、「凛々しい」と言うよりは「可愛らしい」と形容した方が相応しい顔立ちに、温和な微笑を浮かべながら。
しかしながら、個人兵装である巨大な可変式の鎌が、持ち主の可愛らしい笑顔とは不釣り合いな、剣呑で禍々しい光を放っている。
「うっ…!」
左肩の階級章を見て、血の気が軽く引いた。
白地に黒で「研修中」と書かれた札が付いていないどころの騒ぎではない。
上官、それも准佐だ。
その右肩に、あの誉れ高き金色の飾緒を頂ける少佐まで、あと1階級。
特命遊撃士養成コース修了直後で、研修中の少尉に過ぎない私達から見れば4階級も高い雲上人だった。
「失礼を致しました!明王院ユリカ准佐!」
大慌てで敬礼をする私達4人を、ピンク髪をポニーテールに結った准佐は、笑いながら片手で制した。
「そんなに恐縮しなくっても良いのに。別に貴女達を咎めるつもりなんてないよ。絆を育み合うのは、特命遊撃士として良い事だからね。」
「は…はあ…」
この先輩遊撃士の温和な笑顔に、私達4人はホッと胸を撫で下ろした。
「改めて自己紹介をさせて頂くね。私は明王院ユリカ。階級は准佐で、御子柴中学2年C組。個人兵装は、可変式大鎌『ギロチンサイト』。本日のパトロール研修における、貴女達4人の引率役を務めさせて頂く事になりました。どうぞ、よろしくお願い致します。」
温和で朗らかな笑顔がキリッと引き締まり、右拳が胸元に当てられる。
これこそが、人類防衛機構式の敬礼だ。
「こちらこそ、どうぞ御指導御教授の程、よろしくお願い致します!明王院ユリカ准佐!」
研修中の私達4人も踵を打ち鳴らして、明王院准佐の敬礼に応じた。
今後もこうやって、この4人で敬礼を何度も決めるのだと思うと、自然と胸が熱くなってくる。
「それにしても、ユリカ先輩…もう引率役が決まっているんですか?」
敬礼の姿勢を崩したちさは、すっかり砕けた口調で明王院准佐に問い掛けた。
それにしても、「ユリカ先輩」だって?
上官相手に、随分と気安くないか?
まあ、フランクな性格の持ち主らしいから、問題はなさそうだが。
「だって、班決めが終わったのは貴女達が最後なのよ。パトロール先は抽選だけど、引率役は先着で決まるから。あんまり遅かったら呼びに行こうかと思っていた所なの。」
明王院准佐に促されて見てみると、他の班の子達は既に引率役も決まったらしく、大尉以上の階級の先輩遊撃士に連れられて会議室を後にする所だった。
どうやら私達は、あのやり取りに随分と時間を割いてしまったようだ。
「という訳で、私達も行こうか!4人とも、忘れ物のないようにね。」
私達は通学カバンに急いで菓子袋を詰め込むと、個人兵装を手にして明王院准佐の後を追った。
会議室の教壇に立つ教導隊の先生と一言二言交わした明王院准佐は、浮かない表情を取り繕うための不自然な笑顔を浮かべて戻って来た。
「お待たせ!特捜車の割り当てとパトロール先が決まったよ!」
「あのぅ、ユリカ先輩…もしかしたら、私達がモタモタしたせいで怒られちゃったんですか?」
ちさの不安気な質問は、私達4人の総意でもある。
「ううん、貴女達のせいじゃないのよ。気掛かりなのは、これ…」
明王院准佐が広げて示してくれた紙には、今日のパトロール研修で私達が乗車する武装特捜車の割り当てが書かれていた。
「えー、『第13班は42号特捜車と666号特捜車に分乗して下さい。パトロール先は河内長野地区です。』っと…この第13班というのが私達ですよね、明王院先輩?」
お京の質問に、明王院准佐は小さく頷いた。
「少し、縁起が悪いかなと思っちゃってね…」
確かに、13と666は西洋では不吉な数とされているし、42は日本語の「死に」にこじつけられる。
明王院准佐が浮かない顔をしていたのは、そういう事だったのか。
「確か、今朝の星占いのラッキーアイテムは『あだ名』だったから…和歌浦さん、私にニックネームを付けてくれないかしら?」
「えっ…明王院ユリカ准佐に、ニックネームでありますか?」
私は明王院ユリカ准佐の申し出に、いささか戸惑った。
上官にあだ名を付けるなんて真似をして、果たして問題はないのだろうか?
「私、同級生の友達からは『明王院さん』とか『ユリカさん』とか、至って普通の呼び方しかされていないんだよね。ほら、和歌浦さんってニックネームを付けるの得意そうじゃない?『ちさ』とか『お京』とか、短くて分かりやすくて、それでいて可愛いよ。」
ここまで言われると、拒んでばかりもいられない。
考えてみれば、明王院准佐だって中学2年生の少女なのだ。
ここは「1歳年上の友達」とでも解釈すれば、ニックネームで呼ぶ事にも、そこまで違和感はないだろう。
「それでは…『ユリ姉』などはいかがでしょうか、明王院准佐?」
「ユリ姉…いいね!姉貴分っぽくて!それじゃ4人とも。これからプライベートでは、私の事をユリ姉って呼んでくれても大丈夫だからね!」
星占いのラッキーアイテムの条件をクリア出来たからか、明王院ユリカ准佐は実に嬉しそうだった。
お気に召して貰えたようで、私もホッとしているよ。
もっとも、「ユリ姉」の呼称を使っているのは、名付け親である私1人。
後の3人は、各自で呼びやすい呼び方を使っている。
明朗快活なお京の場合は「明王院先輩」。
無邪気なちさの場合は「ユリカ先輩」。
内気で気弱な英里の場合は「明王院准佐」という具合で、「名字+階級」という一番堅苦しい呼び方だった。
それでも、フルネーム呼びでなくなっただけ、最初の頃よりは打ち解けられたという事なのだろう。
「よし!これで厄払いも出来たし、安心してパトロール研修に向かえるね!」
ユリ姉の朗らかな笑顔に導かれ、私達4人の研修生は支局地下の駐車場に案内されたんだ。