FILE‐3 「指令‐パトロール研修」
個人兵装別の戦闘訓練を終えた私は、お京と合流し、近接格闘術の訓練と最新版防衛対策の座学を受講した後、地下食堂でゆっくり昼休みを過ごしていた。
「マリナちゃん、午後の研修ってパトロールらしいんだけど、知ってた?」
天そばを肴に熱燗をやっていたお京が、天津飯定食を食べている最中の私に問い掛けてくる。
「パトロール…?へえ、それは初耳だね。」
私は天津飯とセットになっている餃子を、ビールで流し込みながら答えた。
朝とは気分を変えて国産の黒ビールにしてみたが、中華料理だったら青島ビールの方が良かったかな?
「何でも、武装特捜車や武装サイドカーに乗って、第2支局の管轄地域を巡回するみたい。私達は基本的には、後部座席やサイドカーに乗って管轄地域の雰囲気を肌で感じていればいいんだってさ。個人兵装別の戦闘訓練の時に、アシスタントをしていた先輩から、待ち時間中に聞いたんだよ。」
「こっちの戦闘訓練では、のべつ幕無しに誰かがパンパン発砲しているから、射撃場を出ないと話も満足に出来なかったな…」
個人兵装によって、訓練時の雰囲気も随分と変わるようだ。
こうして昼休みが終わり、研修生用に宛がわれた会議室に集められた私達は、教導隊の先生からパトロール研修を告げられた。
パトロール研修の大体の概要は、お京からの又聞きの通りだった。
今回初耳だったのは、次の2点ぐらいか。
一、 研修生の4人から5人で1班とし、そこに引率者として実戦経験のある特命遊撃士が1名、護衛役として特命機動隊が1小隊7名、これに同行する。
一、 事前のアンケートから選ばれた菓子類500円分が支給されるが、アルコール飲料は各自の自己負担である。
前者に関しては、特に疑問はなかった。
実戦経験のない研修生だけをパトロールに行かせたら危なっかしいというのは、至極もっともな話だ。
しかし、後者の菓子類500円分というのは、どうにも解せなかった。
先輩の特命遊撃士から支給されたビニール袋には、個別包装の濡れ煎餅にキャラメル、袋入りキャンディといった市販の菓子類が詰め合わせられている。
極力手を汚さずに食べられる菓子類ばかりなのが、妙に気が利いていた。
「マリナちゃん、何を難しい顔をしているの?」
菓子類の袋を受け取って満足そうだったお京は、私を見るなり苦笑した。
「まるで、遠足か修学旅行のお菓子みたいだな…」
会議室特有の折り畳み式長テーブルの上に置かれた菓子類の袋を見つめながら、私は腕組みをして呟いた。
「案外、そのつもりなんじゃないかな?研修も兼ねた、親睦を深めるレクリエーション。先生も『仲良しの友達と班を組むのもいいですが、これを機会に新しい友達を作るのも良いですね。』って言っていたじゃない。」
背後から掛けられた明るいトーンの声は、お京の物ではなかった。
「誰?」
声のした方へ振り返ると、赤い瞳と視線が合った。
そこに立っていたのは、黒くて長いツインテールが印象的な、ガンケースを抱えた研修中の特命遊撃士だった。
黒髪に赤い瞳。
ここまでは私とよく似ている。
しかし、鋭くて冷たい印象を人に与えてしまう私の釣り目と違い、この少女は温和そうな垂れ目だった。
ただでさえ童顔で幼児体型の傾向があるのに、髪をツインテールにしているので、余計に幼い雰囲気が出てしまっているな。
この黒くて長いツインテールが過度に自己主張している童顔の少女に、私は見覚えがある。
確か、午前中の戦闘訓練では、私の隣のレーンでレーザーライフルを取り扱っていた少女だ。
「自己紹介が遅れちゃったね。私は吹田千里。個人兵装はレーザーライフル。堺県立御子柴中学校1年B組だよ。君、大型拳銃の扱いが上手いね。訓練中にチラ見させて貰ったけど、凄かったよ。」
吹田千里と名乗った少女が、無邪気な笑顔を浮かべて右手を差し出した。
「そっちこそ、いいライフルの腕をしているね。道理で見覚えがあると思っていたら、私達と同じ中学じゃないか。私は和歌浦マリナ。御子柴中学1年A組、出席番号は最後尾だよ。そして、こっちは…」
ツインテールの少女が差し出した右手を取りながら、私はお京を一瞥した。
ツインテール少女にお京を紹介するためにね。
ところが…
「うん!知ってる、枚方京花ちゃんでしょ!漫画を時々貸し借りしているから、顔馴染みだよ。」
「この『ワイルド・ハンター』、面白かったよ。また貸してね、千里ちゃん。」
どうやら、ライフル使いのツインテール少女とお京は顔馴染みらしい。
お京から返却された漫画文庫にはビニール製の保護フィルムが掛けられており、受け取ったツインテール少女は、それをスーパーのビニール袋に包むと、大事そうに通学カバンにしまった。
その仕草だけで、この少女がどれだけ漫画本を愛して大切に取り扱っているかが、私にもよく伝わった。
「ねえ!もし良かったら、京花ちゃんとマリナちゃんの所に、私達も入れてくれないかな?」
「うん!私達も2人だから、どこかの2人組か3人組の班に混ぜて貰おうかなと考えていたんだ!いいかな、マリナちゃん?」
明朗快活なお京と、無邪気なツインテール少女。
陽性気質なこの2人が組むと、相乗効果で随分と賑やかになるな。
「別に私は構わないけれど…『私達も』って言ったよね?もう1人か2人、誰か来る予定があるの?」
「あっ!英里奈ちゃんったら、また…」
私の質問を受けたツインテール少女は辺りを見渡すと、会議室の片隅で所在無さそうに座っていた研修生の少女を1人引っ張って連れて来た。
黒革製の長いショルダーケースから察するに、彼女の個人兵装は槍か薙刀といった長物系だろう。
「大丈夫だよ、英里奈ちゃん…鬼や悪魔じゃないんだから、取って食べたりなんかしないって!ほら、こっちが和歌浦マリナちゃんで、こっちが枚方京花ちゃん。2人とも英里奈ちゃんや私と同じく、御子柴中学の同級生だから、何も心配する事はないからね。」
「は…はい…」
鬼や悪魔の類に例えられるのも複雑な心境だったが、ツインテール少女が連れてきた研修生の有り様を見たら、このように言い聞かせるのも止むを得ないなと、私は考えを改めた。
腰まで伸ばされた茶色のストレートヘアーは、日々の丁寧な手入れの成果もあってか、艶やかで癖がない。
これで長物系の個人兵装をダイナミックに振り回したら、ロングヘアーが派手に動いて、さぞかし美しいだろうな。
透き通るように白い柔肌は木目細やかで、幼いながらも上品に整った美貌には気品が感じられた。
それは、名家の令嬢を思わせる、育ちの良さそうな美少女だった。
ただし、もっと堂々としていればの話だが。
この少女、余りにも自信と覇気が無さすぎる。
緑色の瞳は所在なさそうに揺れ動いているし、自己主張も希薄で頼り無い。
常に何かに怯えているような、内気で気弱な性格が滲み出ている。
こんな気弱そうな少女が、果たして特命遊撃士としてやっていけるのだろうか。大きな御世話かも知れないが、そんな風に案じてしまう弱々しい少女だった。
「みっ…御子柴中学校1年B組の、生駒英里奈と申します…わっ…私の個人兵装は、レーザーランスです…どうか…どうかお見知り置きを、お願い致しますっ…!」
自己紹介の声は美しいソプラノだったが、か細くて途切れ途切れだった。
この少女が物を言う時は、静かにしていないといけないな。
「OK、よく出来ました!英里奈ちゃんは、少し内気で人見知りするタイプだけど、とっても礼儀正しくて良い子なんだよ。」
やっとの思いで自己紹介をし終えた御嬢様を、ツインテール少女が労いながら説明を付け足した。
礼儀正しくて良い子なのは、確かにそうだろう。
しかし、内気で人見知りするタイプというのは、「少し」というレベルでは済まない気がするな…