FILE-1 「目覚め‐特命遊撃士新任少尉の、至極当たり前の朝。」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局配属特命遊撃士・和歌浦マリナ少尉。そいつが、あの日の私を示す肩書きだったんだ…
元化22年4月某日。
「チッ…!分かったよ、うるさいな…」
うるさく鳴り響く目覚まし時計のアラームを、ウンザリした表情で止めた私は、パジャマのボタンを外しながらベッドを降りると、朝の身支度を始めるのだった。
脱いだパジャマをハンガーに掛け、特殊繊維製の白い下着だけになった私は、黒いニーハイソックスとショルダーホルスターを身に付けると、個人兵装である大型拳銃を手に取った。
「よし…!」
下着姿の私は弾倉と安全装置の確認を終えて、満足気に頷く。
チェックを終えた大型拳銃をショルダーホルスターにぶち込み、その重厚な存在感に満足した私は、パジャマの真横に掛けられたハンガーを手に取った。
私が手にしたハンガーに掛かっていた服は、一見すると奇抜なデザインの学生服のように映るだろうな。
黒いセーラーカラーが付いた白い上着に、黒いミニスカート。上着には金色のボタンが2列美しく並んでいて、腰にベルトループがついている。
特殊繊維製の白い下着の上から黒ミニスカを履き、上着を羽織る。
黒いベルトをループに通して腰を締め上げ、黒いセーラーカラーに赤いネクタイを巻き付ければ、都市防衛の要にして防人の乙女、人類防衛機構に所属する誉れ高き特命遊撃士の出来上がりだ。
仕上げとばかりに、ヘアゴムで黒髪を右サイドテールに結い上げた私は、通学カバンを手にして私室のドアを閉めると、軽快に階段を降りた。
他愛もない朝の情報バラエティー番組がBGM代わりに響いている食卓では、スーツ姿の父が新聞を広げ、エプロンを身に付けた母が朝食を並べている。
「おはよう、マリナ。今日は学校なの?」
私の席にベーコンエッグを置いた母が、このように問い掛けてくる。
「ううん。今日は支局に行くよ、母さん。」
「そう…だったら、これを出しても大丈夫よね?」
こう言って母がトーストと一緒に私の席に置いてくれたのは、よく冷えたドイツ産輸入ビールのロング缶だった。
「ありがとう!気が利くね、母さん!」
逸る気持ちを抑えながらプルタブを開けた私は、黄金色の泡立つ液体を一気に喉へ流し込んだ。
麦芽の風味と炭酸のバチバチ弾ける感触、そして染み渡るアルコールが、私の全身を活力で満たしてくれる。
この充足感、堪えられない。
「うんっ…!効くねぇっ!」
満ち足りた表情でアルミ缶を食卓に置く私を、新聞のスポーツ欄から顔を上げた父が、羨ましそうな顔で見つめている。
「いいなあ、マリナは…中1なのに、朝からビールを一気飲み出来て…」
「貴方、我慢なさい!酒臭い状態で出社して、出世コースから外れでもしたらどうするの?大体、マリナは特命遊撃士なのよ!」
母に叱られて小さくしょげかえった父は、新聞に顔を埋めてしまう。
そもそも、市内の飲料会社に自家用車で通勤している営業職の父が、朝から飲酒など出来るはずがないのだけど。
「父さん、そんなに朝から飲みたいの?だったら、来世は女の子に生まれてみたら?それで、人類防衛機構に入ればいいと思うよ。」
トーストとベーコンエッグを肴に残りのビールをやり始めた私は、いささか意地悪な笑みを浮かべて軽口を叩いた。
「いや…命懸けで戦う勇気は、ちょっと父さんにはないからな…」
「全く、だらしない人ね…少しはマリナを見習ってシャキッとなさい!」
父を窘める母の小言を聞き流しながら朝食を平らげた私は、冷蔵庫から取り出したレギュラー缶を飲み干した。
人類防衛機構に所属している娘を持つ家庭は、多少の差こそあれ、大体こんな感じだろう。
娘が正義の旗印の下で都市防衛という誉れ高き大任を遂行している以上、女系家族がイニシアチブを取る傾向にあるのは割り切らなければなるまい。
私に男の兄弟でもいたのならば、話は違ったのかも知れないが。
「それじゃ、お先に!父さんも精々、遅刻しないようにね!」
こう両親に言い残した私は、通学カバンを手にして玄関に赴いた。
「さて…行きますか!」
ローファー型の戦闘シューズを履くと、自然と身が引き締まる。
特命遊撃士として必要な全装備を正しく身に付けたという自覚が、私を私人としての「和歌浦マリナ」から、特命遊撃士としての「和歌浦マリナ少尉」に切り替えるからだろう。
たとえ、未だ実戦経験を持たない研修中の身の上であったとしてもだ。
この日も私は、自宅の最寄り駅である南海高野線三国ヶ丘駅から難波行き各駅停車に乗り込んだ。
各駅停車とはいえ、それなりに混んでいる。
通勤通学のピーク時という事もあるが、最大の理由は1つ先の堺東駅だ。
堺東駅は「堺県庁前駅」の別名があるように、駅周辺では県庁を筆頭に官公庁やオフィスビルが群れを成している。
駅前のバスターミナルからは大道筋のビジネス街に向かうバスが出ているので、大道筋周辺の企業に勤務するビジネスマンも、この時間帯の電車に大勢乗っているのだろう。
それに、私と同じ遊撃服に身を包んだ少女達もまた、堺東駅を目指して大勢乗り込んでいる。
ライフルや薙刀のような大型の個人兵装を持っている遊撃士も少なくないから、何とも物々しい風景だ。
大体この時間帯に、この辺りの車両に乗り込むと、大抵お声が掛かるんだよな。
「おはよう、マリナちゃん!今日は勤務日?」
思った通りだ。
声がした方向を向くと、青い髪を左サイドテールに結い、前髪を綺麗に切り揃えた少女が、快活な笑顔を浮かべていた。
年の頃は私と同年代で、私と同じ遊撃服に身を包んでいる。
「うん、お京!という事は、お京も勤務日か。」
私は青い左サイドテールの少女の快活な笑顔を確認すると、彼女と同じように、軽く右手を掲げて挨拶を交わした。
お京との付き合いは、私が特命遊撃士養成コースに編入した、小学5年生の3学期からになる。
同じ堺県立御子柴中学校に通っていてクラスも同じだから、学校の中でも必然的に顔を合わせるんだ。
腐れ縁というのか、悪友というのか。
妙に馬が合うんだよな。
枚方京花というのが本名だが、呼び捨てだと偉ぶっているようだし、「さん」付けだと、余所余所しい気がする。
そうかと言って、「ちゃん」付けは私のキャラではない。
だから彼女の事は、「お京」というニックネームで呼ばせて貰っている。
もしも当人に不満があるのならば、直ちに呼称を改める積もりでいる。
しかし、そんな申し出は出ていないので、今の所はそのままだ。
私がニックネームで呼んでいる手前、お京が私の事を「マリー」だの「マリリン」だのといったニックネームで呼んだとしても、一切の文句は言えないが、向こうは私の事を「マリナちゃん」と呼んでいる。
お京は恐らく、仇名呼びは私のキャラに相応しくないと判断したのだろう。
私としても「マリー」はともかくとして、「マリリン」と呼ばれるのはキツいので、無難な呼び方をしてくれるのは大助かりだ。
「朝はどうだったの、マリナちゃん?私は鯖味噌煮とモズク酢を肴に、大分麦焼酎をロックで2杯。」
「こっちはトーストとベーコンエッグを肴にして、ドイツ産ビールのロング缶とレギュラー缶を、それぞれ1本ずつ空けてきたよ。」
軽く微笑を浮かべて、ガッチリと右手を握る、お京と私。
「朝からなかなかいいペースだね、マリナちゃん。それに、麦同士なんて気が合うじゃない!」
「この次は産地も合わせてみるかい、お京?国産地ビールと麦焼酎で?」
朝食に酒が付き物なのも、人類防衛機構に所属している私達にとっては、当たり前の日常だ。
養成コース編入の際に、静脈注射で私達の体内に投与された生体強化ナノマシンが、アルコールで活性化する特性を持っているため、成人年齢を待たずに私達は飲酒出来る。
命の危機と隣り合わせで、都市防衛の大任に就く私達に与えられた、ささやかな役得と考えればいいだろう。
-次は堺東。堺県庁前です。難波行き急行はお乗り換え下さい。
車掌のアナウンスと共に停車した電車はドアを開き、スーツ姿のビジネスマン達と、紺色の制服姿の特命機動隊曹士、そして白い遊撃服を身に付けた特命遊撃士を吐き出していく。
「いけない!早く降りないと、マリナちゃん!」
「1駅だからね…早いもんだな、お京…」
お京と私は慌てて堺東駅のホームに降り立つと2階の改札をくぐり、中央口の下りエスカレーターに乗って駅前広場に行き着いた。
南海高野線を左手に、銀座通り商店街を右手に見ながら直進すると、地上21階建ての高層ビルが2棟仲良く並んでいるのが見えてくる。
お京と私、そして私達も含めた特命遊撃士と特命機動隊曹士の一団が目指すのは、2棟のうちで、より南海高野線の線路に近い方のビルだ。
それこそが、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局ビル。特命遊撃士としての、お京と私の配属先でもある。
「ねえ、マリナちゃん…今日の研修、何をやるのかなぁ?座学の課題はちゃんと仕上げたんだけど。」
支局の1階エントランスで警備係を務める特命機動隊曹士の銃礼に、右拳を胸に当てる敬礼で応じながら、お京が私に問い掛けてくる。
「さてね…そいつは教導隊の先生方が御存知じゃないかな?まあ、少なくとも午前中は訓練だろうね。」
ショルダーホルスターの中に収まった大型拳銃が伝えてくる、その重厚な存在感を確かめながら、私はお京に応じた。
「それじゃ、少しの間はお別れだね、マリナちゃん。」
ほんの少しだけ、お京が寂しそうな笑顔を浮かべた。お京の個人兵装はレーザーブレード。大型拳銃を選んだ私とは別の訓練場だ。
「そんな情けない顔をするもんじゃないよ、お京。昼飯の時にでも、また落ち合えばいいじゃないか。何なら、今晩付き合うかい?」
「お誘いかな…?是非、喜んで。」
グラスを傾ける私のジェスチャーに、お京が静かに微笑みを浮かべる。
こうして私とお京は、元化22年度第1期配属の新任特命遊撃士向けの研修の朝礼が行われる会議室に急ぐのだった。