ジークは運命の相手に出会う?
前半と後半のテンションの差がひどいです。
ジークがハックエストに来てから早ひと月ほど経った。そんなジークは今日も元気にしごかれている。
「おら、まだ踏み込みがあめぇ!!」
「──くっ!」
「ぼさっとすんな!」
ジークの一撃は全く同じ軌道を描くゼノのそれに力負けして、あっさりと打ち破られた。だが、すぐさま体勢を整えるとその場からバックステップで退避して、ゼノの打ち下ろしを回避した。
「……ふむ。そこそこ動けるようになったな」
ゼノはそういってジークの成長具合を見定めていた。
「はぁはぁはぁ──」
「よし、ちょっと早いが今日はここまでにするか」
「あ、ありがとうございました」
あれからゼノの訓練という名の拷問に耐えてきたジークはすさまじい速度で、その実力を上げていた。少なくとも訓練終了後にぼろ雑巾になることはなくなり、こうして大粒の汗と息切れをするくらいにとどまっていた。
「そういえばゼノさん、最初の打ち合いで見せたアレはどうやったんですか?いまでもわかんないんですけど」
「ん?最初ってぇと模擬戦のとき、お前を気絶させたアレか?」
息を整えながら疑問に思っていたことをゼノに尋ねた。
「はい、目をつぶっていないのに消えたように見えた理由がさっぱりです」
「あ~、教えてもいいんだが……その前にジーク、お前自分の手で人を殺したことはあるか?」
「……ありません」
竜騎士の基本的な職務はモンスターが何らかの理由で生息地から数百の単位であふれ出る“氾濫”を食い止めること、そして国家間の戦争に出兵することの2つだが、そのいずれも訓練生でしかなかったジークは経験したことがない。そのため、人を殺めたことは今までなかった。
「そうか。まぁ殺さずに済むならそれに越したことはねぇんだ。だがな、アレの本質は人を殺すことに特化した技だ」
ジークは思わず息をのんでしまった。そして、さらにゼノはこう続けた。
「俺がこうやって教導官をやり始めたのはごく最近だ。長い間あちこちを転々としてると何度か戦争に巻き込まれたりもする。その時に偶然できたのがアレだ。ジーク、お前はだれかを殺せるか?」
ゼノの問いに答えられず、黙り込んでしまうジークだった。そしてしばらく考えた結果、
「わかりません……」と答えが出なかった。
「よし、合格だ」
「は?」
「簡単にできますなんて答えたら、技を教えるどころか訓練もこれでやめようと思った」
ぽかんとしているジークをおいてゼノはさらにつづけた。
「いいか?まだ経験してない、その場にすら立ったことがない、そんな奴が簡単にできるなんて言うのはな、甘くみてるからだ。人を殺すってのはお前が想像している以上にクソみたいな感覚だ」
ゼノはこれまでにないくらい真面目な表情でジークに言い聞かせた。
「でもゼノさん、もし、仮に戦いに巻き込まれて誰かを殺さないといけないときが来たらどうしたらいいんですか……」
「そんときゃ、好きな方を選べ。お前次第だ」
「さっきといってること違いません?」
「同じだよ。相手を殺さないと自分や誰か死ぬかもしれない、相手を殺せば自分や誰かが生き残るかもしれない。どっちも仮定の話だ。だったら自分が後悔しない選択をしろ。そんでその結果を受け止めろ」
そして、
「ただな、ジーク?モンスターを殺すのも、人を殺すのも本質的には同じなんだぞ?どちらも自分の都合で命を奪う。それは変わらない。ジーク、殺すことになれるなよ」
ゼノはそう締めくくった。
「さて、本題の技の話だが……速くないんだな~これが!」
ゼノ、一気に空気をぶち壊すのはやめてください。
ジークは突然雰囲気の変わったゼノに驚いたが、それよりも技が気になってしかたがなかった。
「じゃあ、なんで消えたんですか?」
「消えてねぇよ。あれはむしろゆっくり動いたんだぜ?」
「そんなまさか!?」
「コツは初動を感じさせないことだ。例えば踏み込むときに足に力入る、膝が曲がるなんて動作を限界まで相手に悟らせない。そうすると、“来る”から“来ちゃった”になるから意識的な防御が間に合わない」
意識の外の攻撃。しかし、カラクリが分かったからといってすぐにできる代物ではなかった。おそらく身体操作の極致の技能だろう。少なくともジークには無理だった。
でもゼノ、“来ちゃった”はないですね。かわいくありません。
「とりあえず、基本をしっかりと身につけろ。そしたらいずれできる……かも、たぶんな?」
「そこは疑問形なんですか?」
「言ったろ?偶然できたって。ただ一度できれば再現できるってことだ」
それでもやっぱりまだまだ遠いなと思うジークだった。
「しかし、ひと月でこれか。ひとまず足回りのズレはなくなったな。よし、明日いいところ連れてってやろう」
「いいところですか?」
「おう、楽しみにしてろ!」
ジークよりも楽しそうなゼノだった。
そして翌日──
「ジーク、今日は『採取』なしだ。今から行くぞ!」
依頼に行こうとしていたジークを捕まえてゼノはハックエストの外へ向けて歩き出した。向かう方向はザッハーク大樹林がある方とは反対で、ジークはまだ2、3度ほどしか行ったことがなかった。
「ゼノさん、セギラ平原に何があるんですか?」
ふたりの目の前には、見渡す限りの大平原が広がっていた。街が近いからか視界にモンスターはいなかった。
「用があるのはセギラの先さ。馬を借りてもいいんだが……走って行くぞ。魔法使っていい、遅れるな!」
「え、ちょ、ゼノさん!?あ、もうあんなところに!?」
爆走を始めたゼノに追いつくため、ジークも魔法を全開にして飛び出した。比較的早く追いついたが、楽しくなってしまったゼノがさらに爆走し、それを再び追いかけるジークという、謎のループが出来上がってしまった。途中、すれ違う馬車にモンスターの襲撃と勘違いされて迎撃されてしまったのはしょうがない。
ふたりとも、他人に迷惑をかける行動は慎んでください。
全力マラソンを開始してから2時間ほど経った頃、ふたりはセギラ大平原を抜け、竜騎士の聖地とも言われている霊峰のふもとまで来ていた。
「ゼノさん、霊峰に一体何が?」
「ジークは来たことあんのか?」
「いえ、本の挿絵と一緒ですし、なんというか神々しいです」
ジークの目はキラキラと輝いていた。それもそうだろう、竜騎士の誰もが憧れる聖地を生で見ているのだから。ちなみに竜騎士の生涯で一度はしてみたいこと第1位は聖地の周りを相棒と飛ぶことである。
「ははは、そりゃよかった。俺も初めて来た時にはお前と同じく圧倒されたよ。だが、残念、霊峰に入っていくんじゃなくて、その近くにある牧場に用があるんだ」
そういうとゼノはジークを連れて、霊峰からそれていった。しばらく進むとザッハーク大樹林ほどではないものの、鬱蒼とした森へと入っていった。
「もうそろそろだ……」
「──これは!?」
森の開けたところに出ると、ジークは目の前の光景に驚いた。
「偽竜ですか!?」
「おいおい、竜騎士みたいなこというなよ。かわいそうじゃねぇか。こいつらも立派な竜さ。飛べないけどな」
ふたりの目の前には大量の陸竜──飛べずに陸を走る2足あるいは4足の竜がいた。ちなみに偽竜とは竜騎士の竜が飛行可能な竜であるため、我らこそが竜であり、飛べない竜は竜ではないと言い始めたことが由来である。
「すいません」
竜騎士みたいではなく、竜騎士だったジークはつい口が滑ったと謝った。
「しかし、そんな珍しそうに、ってそうかお前王都から来たんだったか。そりゃまずみないわな」
羽根のない竜──陸竜は氾濫のための戦力、積み荷の運搬など馬とは比べものにならないほどの働きをする。しかし王都周辺には多数の竜騎士が配備されているため、その役割を担う。逆に王都から離れるにつれて竜騎士の数減っていくため、陸竜の活躍の場が増える。
ちなみにリンドブルムも辺境ではあるものの、危険度や寄子の関係から他の辺境よりも竜騎士が多めに配備されてるため、陸竜はほとんど見られない。
「お〜〜〜い、ゼノ〜〜〜〜!!」
ゼノがいつもと様子が違うことに戸惑っていると、遠くから誰かがゼノを呼んでいる。声が聞こえた方に目を向けると、麦わら帽子をかぶり重鎧に身を包んだ、いかにも竜を飼育してますという格好の男性がやってきた。
「おお、ドキー。久しぶりだな!」
「ゼノ、元気か!ん!?そっちは見ない顔だべ」
「おう、こいつはジークってんだ。今俺が面倒見てる」
「へぇぇ、珍しいな。ってことは、用件はこの子かい?」
ジークが口を挟む間もなく、ふたりで話が進んで行く。どうやらドキーは国家資格を持ち、この竜牧場の管理をしているらしい。そして傷ついた竜の保護や繁殖を行っているみたいだ。また、一見さんお断りだが、信頼のおける人、竜に気に入られた人には竜を譲ったりしているらしい。
「──そうかそうか!よし、ジーク!どんな竜がいい?ゼノの頼みだ、ある程度は叶えてやるべさ!」
「すいません、話についていけてません」
そしてふたりはとてもよく似ていた。主に暴走するところが。
「すまんすまん。ゼノがお前に竜を一体欲しいっていうはんで……」
「え?」
初耳だった。思わずゼノの方を振り向くとしてやったりという顔がそこにあった。
「お前、元騎兵だろ?だったら馬よりいいのに乗せてやろうかと思ってな!」
「ゼノさん……」
思わず目頭を熱くするジークだった。ネヴィアの一件以来、もはや竜に乗ることは叶わないと諦めていた。だが、飛べはしないが再びそのチャンスが巡ってきたのだ。
「と、いう訳だはんで、選べ!」
空気を読めないドキーであった。
「ちょっと待て、ドキー。そういや何でこっちに固まってんだ?前来たときはもっとばらけてたろ?」
「あ〜〜実はな……」
非常に気まずそうな仕草のドキーだが、続けて発した内容にゼノとジークは度肝を抜かれることになった。
「……真竜が降り立った……」
「「……なんだって……?」
「だから真竜が降り立ったって言ってんだべ!!」
「「はぁぁぁ〜〜〜〜!?」
ふたりがそんなリアクションをしたのも無理はない。真竜とは竜騎士たちの竜の雛形、つまり始原竜あるいはその末裔とされており、滅多にお目にかかれるものではない。また、見た目こそ竜騎士の竜とほとんど同じとされるが、比較にならないほどの力を持つ最強種である。
「見た方がはやい。ついてこい」
ドキーの後に続くと二人はとうとう真竜とご対面することになった。
「こ、これは!?」
「間違いねぇ、真竜だ。こうして目にしているだけでわかる。圧がその辺の竜とは桁違いだ。桁違いなん…だ…が……ちっせーな」
「んだ〜」「小さいですね」
3人の目の前には白というよりも白銀色の真竜が広い牧場のど真ん中に寝そべっていた。立派なツノ、一対の翼、4本の手足に鋭い爪。そして非常に神々しい気を発しており、つい頭をさげてしまいそうになる。だが、その大きさで威厳が半減、いや8割ほどなくなっていた。簡潔にいうと、とても小さく可愛らしかった。頭から尻尾の先まで60cmほどしかなく、呑気にお昼寝中だった。
3人がどうしようかと顔を見合わせていると、真竜の目がゆっくりと開いた。そしてジークと目があった。
・無造作とも言われる初動が全くわからない動きは実際の居合道、空手などであるみたいですね。極意レベルだそうですが……だが、あえて言おう。初動が見えてもかわせるかー!
*運命の相手=人とは言っていない!




