ジークは日々冒険に勤しむ?
長らくお待たせしました。
ジークの物語が進み始めます。
*単位が思いつかなかったのでSI(国際基準)単位の m (メートル)を使いました。
ジークが冒険組合に登録してから、すでに数日が経過した。
「ノインさん、行ってきます」
「はい、ジーク君。いってらっしゃい」
ジークは現在、ゼノの奥さんの家系が経営する宿に世話になっていた。模擬戦の後、ジークを気に入ったゼノが無理やり引っ張って──もとい紹介した。
半ば強制的に泊められた宿ではあったが、リーズナブルな価格設定となっており、あまりお金のないジークにとって大変助かり、今ではすっかり気に入っていた。また、その時にゼノの奥さん──ノインを紹介されたのだが、ゼノとは二倍近く年齢が離れているとかで、「妹さんですか」と聞いたジークは悪くない。
そんなイベントがありつつも、今日もジークは依頼を受けに組合に向かった。
「アネットさん、おはようございます」
「おはようございます、ジークさん。また、『採取』ですか?」
組合に入ると、ちょうど出勤してきたアネットと鉢合わせた。
「ええ、ゼノさんから言われてますから」
ゼノ曰く、「『採取』で薬、毒などを学んでおけば、旅、遭難、探索、どんな場面でも役に立つ。道具屋で薬を買ってるだけだと早死にする」とのことで、毎日違う種類の『採取』の依頼を受けてくることを義務付けられていた。
「そうですか、頑張って下さい」
「ありがとうございます」とアネットにお礼を言ってから、ジークは『採取』の依頼が貼ってある掲示板に向かった。
「昨日はバカク草とハカの実だったから……今日はオウレの花とカブトの根にしよう」
「ジークさん、今日も『採取』ですか?」
カウンターへ依頼を持って行ったジークは「ついさっきも同じことを聞かれたなぁ」と苦笑した。
「ええ、アジーさん。今日はこの2つをお願いします」
アネットの双子の妹──アジーに依頼を申請するときに「やっぱり中身も似てるな〜」と思うジークであった。ちなみにアネットとアジーの違いは髪の長さだけで、初めて依頼を申し込んだ際にジークは思わずアネットがいる受付の方を見てアジーに笑われた。
「もう!いい加減『討伐』受けてくださいよ。私、担当のひとに急かされてるんですど〜」
失礼、中身は相当違いました。アジーはアネットよりもだいぶ距離が近いです。
「いや〜、『討伐』受けると階級上がっちゃうじゃないですか……」
「上げてって言ってるんですよ〜。結構強いモンスター倒してるじゃないですか〜!」
「階級上げたらゼノさんの初心者訓練受けられなくなるのでパスです」
「うわっ……やっぱり『訓練バカ』のジークさんだ」
「あはは、否定できないのが辛い……」
ジークは『討伐』を一切受けずに『採取』だけを受けていた。その上で、依頼中に襲撃してきたモンスターを討伐し、換金部位を追加で『採取』しているのだが、『討伐』部位は一向に持ってこなかった。そのため、ジークの階級は『採取』のみ8級へ上がっていた。ゼノの初心者訓練は別名、『討伐用の戦闘訓練』なので『採取』が上がっても一向に問題なかった。
「はぁ……で、今日も違うものですか?」
ジークはいつものとおり掲示板から持ってきた依頼票を渡した。
「わかりました。説明は──いりますね、はい。え〜っとオウレの花ですが、白い花で根茎のところがわずかに黄色ぽくなってます。依頼では根ごと欲しいそうなのでお忘れなく。カブトの根は紫色の花が特徴ですね。注意点として絶対に口に入れたり、傷口に触れないようにしてください。死にますから。どちらもザッハーク大樹林の中間部に生えてます。そのため少し難易度と報奨金が高くなってます」
必要な情報に紛れて、恐ろしいことをさらっと言うアジーであった。
「了解しました。じゃあ、行ってきます」
「あ、ちょっと待った!ジークさん、ラージカのツノが品薄なので、もし見つけたらお願いします!」
『討伐』の等級は低くても毎度持ち込まれるモンスターの素材から、それなりに強いであろうジークに“お願い”をするアジーであった。
受付嬢は人をうまく使うのも仕事の内なのです。
ジークは「了解です」と言って、組合を後にした。
──途中、朝番をしていたロイにも挨拶をしてザッハーク大樹林へと向かった。
「さてと、まずは依頼の品を見つけないとな──」
森へ入ってしばらくは何の問題もなく進んで行ったが、やはり森の奥に進むにつれてモンスターの襲撃の頻度は上がっていった。
「これで……6体目!と、もうひとつ!……よし、大丈夫かな」
ジークは4度目の襲撃を終わらせたところである。今回は気を抜かず、しっかりと後ろからの脅威にも対応できた。
ジークは失敗を次へ活かせるのです。
「やっぱりキツイ。まだ、中間部ですらないのに……でも、それだけ魔法に依存してたってことか……」
ゼノから与えられた宿題その2である。ジークは可能な限り、『戦闘での魔法の使用』に制限をかけられた。
「せっかくの工夫が死んでる──かぁ」
竜騎士として竜を駆る技術をメインに、中遠距離では魔法で援護する技術、接近戦での槍術の習得に多くの時間を割いてきたため、自ら地に足をつけての戦闘の時間はほとんどなかった。強いていえば、野営訓練時のモンスターとの戦いくらいだ。
そこで、ゼノはまず体の使い方、剣の振り方からジークに教えることにした。さらに支援魔法を使用するとド素人でもそこそこの戦士に変貌するため、「自らの判断で危険だと思ったときしか使うな」と厳命した。
「でも、キツイっていうことは、まだ全然うまく体を使いこなせていないということだ。頑張ろう……」
ジークは己の力不足を戒めつつ、さらに奥へと進んで行った。
「──これで、終わりかな?ちょっと休憩……なんか、ちょっと前にも同じようなことを……」
オウレの花とカブトの根の採取を終えたジークは樹に寄りかかって体を休めていた。中間部に入ってからというもの、襲撃の頻度、モンスターの強さは浅部とは一線を画すため、何度か危うい場面があった。それでも、なんとか魔法を使わずに乗り切り、かつ依頼品の採取も終えた。
ジーク、依頼は帰るまでが依頼ですよ。
「さてと……あとはアジーさんのお願いだけど、そう都合よく──」
──いましたね。
ジークがなんとなく顔を向けると、少し離れた位置に美味しそうに草を口に含んでいる巨大な鹿──ラージカがいた。
ラージカも視線に気づいたのだろう、ジークの方へ振り返った。そしてふたりの視線が交差した。
ラージカは全長3mほどもある巨大な鹿で、普段はおとなしいが目が合った相手に対して体当たりする習性をもつ。つまり、
「──突っ込んできた!?しかも速い!」
と、こうなる。
「くそ、身体強化!」
予想以上の速さにジークは命の危険を感じ、魔法を使った。間一髪のところで回避するとジークの後ろにあった樹は無残な姿に変えられた。
そして再び向かい合うジークとラージカ、その距離約20歩。緊迫した空気を破るようにラージカが動いた。
「──ここだぁ!!」
ラージカが間合いに入った瞬間、ジークは一瞬でラージカの斜め前方に踏み込み、その片方のツノを落とした。まさかの出来事に片ツノを失ったラージカはその場を急いで逃げ出した。
「──っよし!」
周囲に警戒しつつも喜びを噛み締めるジークであった。
落としたツノを回収した後、最後まで気を緩めずに無事ハックエストに帰還した。
──そして現在、
「はい、依頼完了です。お疲れ様でした」
組合でアジーに依頼の品を見定めてもらっていた。どうやら品質に問題はなかったらしい。
「それにしても、本当にラージカのツノを持ってくるなんて……」
「いや、頼んだのアジーさんですよね?」
「でもこんな都合よくとってくるとは思わないですよ〜」
「たまたまでしょう……?」
「なんで自信なさげなんですか?まあいいです。こっちは助かりましたから。それでは追加で『採取』の評価をつけておきますね。あ、お金はどうします?」
「いつも通りでお願いします」
「はい、わかりました。それではオウレの花とカブトの根の依頼分の合わせて1800ドラクです。ラージカの分、4000ドラクはジークさんの口座に入れておきます」
そう言ってアジーは1800ドラク、金貨1枚と銀貨8枚を渡した。ちなみにジークが泊まっているノインの宿は一泊300ドラク、銀貨3枚と非常にお安くなっております。
「で、ジークさん。この後はやっぱり訓練ですか?」
「ええ、今日の反省会もしたいので」
「やっぱり『訓練バカ』ですね〜」と呆れるアジーをよそにジークは組合の奥、ゼノと模擬戦を行った広間へと向かった。
ジーク、あなたのそれは冒険ではなくお使いですよ?
「おう、早かったな!」
広間にはすでにゼノがスタンバイしていた。試験官や教導官をしているのだから特におかしなことはない。一部を除けば……
「えっとゼノさん?この惨状は?」
ゼノの周りにはボロ雑巾のような状態の人たちが並べられていた。
「今日の入った新人とお前に触発されて教導を受けに来た奴らだ。軽く揉んでやったらこうなった」
「軽くですか?どう見ても精魂つき果ててますけど……」
「俺基準だからな!」
「納得しました」
ゼノ基準の軽いは、「竜騎士の訓練と同じくらいキツイんじゃないか?」と思うジークだが、あえて言うまい。
「まぁ、すぐに起きんだろ。それよりも今日はどうだった?」
ジークは今日の依頼と、その過程を報告した。
「……まぁラージカ相手じゃ魔法なしだとまだキツイか?──だが減点だ。今日は少し厳しくするぞ!」
普通はこのセリフで顔が引きつるはずだが、
「お願いします!!」
ジーク、喜んでますね。
しばらく広間には剣戟とゼノの怒声が響いていた。
そして、その音が止むころには、やっぱりボロボロになったジークがそこにいた。
訓練を終えるとゼノは嬉しそうに、ボロ雑巾(成長したジーク)を引きずりながら愛する妻が待つ宿へと帰っていった。
途中で目を覚ました新人が言うには「あれは訓練じゃねぇ。一方的な虐殺だ」とのことだった。
失礼な、誰も死んでいませんよ?
生薬を元にしました。ちなみに生薬を抽出するとすごくにおいがきついです。
一泊300ドラク、銀貨3枚=一泊3000円、金貨1枚=1万円です。




