6.書類提出
こんにちは、葵枝燕です。
『救いたがりの死神』、第七話をお届けします。前話の投稿が二〇一六年七月なので、三ヶ月くらいぶりの更新ですね……お待たせして申し訳ないです。色々悩んでたらこうなった、としか言いようがありません。
そして、今回の話で死神界編(?)を終わらせ「リオ、いざ人間界へ!」――といくつもりだったのですが、多分次の話まで食い込むと思われます。こんな感じに仕上げようというざっくりな展開は考えているのですが、それ故に中身を考えるのが難しいというか何というか――。まあ、でも、完結まで持っていきたいと思います。
それでは、どうぞご覧ください。
全ての書類に記入を終え、席を立つ。真っ直ぐに、兄の座る席へと向かった。
「ザイさん」
そう声をかけると、兄は膝に乗せていたウサギのぬいぐるみを慌てて隠そうとした。兄さんのウサギ好きは周知の事実なんだから、無理に隠すことはないのに――そんな言葉を奥へと追いやった。兄本人は、このことを周りに気付かれていないと思っているのだということに思い至ったのだ。
「ザイさん、僕に隠しても意味ないよ」
「な、何だ。お前か、リオ」
どこかホッとしたように兄は言う。僅かに表情が緩んだところをみると、声をかけたのが弟である僕だと知って安堵しているようだ。
「先に言えよ。慌てて損した」
「よく言うよ。呼び捨てにしたら怒るでしょう?」
兄はちらりと僕を見る。安堵から一転、剣呑な光が目に宿った。あれ、もしかして一言多かった? でも僕は事実しか言っていないはずだ、と開き直った。それに、今は兄と言い合いとかする場合ではないのだ。
「これ、お願いします」
書き上げた書類を渡すと、兄は目を見開いた。
「仕事が早いな」
「叩き込まれましたから」
兄は、書類を捲る。どこか面倒くさそうに目を通したあと、チッと舌打ちが聞こえた。
「完璧すぎてつまらん。誤字とか脱字があったら突っ返してやろうと思ってたのに」
「うわー……」
なんて面倒な上司だ――そんな言葉も、脳の奥へ奥へと追いやる。ここで兄の機嫌を害したら、初任務は泡となって消えるかもしれないからだ。
「いいだろう。リオ」
「はい」
空気が張り詰める音を聴いた気がした。痛いほどの静寂が耳にまとわりついてくる。
「初任務、行ってこい」
「はい!」
そのまま、任務に対する注意事項なんかを兄から聞く。死亡予定者とは極力関わるなという点は、特に念を押された。
「出発は、明日の昼でいいな。それまでに、準備を整えろよ」
「はい」
「ま、頑張れ」
その言葉は、兄にとって最大級の応援なのだろう。そう受け取って、僕は頷きで返した。
「じゃあ、明日の準備もあるし、お先に失礼します」
背を向け、自分の席に戻ろうとする。
「……待て」
背後で聞こえた声に、身体が止まる。振り向くと、鬼のような形相の兄がいた。
え、僕、何かした!? 今までの流れに何か悪い点があっただろうかと、必死に考える。
「う」
「う?」
兄の呟いた言葉を、反芻する。
「ウサギ」
「……え?」
兄が苛立ったように僕を見る。思わず一歩後ずさんでしまった。
「ウサギの何かを買ってこい」
「はい?」
恍惚とした表情で兄は言う。
「ぬいぐるみでも、ハンカチでも、キーホルダーでも、本でも――種類は問わん。ウサギグッズが欲しいんだ」
「お土産、ってこと?」
あくまでこれは初任務、旅行とかじゃないんだけどな――そんな言葉は、言っても無駄だとわかった。以前の兄は、任務に行く度にウサギグッズを購入していた。それほどウサギという生き物が好きだということだし、だから実家の兄の部屋にはたくさんのウサギグッズがある。しかし、今の兄はそう簡単に任務に行ける立場にない。つまりは、代わりにお前が行けということだ。
「本当に、何でもいいの?」
溜め息を吐きながら問う。
「ああ、構わん」
「言ったね? 文句とか言わないでよ」
目をきらきらと輝かせる兄は、正直ちょっと気持ち悪かった。でも、機嫌がいいのはいいことだ。
「わかりました。買ってきます」
そう答えて、僕は一礼する。そして今度こそ、兄から背を向けたのだった。