4.ナノ-2
毎日毎日、暑い上に蝉が煩い今日この頃。
こんにちは、葵枝燕です。
『救いたがりの死神』、第五話です。ぶった切っちゃった前話の続きになりますね。
それでは、第五話、お楽しみいただければ幸いです。
彼女は、視線をあちこちに彷徨わせ、口をもごもごと動かしながら、それでも決意したように僕を見た。僕の机の上にある青いファイルを指差す。
「その書類、作ったのあたしだから。それで、できた書類をザイ兄――ザイさんに渡したのも、あたしなの。だから、何となくわかってた」
言葉を切り、重々しい溜め息を吐くナノ。彼女には全く似合わない、そんなことを思った。
「この仕事、リオに任されるんじゃないかって」
「そう」
ナノが気に病む必要はない――そんな言葉が浮かんで消える。どう声をかければ、ナノは明るい表情に戻ってくれるのだろうか。そう思う反面、僕なんかが何を言っても無駄なのではないかという思いもあった。
それでも、僕にできることを考えたとき、答えは一つしかなかった。
「ナノ」
せめて、これだけは言いたい。そう思って、彼女を呼んだ。
「僕、やめるつもりなんてないよ」
彼女を曇らせるそれを晴らすことができないなら、決意だけでも示しておきたい。そして、僕の中でもやもやと揺らぐものを、しっかりと形にしたかった。誰かに言ってしまえば、ちゃんと遂行するしか道はないから。
「やっと与えられた実践だ。ちゃんとやるつもりだよ」
ナノが、僕を見る。
「リオのくせに、生意気」
ムスッと頬を膨らませた後、ナノは笑った。いつもと少し違う、どこか柔らかい笑顔だった。
「どんな書類が必要かは、わかってるよね?」
頷いた。最近まで事務作業ばかりしていたから、必要な書類が何かは知っている。それがどこの棚にあるのかも知っているが、さすがに今回は役に立たない知識だろう。
「書類まとめとくから、あとでうちの部署来て」
「うん、わかった」
「それじゃ、あたし戻るね」
ナノが背を向けて歩き出す。しかし、廊下に一歩踏み出そうとしたところで立ち止まり、振り向いた。ビシッと、僕に向けて人差し指を向けてくる。
「任務に手抜いたら赦さないからね! あたしからも一発プレゼントするから!!」
早口に言って、ナノは一目散に駆けだした。直後、「廊下を走るんじゃない!!」という鋭い怒声が微かに聞こえた。
「騒々しいやつ」
そう呟いて、僕は笑った。先ほどまでの迷いは、吹っ切れていた。
僕は、戸張藍音の命を刈る。彼女がどんな人間だったとしても、この任務を必ず遂行してみせる。そう、決意を固めた。
それに、兄さんから拳骨を食らうのはまだいいけれど、ナノからもっていうのは――さすがにいやだと思ったのだ。正直な話、ナノの拳骨は全然痛くない。でも、それをうっかり口にしようものなら、ナノは手元にあるありとあらゆるものを投げてくる。そっちの方が危険だ。そうならないためにも、ちゃんと任務をこなさなければならない。
机に向き直り、その上に置かれた青いファイルを手に取った。そして、これからどうするかを頭の中で練っていった。