第3話:明かされる真実(2)
遠い昔、神様は人間を作りました。男の人と女の人、一人ずつです。そしてその二人は楽園に置かれました。
ですがある日、蛇にそそのかされて神様に食べてはいけないと言われた樹の実を女の人が食べてしまいます。その後に男の人にも勧めて食べさせます。それを知った神様はもう一本あった樹の実を食べ、自分と同じにならないようにするため、楽園から二人を追放しました。
「簡単ではあるがこれが創世記、アダムとイブの話だ」
「これって選考会と関係なんじゃ……」
三人は公園を離れ、街の繁華街の外れにあるバーにいた。とても小さいそのバーは席がたったの五席。髭を蓄えたマスターが一人で切り盛りしてる古風な店だ。
「いや、そういう訳じゃない。この話には続きがある」
「続き?」
シーナは振舞われた牛乳を片手に頭を傾げる。
「神は近頃自分にも寿命が近づいてきた事に気付く。そこで、後継者探しとしてこの選考会を不定期だが催す事にしたんだ。神しか扱う事の出来ないような力を扱えるだけの人間を探すために」
「それが俺らの能力って事?」
「その通り。それにその力は元々人間に備わっているものだ」
「じゃあどうしていつでもどこでも使えないの?」
「神のみがなせる業、だからさ」
二人の質問を言葉に詰まることなくさっさと答える。
「たまにテレビに出てくる超能力者なんてのは、何かの影響で能力が解放されてしまった人達なんだよ」
「あ、もしかしてこの同人誌って能力を解放するための道具?」
シーナがひらめいた様に聞く。男は微笑んで、
「その通り。君は察しが良いな」
ウィスキーを少し口に含んで話を続ける。
「正直な所、能力が使えても神にはなれない。本当に必要なのは知識の実と生命の実だ。同等の存在になるために必要な鍵となるのさ。知識の実は最初の人間、アダムとイブが食べたからこれは必要ないと思う。だが問題は生命の実だ。これを手にした人間はもう人間じゃない。神と呼ばれる存在になる。とはいえそれも手に入れることが出来たらの話だ」
「じゃあ、簡単には手に入らないんすか?その生命の実って」
「確かに。この世には無いエデンの園を見つけられれば問題ないのだが……。だが、僕にもそれなりの考察がある」
「でたでた、君がお得意の力説」
マスターがくすくすと笑う。
「いいじゃないか。ええと、つまり生命の実は神にあって人間には無いものだと思う。となればそれはただ一つ、完全な能力だ。それは簡単な身体能力や物質の物理法則を無視した出現や生成だけではなく、人間ひいては生命体の運命すら操る事ができる全知全能の力だよ」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
シーナが声を上げる。宏人はびっくりして肩を竦める。
「で、でも最初に、五冊そろえて審査に合格すれば神様になれるって言われた!!」
「それは選考会のルール変更みたいなものじゃないのか?」
「あ、確かに」
宏人に言われて興奮が冷める。
「僕もそう思うな。今までのスタイルだと最後の一人になるまで戦わせていたからな。参加者のほとんどが怪物じゃあ可愛そうだ。……怪物で思い出した。先程の亡骸の話をしよう」
「うわぁ、正直言うとボクあれは思い出したくない……」
露骨に嫌な顔をして肩を落とす。
「亡骸とは怪物と化すはずの人間が怪物になりきれず生まれる、言わば不良品だ。君達が見たように人の体のパーツが出てきただろう?それはそのせいだ。原因は幾つかあるが、突然の能力解放による身体への負荷や異形になりたくないという強い精神がほとんどだ」
「はぁ、じゃあモンスターになるって事実を受け止めさえすればあんな風にはならないってか」
「そうだろうね」
宏人が独り言のように呟くとすかさず男は返答した。
「おや、もうこんな時間か」
男は腕時計を見た。すで深夜の二時を回っていた。
「こんなに遅くなってはな……。よし君達を家まで送ろう」
そういうと男に連れられるように二人も店から出る。店から少し歩いた所にある駐車場に一台の高級車が泊まっていた。
「僕の車だ。さぁ乗って」
二人は車に乗り込むと男に家の場所を教えた。
「そういえば、互いに名前を知らなかったね。教えてくれるかい?」
「俺は霧島宏人です」
「はいはーい!!ボク、シーナって言います!!」
「シーナ?君は日本人じゃないのか?」
「いや、説明が面倒臭いんですけど、こいつが能力なんです」
男は運転に集中していたがそれを聞いて少し気が抜けた。
「それは驚いた。そういうタイプは始めて見たよ。で本名はちゃんとあるんだろう?」
「本名は椎名崎琴音です!!」
「ふふ、可愛らしい名前だ。お、そろそろ霧島君の家だよ」
そう言って宏人の住むマンションの入り口に車を止めた。シーナも車から降りた。
「琴音さんの家はまだ先だが……」
「いや大丈夫です。あ、まだあなたのお名前を聞いてないです」
「そうだった。僕は鞍馬。寛政元年生まれ。後、あのバーにも来てくれると嬉しい。昼間は喫茶店だから、放課後にでも寄ってくれ」
「はぁーい!!」
シーナが元気に手を挙げる。まるで授業中の小学生のようだ。
「それじゃ。霧島君、こんな良い子を取り逃がすなよ?」
それだけ言って颯爽と去っていった。二人はそれぞれ違う反応をしていた。宏人は突っ立ていたが、シーナは宏人に擦り寄った。
「ねぇねぇ、あんなこと言ってるよぉ?やっぱりボクって魅力的なレディなんだよね?」
「んなことよりさぁ、今鞍馬さんいつの生まれって言った?」
「寛政元年……ってええ!?あはは、きっと酔ってたんだよ、きっと」
「だよな!じゃ、また月曜日」
シーナは答えず宏人に近寄る。二人の距離は一気に縮まり、次の瞬間には宏人の左の頬にシーナの唇が触れていた。
「ちょ、何すんだよ!」
そういう宏人も抵抗もせずただ顔を真赤に染めていた。
「おやすみ」
宏人の耳元で囁くとシーナは走っていった。
「お、おい」
宏人は思い切り殴られたのかの様に頬を擦った。だがシーナは突然止まって振り返り、また宏人に近寄った。
「このぐらいの事で本気になってちゃ、ボクの彼氏になれないね!はい、不合格!!」
宏人の額を思い切り弾くと今度こそ走っていった。と言うよりも逃げていった。
「いてぇ!ちくしょお!!月曜日、覚えてろよ!!」
再び鞍馬はバーに戻った。年季の入った重たいドアを開け、お気に入りの真ん中の椅子に腰掛ける。
マスターは注文されるでもなくウィスキーを出し、店のドアに掛かっていた‘OPEN’と書かれた板をひっくり返し‘CLOSE’にした。
「あの二人なかなか面白いよ」
「どこが?」
鞍馬の椅子の隣に腰掛けて問いただす。
「女の子の方、椎名崎琴音っていう子なんだけど、あの子自身が能力らしい。能力を解放できるのがさっきの人格らしくてね」
「そりゃあ驚きだな。んでもう一人の人格の方は?」
「残念だけど見ていないな」
「んで、男の子の方は?」
煙草を吸って一呼吸置いてから聞いた。
「ああ、これはまぁ僕の勝手な予測だがきっと泰造氏の息子か孫だろう」
「本当か?」
「たぶん、だけど。霧島と聞いて。それに若い頃の彼にそっくりだ」
「この老いぼれにはそうは見えんかったがな」
「女の子に疎い所がね」
二人は顔を見合わせて笑う。だがマスターが思い立ったように話題を振る。
「そういえば、この頃警察が少しばかりだが、このラリーに関係しとるんだ」
「どういう意味だ?」
ウィスキーのグラスを置いて鞍馬を尋ねる。
「どうも参加者をテロの新勢力とか言って捜索してるそうだ」
「まさか?」
「うむ。奴らが日本の警察に介入しとる可能性がある」
「だとしたら、奴らも考えたな。日本なら警察さえ動かせれば捜査の名目でいくらでも参加者を捜せる……。あの子達も危ないじゃないか!!」
「我々で保護した方が良いと思うが……」
「そうだね。明日何処かで彼等と会う事にするよ」
そう言ってまたバーを出て行った。
なんか今回は会話ばっかりでした(汗)