第一話:初陣
開会の宴から一週間。宏人は何の成果も得る事もなく過ごしていた。
参加者に与えられる索敵能力を使って、街を歩いてみるも全く反応が無い。公園にでも行けばモンスターがいると思い、行ってみても何もいない。
この日も普段と変わりない登校。そして授業。
「結局モエ燃えはっぴぃライフは無かったんだよな……」
「斉藤よ、まだ言うか?」
久しぶりに同人誌の事を耳にする。今、選考会に参加してます!とも言えず、んなもん無い!と言ってしまったのだ。宏人は黙ってこいつに渡しちまえば良かったと少し後悔する。
「あ、そう言えば会長さんが持ってるとか持ってないとか……」
会長さん、確か……
「椎名崎琴音のことだよな?隣のクラスにいる、あの」
まさか椎名崎さんとは……。宏人は中学生の頃を思い出した。三年間同じクラスなら記憶に残らない筈がない。
もしかすると友達と命を懸けて戦うなんて。宏人は予想していた事実ではあったが、現実として遭遇すると悲しくなる。
「でも噂だろ?」
「らしいけどね。やべ、そろそろ授業じゃん!早く行こうぜ」
二人は走って教室に向かった。その二人を影から見つめる少女が一人。
「やっと、見つけた」
久しぶりにモンスターを探しに近隣の公園に出向いてみる。モンスターの一匹でも見つけないと、この選考会が事実なのかどうかも未だに疑わしい。
泰蔵には酒を酔いつぶれるまでどんどん飲ませた。これなら明日の朝まで起きないし、外に出掛けても気付かない。二人で暮らし始めてから分かった、じいちゃんの習性だ。
武器はエアガン一丁と物置の片隅に眠っていた細い鉄パイプ。実際これが役に立つのかは分からない。
「何かしら居ないかな?」
宏人は辺りを見回す。すると林の奥の方から物音が聞こえてきた。
ガサガサ、と不吉な音が響く。思わず鉄パイプを握り締める。
「がはぁ!!ああ、やっと抜け出せたぁ」
モンスターの出現の代わりに背広の中年男性が出てきた。
宏人は目を細める。このおじさん、何やってんだ?酔ってる様にも見えない。
「いやはや、失礼。私、選考会スタッフの日向と言います。霧島さんですね?」
「あ、はいそうですけど……」
「いやぁ良かった!あなたに渡したい物があるんですよ」
そう言って手に持っていたビニール袋を、宏人に手渡す。
「これは一体?」
「中には、モンスターの図鑑と時計が入っています。図鑑の方ははただの図鑑ですが、時計が凄いんです」
自信気に言葉を発する。
「この時計、横にボタンがあるでしょう?一見、時刻合わせのボタンの様ですが引っ張るとモンスターを引き寄せるんです!」
「へぇ……。でも何故これを?」
腕時計の時刻を合わせながら聞いてみる。
「実は、開会の宴の後に配布漏れがありまして……、それで今日渡しに来たんです」
日向は申し訳なさそうに訳を話す。だが何か思い立った様に表情が明るくなる。
「せっかくですから今使ってみてください!その格好からしてモンスター探しをしていらしたのでしょう?」
これまた自信気になる。
「じゃ、じゃあ使ってみます」
腕時計のボタンを引っ張る。空気が抜けるような音がした後、機械音が鳴った。
先程日向が出てきた林がまたざわめく。そして一気に林が揺れ動く。
次の瞬間には咆哮と共に影が現れた。
「うわ、リザードの高等種ですか……。すみません、私は手助けできないので見守らせていただきます」
「ええ!?」
そして宏人の目の前に人間ほどの大きさの二足歩行のトカゲが現れた。手には骨で作られた棍棒を握り締めている。
グォォォォォ!!
ドシドシと足音を立てて宏人に襲い掛かってきた。
宏人も必死に避けようと後ろに下がろうとする。と、その時だった。
「あれ?」
宏人は見事に宙返りを決めた。しかも宙で何回転もした。
宏人は何故出来たのか戸惑った。だが宏人の体に刷り込まれていた様に何故かやり方のコツが分かる。
着地の瞬間、思った。
これなら勝てる!
宏人は調子に乗ってリザードの頭上を何度もジャンプする。リザードはその姿を目で追いきれない。
「うりゃ!」
リザードの背後を鉄パイプで一撃。
グオォ!
「はぁ、なるほど。霧島さんの最初の能力はこれですか」
日向は木の陰に隠れて感心する。その間も宏人の猛攻は止まらない。
「でりゃぁ!」
何度も跳躍してリザードを死角から攻撃する。
グォ、グォォォ……。
リザードがぐったりと倒れる。
「や、やった」
戦いが終わった瞬間、宏人に疲労感が一気に押し寄せた。
木の陰から日向が小走りで宏人に近づく。
「いやぁ、見事です!あの動き、あの戦法、狩には慣れていらっしゃいますね?」
小さく拍手をして宏人を褒める。だが宏人は、
「いや、今日が初めての狩りですよ。自分でも何がなんだか……無我夢中ってやつです」
「え?そうなんですか?」
と言う事は、能力の発見も初めて?初陣でここまでの力を発揮するとは……。
「……そりゃぁ凄い!でも能力は体力と一緒で長時間の使用はできません。モンスターにしても参加者にしても、短時間で戦いを終わらせてくださいね」
「はぁ、はぁ、確かにかなり疲れますね。そうします」
宏人は息を切らせる。近くのベンチに座り込みぐったりとする。
日向は宏人のために近くの自動販売機でジュースを買ってきた。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも」
冷たいコーラを宏人に手渡す。日向も自分にコーヒーを買った。
宏人はコーラを一気に飲み干す。
「では、そろそろ私も戻らなくてはいけないので」
そう言ってゆっくりと歩き出したが、すぐに立ち止まって宏人の方を向く。
「その力は同人誌が自分の近くに無いと使えませんから。お忘れなく」
数メートル歩くと突然煙の様に消えてしまった。
それから数日。その後も能力が気に入って毎晩公園に足を運ぶ。泰蔵を毎日酔い潰すわけにもいかないので深夜にこっそりと出掛ける。
モンスターは見かけなかったが、人間離れした跳躍で公園の至る所を飛び回っていた。
ベンチから外灯へ。
外灯から水の枯れた噴水へ。
噴水からまたベンチへ。
どれも数メートルは距離が離れているし、高低さもある。普通の人間がするには到底不可能、だが能力によって宏人には可能だ。
能力を使うために宏人はウエストポーチを身に着けている。決して小さくはない同人誌を持ち運ぶために考え出した、宏人の名案だ。
少し疲れた宏人は外灯の下で伸びをする。風を切る感覚がまだ肌に残っていた。
「き、霧島君?」
とっさに後ろを振り返る。声を掛けてきたのは、
「椎名崎……さん?」
まさか、と思う。
「こんばんわ。こんな所で何してるの?」
「ほら、ちょっと運動でもしようと思ってさ、あははは……」
「へぇそうなんだ……。私ね、じ、実は霧島君のこと、待ってたんだよ?」
その一言で確信が持てたような気がする。椎名崎さんも参加者だ。
深夜にここに来るのが分かるはず無い。分かるのはストーカーか参加者だ。
ストーカーの線は無い。椎名崎さんはそんな人じゃない。
「索敵能力か……」
宏人はルールブックの内容を思い出す。
索敵能力は、同人誌が身の近くにある参加者を捜すことが出来る。
「き、霧島君……」
声が震える。今にも泣き出しそうだ。
よく見れば椎名崎さんは何か握っている。バットだ。
「本当はこんな事したくないんだけどね……ごめん、ね」
目に薄っすらと涙を浮かべながらポケットから眼鏡を取り出して掛ける。
眼鏡?あ!
なんでもメガネを掛けると人が変わるとか変わらないとか……。
学校での会話を思い出す。
「ふっふっふぅ、すまんねぇお兄さん。か弱い乙女の学友をたたっ斬るのは、趣味じゃないんですがねぇ」
さっきまでの気弱そうな琴音は消え、代わりに活気に溢れた琴音が現れた。
誰だ?椎名崎さんじゃない、椎名崎さんの姿をした誰かだ!
「お前、椎名崎さんじゃないだろ?」
「君、面白いこと言うねぇ。ボクは琴音じゃないけど琴音だよ。ボク気にいちゃったよ!……でもね、琴音にも神にならなきゃならない理由があるの。悪いけど同人誌、いただき!」
走って宏人に接近し、すかさずバットを振り回す。
「うわ!!」
バットが顔面の間近を通過する。
「しゃあねぇ!」
跳躍で外灯の上に飛び乗る。
「ほぇ〜すんごい跳躍だねぇ。君の能力はそれ?」
「まぁな。そっちこそ、何なんだよ?」
宏人は目の前にいる「琴音」に小さな怒りを覚えた。椎名崎さんは嫌がっていた。それを無視するかの様に我が物顔で椎名崎さんの体を使ってやがる。
「ボク?う〜ん……ボク自身!」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃ、ない!!」
そう言うと空き缶を宏人に向かって投げた。女子高校生の腕から投げられるとは思えないスピードで宏人の額に直撃。
「プロ野球選手……かよ」
気を失った宏人は外灯から転落した。
「にひひ!!どうだい?ボクの力、思い知ったかぁ!!」
大の字になってのびている宏人から返事は返ってこない。
「あれ?」
琴音はバットで宏人の頬を突いた。反応はない。
「ご、ご臨終?」
今度は宏人の口の近くに耳を近づける。しっかりと呼吸をしている。
「心配して損したぁ」
大きく溜息をすると、気を取り直して宏人のウエストポーチを物色し始めた。
「あった!へへぇ、ではでは早速血印を……」
中身をめくって幾たびに琴音の表情が怪しくなった。その横で突っ伏していた宏人が目を覚ます。
「んぁ〜ああ、デコが痛い……。あ!俺の本!」
「ひっ!?」
突然大声を上げた宏人に琴音が驚く。宏人はすかさず同人誌に手を掛けようとする。
「てめぇ、俺の返せ!」
「あ、うん。ごめん、返すよ」
あまりに素直に返されたものだから宏人はむしろ驚く。
「あれ?お前もこれ、必要なんじゃないの?」
「そんなこと言っても、ボクのと同じく第一巻なんだもん。君の。奪ったって意味ないもん」
琴音の頬が膨れる。
「ああ、そういうことか……。それよりも聞きたい事がある!」
「まぁ地べたに座ってるのもなんだし、ベンチ、行こうか?」
二人はベンチに腰掛ける。仲の良い高校生に見えなくもないが、だが只今午前一時である。
「それで、質問は?」
「お前の存在自体が俺の質問対象」
待ってましたと言わんばかりに自信満々な表情に変わる。そして、バッと立ち上がり宏人の前に立つ。
「椎名崎琴音が手にした最初の能力そのものであり、椎名崎琴音でもあるのだぁ!」
ポーズを決めて、ニコッと笑う。
「じゃあさっきの豪速空き缶投げは?」
「あれもひっくるめてボク。あ、そうそうボクのことはシーナって呼んでね!ダーリンでも良いよ♪」
「じゃ、前者で」
即答。ジュースの空き缶をゴミ箱に投げて答えた。シーナは反応の悪い宏人の背中にぴったりくっ付いた。
「ひ〜ど〜い〜。今夜みたいな熱い夜、また一緒に過ごしたいでしょ?」
「二度とごめんだ!」
「はっはっはぁ!威勢が良いねぇ〜。ボクが見込んだ男なだけある。今日からうちの事務所に来なさい!」
宏人の肩をポンポンと叩いてにやける。
「なんか、会話だけで疲れてきた……」
「若いのに体力無いねぇ……。いいジム紹介してあげるから、通いなさい!」
「じゃ、俺帰る」
「ああ、待ってよぉ」
ひたすら歩こうとする宏人の脚にしがみ付いて引きずられるシーナ、場所が場所なら漫才だろう。
「あ〜眠たい……」
「この頃お前寝不足だよなぁ。宏人、パソコンゲームのやりすぎだろ?」
「パソコンのウィンドウ越しに彼女作ってるお前とは違うわ!」
学生鞄で斉藤を思い切り殴る。
そこに後ろから声が会話に割りんできた。
「やぁやぁ、諸君おはようさん!」
シーナの眼鏡が朝日に反射する。
「シーナ……」
宏人の声のトーンが下がる。
「ヒロくぅん、お、は、よぉ。あたしぃ、昨日みたいな事、またしたいなぁ。いいでしょう?」
「あのなぁ、誤解の多い発言は……控えろぉ!!」
二人の会話を横で聞いていた斉藤が口を開く。
「宏人、お前その年で……うん。ギャルゲーは卒業か、二次元じゃ飽き足らず、うん、そうか。生徒会長と二人で、ホットナイト!!てか?」
斉藤の拳が小刻みに震える。明らかに怒りのこもった振るえだ。
「やべ、遅刻だ、遅刻!!」
宏人が全速力で走り出す。残された二人も追いかけるように走り出す。
「おらぁ!!霧島ぁ!!待ちやがれ、この野郎ぉ!!」
「ダァリ〜ン、待ってぇ」
「総監、新たな情報です」
「どれどれ」
渡された紙をペラペラと捲る。
「この二人は?」
「それは先日の深夜に目撃された、中高生と見られる若者です」
「何故私の処に持ってきたのかね?」
「異常な跳躍の目撃証言があるからです」
「うむ。それこそ、新勢力のテロリストの可能性がある。とりあえずマークしておくように」
「そんな学生すらテロとでも言うのですか?」
「君は世の中の広さを知らぬ。それだけだ。下がりたまえ」
男は椅子に座り込む。
「本当に世の中は広いものだよ。なぁ?神よ」
手の中には同人誌が、まるで宝玉でも扱うように握られていた。
すごく更新遅れました。次はもっと早く更新できるように頑張ります!!