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私が命賭けて守ります 2  作者: いざりり
第四章
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「今度はアルも誘って三人で楽しんでくれ」

ディークリウドは靴選びが終わると、今度こそアリューシャに別れを告げ、店先に移動していた馬車に乗り込む。

ジルフィーネはアリューシャに窓越しに、もう一度お礼のお辞儀をして手を振る。

「すみません。なかなか見付けられなくて」

「靴は大事だ。足に合ったものが見付かって良かった」

普段履きの靴はいいが、踊り用の靴は数も限られ、それこそジルフィーネの足に合わないといけないというので、在庫がある店を探して、四件も回ことになったのだった。

そのせいで、時間も随分と取らせてしまった。

「へ……リウドさま、お疲れではないですか?」

「アリュたちの買い物に散々付き合わされて慣れている。こういうことはマハルの方が合ってると思んだが、何故だか……」

ディークリウドは珍しく言い淀みながらも、苦い顔で続けた。

「あれはあれで、付き合って貰っていたと取るべきか」

「ええ。そう言ってらっしゃいました」

ディークリウドの口調が砕けてきたので、ジルフィーネもおどけて見せた。

「余計な」

なにを言われたのか想像がついたらしく、ディークリウドは非常にバツの悪い表情を浮かべて、小さく毒づくのだった。

「アリューシャさんもアルビオーネさんも、可愛らしい方々で、親切にしてくださって嬉しいです」

「アリューシャとは同じ歳になるのか。一つ向こうが上かな。貴女さえ良ければ、また付き合ってやってくれ」

「嬉しいですわ」

にっこりと微笑むジルフィーネに、ディークリウドはいささか暗い靄を心に宿す。故郷を離れてたった一人。まだ気さくに付き合える人間は少ないのだから、独占欲も大概にしなければと思うものの、留守番にされることが増えそうで、複雑な気分だ。

「ペイルゼンから侍女を呼ぶか」

「いえ」

ジルフィーネは即座に遠慮した。

「侍女の皆さんにも良くして貰っていますから。お気遣いありがとうございます」

「向こうで使っていた物を取り寄せるから、それは遠慮なく言ってくれ」

「故郷心がついてしまいますから」

故郷を捨てるつもりでいるらしい発言に、ディークリウドはジルフィーネの頬を片手に包んで、海のように深い蒼い瞳を真っ直ぐ見つめる。

「ペイルゼンも我が国であり貴女の故郷なれば、いつでも故郷帰りすればいい。なんら問題はない。……が、私の手が空いてる時に、というのが条件だ。私も向こうでのんびりしたい。年に一度は叶えられるようにするつもりでいる」

「ありがとうございます」

自分のためにそこまで考えてくれていたのが嬉しくて、ジルフィーネは男の手に手を添えて、じんわりと優しさが心に沁みて、滲む涙が溢れないよう目を閉じる。

馬車に乗り込んでから、相変わらず握られている、今度は座った位置が逆なので、右手になるが、そこに少しだが力が加わった。

相手が身じろいで、ジルフィーネは瞬間体を竦める。

ふわりと唇が重なった。

少しの間を置いて、ディークリウドはさらに言う。

「ケジメを付けるように距離を置かなくていい。言ったはずだ。ペイルゼンは私の故郷でもあると。だから、捨てるような真似だけはしないでくれ」

「はい」

ジルフィーネは男の肩に額を付けて涙を零した。

「なんでも見透されて悔しいですわ」

「そうか?」

「ええ。それに、へ……リウドさまにはいつも変なところばかり見られますし」

「変なところ」

「教会ですっ転んだり、階段を転げ落ちたり。普段はしないことばかり」

「ああ。あれで惚れたのだからいいではないか」

衝撃的な言葉にジルフィーネは思考が止まる。

「え、ええええ?」

体を離して、思わずディークリウドを凝視する。

「そうそう。階段で転んだ後、私が部屋まで運んだのは覚えている、よな。薄っすらではあるが、意識はあっただろう?」

悪戯を見つけた子供のような、悪戯を仕掛けてまんまとはまったと楽しんでいるような笑顔に、ジルフィーネは凍りつく。ばれていないと思っていたのだから、恥ずかしいことこの上ない。しかも自分から藪を突いてしまったのだから、目も当てられない。

消えてしまいたいと嘆く一方で、楽しそうな笑い声が聞こえるような顔を、ぶそりと見つめる。

「狡いです」

「その顔が見たかったのだから許せ」

ディークリウドは宥めるように、また抱きすくめる。

悔しく思いながらも、その声音で許せてしまうのは、これが世に言う『惚れた弱み』なのだろうか。そう自分で結論付けておいて、真っ赤になるジルフィーネだった。

またゆっくりと馬車が停まる。

「ここから少し歩くことになる」

馬車の窓から外を見ても分からない。

馬車を下りてみると、先ほどいた高級店が並ぶ地域のような洗練された建物は見当たらない。逆に、時代を感じさせる建物が多い。外壁に痛みがあったり、草が這っていたり、手つかずの土地には草木が好き勝手に住んでいたりする。

洗濯物が窓の上に掛かっているのも見えた。

生活感溢れる街並みだ。

「先ほど言った城の南の城下町よりさらに下った、いわゆる下町と言った地域だ」

「下町」

促されて、ジルフィーネは歩き出すが、下町とディークリウドが結び付かない。

 二人で歩を進めていると、カンカン……と何かを打ち鳴らすような音とともに、男の子たちのはしゃいだ声が聞こえた。声は一つところに留まることなく、あちらこちらで聞こえ、どうやら駆け回って遊んでいるようだった。

 ところが、それが不意に止んだ。

 ジルフィーネは自分が原因だろうと察した。

 ペイルゼンでもよく子供と遊んでいたから、彼らの行動は読める。先回りするつもりだろうと、考えていたが、子供たちは一向に姿を見せなかった。

 さらに進むと、今度は大人たちの賑やかな声が聞こえた。テントが軒を連ねるように、自慢の品々を並べていた。

「ここでは自分たちが育てた物や作った物を直に売っているから安いし、必要な分だけ買えるから、結構、好評なんだ。城下町でも手に入らなかったりするものもある」

「詳しいんですね」

「俺の息抜きの場所だ」

ディークリウドの表情が和んでいるのに、ジルフィーネは気が付いた。

ペイルゼンで見せていた顔だ。

露店屋台に近付くと、集まっていた店の者や客たちが気付き始める。

おお、とか、ああと言う声に、ディークリウドは苦笑を零す。

「いままで通りでいいと何度言えば分かる」

「いやさ」

「だってなあ」

「俺が許すんだから、誰が文句を言う?」

「確かになあ」

「でもいいのかい。お姫さま連れて来たりして」

「元伯爵の娘というだけですから」

ジルフィーネはにこりと笑みを返す。肝っ玉母さんのような気の良い、六十歳ぐらいの女性は、髪や瞳の色は違えど、ペイルゼンでも馴染みがあって懐かしさが去来する。

「ザイールが養女にしたいと言っていたが」

「嬉しいお話ですが、不都合さえなければ、亡き父の娘でありたいと思います」

「承知した」

ディークリウドは予想通りの返事で、即座に請け負う。

「あんたが婚約なんて言うから度肝を抜いたけど」

「いいお嬢さんに出会えて良かったじゃない」

「よ。婚約おめでとう」

老若男女問わず、あちらこちら賛辞の声を向けられて、ディークリウドは照れ臭そうに礼を言う。同じようにジルフィーネも礼を言いながら、普段からは想像もつかないディークリウドの顔を楽しむ。

唐突にパンパンと弾ける音が響いて、咄嗟にジルフィーネは頭を抱えるように身を竦め、ディークリウドは大丈夫だと肩を抱き寄せる。

薄く開いた視界に中、子供たちの手に紙を丸めた物があるのに気付いた。そして自分たちの周囲に色鮮やかな細い紙が舞っている。

「向こうには無かったか? クラッカーという祝いに鳴らすというか、こうやって紙を撒き散らす物なんだが」

「お祝いだったんですね。ビックリしました」

「音が派手だからな」

「ごめんなさい」

しょげ返った声にジルフィーネは慌てた。

「お祝いしてくれたのでしょう。ありがとう」

見せてと、ジルフィーネが手を差し伸べると、子供たちがおずおずとやって来た。

ジルフィーネはスカートを膝の裏に巻き込んでしゃがみ、子供たちと視線を合わせる。

「どうなってるの?」

「紐を引くと中に詰めた物が飛び出すんだ」

年長らしい少年が説明した。

「紐って指に掛けてある、これのこと?」

ジルフィーネは正面の子供の指に掛かったままの指を指す。

「ここについてて引っ張るの」

指をさされた五歳ぐらいの少女が筒のお尻を示す。

「凄いね。お姉さん、初めてよ。ありがとう」

子供たちはやっと安心して笑顔を零した。

「驚いてたから出来なかったの。だから、私のあげる」

別の少女がまごまごとした仕草で差し出されたクラッカーを、ジルフィーネはありがたく貰う。

「鳴らしてみたらどうだ」

ディークリウド言われて、ジルフィーネは少女に窺うと頷いてくれたので、やり方を聞く。少女が構え方と紐の引き方を教える。

「ぶつかると痛いから、周りに気を付けてね」

と言う言葉は、大人たちから口を酸っぱくして言われているこちだろうと思うと、ジルフィーネは頬を緩ませた。

「じゃあ引いてみるからね。怖かったら耳塞いでてね」

「大丈夫だよ」

「慣れてるもん」

ジルフィーネは苦笑しつつ、顔をしかめて、紐を引く。

ん?

「強く引かないと抜けない仕組みなんだ」

「じゃあ、もう一回」

ディークリウドに言われて、ジルフィーネは今度は力一杯引いてみた。

手元で盛大に音を立てて、紙のリボンが宙に舞う。

「綺麗」

「気に入った?」

「気に入った」

ジルフィーネはクラッカーをくれた少女の頭を撫でる。

やはり子供はいいなと、心を和ませる。

「誓いのチューは?」

舌ったらずな言葉に空気がしんと静まる。

「すみません。この子ってば、婚約の話を昨日したら、その婚約っていうのは結婚を決めることだって話したら、結婚したら」

「絵本で王子さまとお姫さまがチューってするでしょ。それ思い出したんじゃないか」

母親と妹らしい少女が真っ赤になって説明した。

「それは結婚式のときにするんだぞ」

「今はまだお約束だけなんだよ」

まだ母親に抱っこされる年頃の幼児に、そんなに変わらない年の子供たちが寄って来てお兄さんお姉さんぶって説明する。

ふっと引き立たされてみれば、今度は目の前にディークリウドが跪いて、左手を握りるので、ジルフィーネは真っ赤になってあたふたする。

「私と結婚してくれ」

ディークリウドは左手の指輪に唇を落とす。

はいと、小さく答えると、周囲からやんやの喝采が沸き起こって、ジルフィーネは居たたまれなくなる。

ディークリウドは平然と立って、『誓いのチュー』発言をした幼児の頭を撫でる。

「これで許せ」

「おめでとうございます!」

ディークリウドが青筋をこめかみに見やれば、見知った顔ぶれが揃って騎士の礼をした。ディークリウドと同じく、白シャツに色や形はそれぞれ異なるがラフなスーツとスラックスという出で立ちながら、腰には長剣を携えている。

「いい仕事したよなあ」

「将来大物間違いなしだあな」

男たちが幼児を褒めそやす。

余計なことを言わなければいいのにと、集っていた下町の者は子供も例外なく思うのだった。

案の定。

ディークリウドの体から暗い影が沸き立つのを誰もが目にした。

「てめえら。なにしてやがる」

地を轟かせる声音に、男たちの顔からさーっと音を立てて血が引いて行く。

「息抜きですよ」

「ほお、こんな真昼間からか」

ゆっくりと近づいて来る魔王と化した皇帝に、男たちは揃いも揃って同僚を盾にしようとする。それがまた火に油を注いだともしらず。

「情報源はいったい何処の誰だ?」

ディークリウドは優しい声音は地獄の沙汰に等しい。

「だから、息抜きですって」

「たまたま出会しただけですって」

「ほら、ジルフィーネさまが驚いてらっしゃるじゃないですか」

「誤魔化すな」

「誤魔化してないです」

「情けない声を出すな」

ディークリウドはあまりの部下の態度に呆れて、怒る気も失せた。

「これからは国外にも出て、我が国の顔になるのだぞ。明日から早急に所作の指導だな」

「所作」

「剣の訓練じゃなくて」

「言葉遣いもだな。今までは後続部隊だったが、これからはおまえらが表舞台に立つのだからな。みっちりしごかれろ」

ディークリウドはニヤリと不敵に笑んで見せる。

「まじっすか」

「貴族の端くれだろうが」

「端くれだから騎士なんですよ」

「手解きが足らんと」

両手の指をぼきぼきと鳴らすディークリウドの前で、部下たちが泣きそうな顔で懺悔を続けている。

「しょうがないねえ」

一人取り残されてしまったジルフィーネを、露店の主人たちがいつの間にか椅子を通りに出して、その一つに誘った。

「驚いたかい」

「驚くでしょうよ、ねえ」

ジルフィーネの左右には大人たちが集まって、ディークリウドたちの姿を眺めながら言う。

「驚くというのは」

「昨日帝都付いたばかりで、下町にいきなり案内されたら、驚かないわけはないでしょう」

「でも、私は元々辺境領地で長閑なところに住んでいたので。よく町に出掛けていたので、懐かしいです。陛下も知っていて、連れて来てくださったと思います」

「そうなのかい」

「いやね。言葉は悪いが馴染んでるなとは思ったのさ」

「陛下もよくこちらに?」

ジルフィーネが町の者と話をしているのを見て、部下を捨ててやって来るディークリウドに訊いてみる。

「長い付き合いさね」

「僕らよりちょっと上の年だったんだよな」

クラッカーで祝ってくれた少年が目をキラキラさせて首を突っ込んだ。

「十年になるんでしょ」

「その頃はまだ殿下だって知らなかったんだって」

少年が口を挟んだのを皮切りに、得意そうに子供たちがジルフィーネに説明した。

「そんな身分のある坊ちゃんがここに住み着くだなんて思わなかったからねえ」

「ここで寝泊まりしてたんですか」

ディークリウドの昔話が始まったとあって、騎士たちも話の輪に加わっていた。

「息抜きにな」

誰の目もその言葉通りには受け取ってはいなかった。

「もしかして、後継者にって言われ始めた頃ですかね」

「……」

煩そうに見つめる顔が肯定していた。

「俺たちは最初、傭兵かと思ってたんだ」

町の男が懐かしそうにディークリウドに目を向けた。

「あの当時はまだここも荒んでてね。兵士に雇って貰いたいって言う連中がいろんなところから集まって来てたのさ」

「夜も昼もなく、酒を飲んじゃ、反りが合わないだなんだな」

「喧嘩になり、建物は壊れるし、町は汚れるし、目も当てられなかったんだよ」

町の者はオブラートに包んで当時の姿を語る。

「そんなとき、ディークが現れてな。酒に呑まれた連中を毎日のようにやっつけてくれたお陰で、町もきれいになって、安心して暮らせるようになった」

「それでひょっこり姿を消したと思ったら、町に警備隊が常駐するってんで驚いたもんさ」

「ここら辺は随分放っておかれたからねえ」

「殿……陛下の管轄になったってのは、そういう経緯があったからなんですか」

「誰も手を付けたがらなかったからな。どうせ仕事をするんだったら、俺にはこっちの方が合っている」

ジルフィーネにはこの話はこれで終いだと断言したように聞こえた。

町の者も話題を転換する。

「それにしても、相変わらず仕事が早いね」

「あの公爵家を断絶しちまってだいじょうぶ」

女性の言葉がしりすぼみになる。

「あれは俺じゃなく、父上どの自身がやったことだ」

「そうなんだ。正式なおふれをちゃんとみることにするよ」

「明日にでも連中にちゃんと知らせておく」

ディークリウドはなんでもない顔で肩をすくめて見せる。




またまた予期せぬ邪魔が……。

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