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私が命賭けて守ります 2  作者: いざりり
第四章
4/12

※〜※の間を直しましたが、衣装屋の店名とオーナーの名が加わったぐらいです。

2015.7.9


☆〜☆の間は表現を変更したのみで、流れに影響はありません。また、高級店エリアを城の北側に修正しました。

2015.7.10






「何故、おまえがいる」

ディークリウドは馬車の中にちょこんと鎮座まします少女に、苦虫を噛み潰した顔を向ける。

「お約束でしょう。凱旋帰国したら、お買い物に付き合ってくれるっていうのは」

澄ました顔で、末の妹は当然の主張を口にした。ツンと怒りながらも、甘えているのがだだ漏れな表情が可愛らしい。細かい花柄を全体に散らしたワンピースと、一つにまとめた三つ編みの髪にも花柄の髪飾りがそんな彼女の雰囲気によく似合っていた。

「初めまして、ジルフィーネと申します」

ジルフィーネが裾を摘んで丁寧に挨拶をしたので、少女も慌てて馬車の中でお辞儀をする。

「末の妹でアルビオーネです。想像以上に素敵な義姉さまで嬉しいですわ。よくこのような偏屈な兄のもとに来てくださいました」

「俺が偏屈だと言うなら、馬車から下りろ」

「横暴、というのもありましたわ」

ディークリウドは思いっきり頬をひくつかせて見せる。こちらもわざとというのが見え見えだ。

「お時間がありませんわよ、兄上。今日は私が目一杯、張り切ってご案内致しますわ」

ディークリウドは馬車に一歩踏み込んで、アルビオーネの腕を掴むや問答無用で引き寄せ、扉に頭がぶつからないよう、そこはしっかりガードして、足の裏を抱えて、馬車の外に一挙動で下ろす。手馴れたものだ。

「ワルト。捕まえておけ。皇帝命令だ」

「御衣」

御者が畏まって、皇妹という身分の娘の腕をしっかりと預かる。

「楽しみにしていたのにー」

「俺は次にいつ時間が取れるか分からん」

言い諭すと、アルビオーネはしゅんと大人しく従っていた。

ジルフィーネが間を取り持とうとするが、否を言わせない顔で手を差し伸べられたので、アルビオーネに申し訳ないとお辞儀して、大人しく馬車に乗り込む。

ディークリウドもアルビオーネの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、ジルフィーネの向かい側に座ると扉を閉めた。

ジルフィーネが窓越しに手を振ると、アルビオーネは嬉しそうに手を振り返した。

「驚かせてすまない。甘やかせて育ったせいか、誰彼構わず、我儘を通すので困る。もう十六にあるのだが」

と言うディークリウドが兄の顔を見せるので、ジルフィーネは笑みを浮かべる。

「ご一緒するぐらい構わないのでは」

するとディークリウドは憮然として、動き出した馬車の中、天井に手をついて腰を浮かせた。

ジルフィーネは場所を開けてくれと言われ、いそいそと腰をずらす。

「昨日の今日なのだ。このぐらい気を利かせて欲しいもの」

ディークリウドはジルフィーネの隣に座り、膝の上に置かれた左手を、右手の下からわざわざ引き出して、掌を合わせるように握り込まれる。

ちらりと隣を窺えば、楽しげな目にぶつかっただけで頬が熱くなり、焦って目を膝に落とす。

昨日からまともに顔を合わせられないジルフィーネだった。

昨夜の夕食もディークリウドは一緒に過ごしてくれた。

旅先で必要にな最低限度の物しかジルフィーネの荷物はないと見透かされていて、今日のうちならまだ余裕があるからと、買い物に出掛けようと誘ってくれたのだった。その申し出はありがたく、嬉しいものだったが、やはりここは遠慮しておくべきだろうと、ジルフィーネはメリスリッテに頼むからと断ると。

「二人で出掛けられる機会はそうそうない。街を最初に案内する役は自分がしたいのだが、嫌だろうか」

否を言えないような言葉を使って、悪戯っぽく向けられる眼差しを思い出してしまったジルフィーネは、さらに熱に浮かされたように心の中で悶絶するのだった。






「昨日入った城門がこちら側にある」

ディークリウドが自分の方の窓を指差した。

確かに昨日見た景色が広がっていた。

「『覇者の門』とも言われていてな。総大将がここから軍を出動させる。その向かい側に軍のための施設があって、そこから後続部隊が続く」

ジルフィーネは自分の方の窓から外を窺った。

四方を囲う塀は城壁ほど高くはなく、軍隊が隊列を成して出入り出来るぐらいの幅広い門は、城門に匹敵するぐらいに頑丈な造りに見えた。







「中には訓練兵や現役兵の寮があったり、武器庫があったり、本部の施設がある。総大将だった兄もそこに詰める時もあるし、私の執務室もある」

昨夜はウルストゥール伯爵を拘束し連行する部隊が出発したこと、帝都の館にいる家人は早々に謹慎させたこと、弟のマハルディーンの指揮で伯爵領に向けて物資の支援や調査団を派遣するために動き出していることなども聞いた。

塀の向こうではその準備が行われているのだろう。

「領地で宿に泊まったご主人たちと約束したのです。きっと陛下が手を打ってくださると。このように早く叶って嬉しいです」

「貴女が率先して宿屋で話を聞いてくれたと聞いた。これは貴女の功績だ」

「とんでもありませんわ」

ジルフィーネはディークリウドに体を向けて否定する。

「貴女が私を信じてくれたことが嬉しい」

愛しそうに見つめられて、ジルフィーネは逃げるように体を戻そうとするのを、男の空いた方の手が止める。止めるだけでなく、ぐいと引き寄せられて抱き締められる。

ディークリウドの唇が素肌に触れ、ジルフィーネはびくりと震えた。

「怖いか?」

「ち、違います。恥ずかしい……だけです」

普段着の中から、お忍びで街を歩くのにちょうどいい、こちらでは定番のものと出されたのは、どれもスクエアタイプの襟で肩のラインギリギリまで大きくデコルテを見せるタイプのものだった。袖も肘までしかなく、裾も踝まで掛かるものは少ない。

タリスクでは襟は首を多い、袖は長袖、裾も踝を隠すほどの長さが一般的だ。

それを考えれば、アリューシャから服を借りられたのは不幸中の幸とも言えたが、デコルテを人目に晒したことすらないジルフィーネにとっては、その素肌に触れられるのは見られるより以上に恥ずかしいことだった。

「タリスクではこのように肩まで開けた服は着ないので」

「そうか。すまん」

ディークリウドが慌てたように体を離した。

「い、いえ。慣れないだけですので……陛下?」

難しい顔で眉までしかめるディークリウドを、ジルフィーネは不安になって覗き見る。

「すぐに慣れますわ」

「そういう問題ではないだろう」

「そういう問題です。私はこの国の人間になったのですから。それにこの国の皇妃になるのですから」

「貴女には多くのことを強いる」

「当然ですわ。異国の人間なのですから」

「ここには何一つ、貴女の馴染んだものなどない」

「これから馴染んでいきますわ」

「些細なことでもいい。私を頼ってくれ」

ディークリウドは再びジルフィーネを抱き締める。

「はい、陛下」

「違う」

何故か憮然とした声が降って来た。

「ここいるのは皇帝ではない」

「ディークリウドさま」

「……リウドだ」

「え」

「貴女はリウドと呼んでくれ」

「でも、親しい方は」

「だからだ」

ジルフィーネは目をパチクリする。

「リウドさまとお呼びしても通じないかもしれませんわ」

「通じる間柄のみの場所だけでいい」

ジルフィーネはその場所を考えるが、考えるまでもなかった。いま、思いついた呼び名であれば、通用するのはこの場にいる者だけということだ。後々、広まるかもしれないが、いやそれは恥ずかし過ぎる。言い広めるのは誰でもない。自分しかいないのだから。

「返事は」

「はい」

「……」

なんの反応も返って来ないということは。

「リウドさま」

そう呼んでみると、首筋に柔らかいものが触れて、ひゃっと思わず悲鳴をあげる。

「すまん。許せ、つい」

ディークリウドは悪びれもせず、ジルフィーネの反応が良かったらしく、くつくつと楽しそうに喉の奥で笑う。

「案外、お人が悪いのですね」

ジルフィーネが唇を尖らせれば、啄むように食むられる。

ジルフィーネは悪戯だと怒って拳で叩くと、その手を包み込まれる。

抗議が効いたのが、ディークリウドが体を解放した。

「そんな顔をしないでくれ。また手を出したくなる」

ディークリウドの甘やかな吐息に、ジルフィーネの頭は爆発する。

ここにいるのは誰。

奥手で堅物と言ったのは誰だったろう。

カサルヴィオス公爵家で再会して以来、スキンシップも激しければ、囁く言葉も立派に甘い。

ジルフィーネが腰を座席に落ち着けると、待っていたようにまた左手を握られる。不思議と心は騒がず、むしろじんわりと伝わる温かさをずっと感じていたいと願うようになっていた。

「通り過ぎてしまったが、城の南側には昔ながらの城下町がそのまま残っている。昔気質の商人がこじんまりと店を続けているの見るのも楽しいかもしれない」

ディークリウドがまた街の説明を始めた。

「これから向かうのは城の北側。こちらはざっくり言えば、庶民は近付けない、まあ中流階級から上の地域だ。店も高級店ばかりで、王族、我々の御用達の店も多い。貴女がこれから関わり合うことが多くなる地域とも言えるな」

ジルフィーネの微妙な表情を見て、ディークリウドが慰めるように言を継ぐ。

「そうは言っても、貴女の場合は城に呼びつけることが多いから、こうして足を運ぶのは今日ぐらいだ。いや、メリスッテどのと買い物の予定があったな。彼女なら肩苦しいところには行かないだろうから、楽しみにしているといい」

「はい」

ジルフィーネは明るく答えて、窓の外の景色に目を向ける。

道行く人は確かに小洒落た服装が多いが。

「あまり人の姿がありませんね」

「大体は呼び付けるからな」

ジルフィーネは納得した。

「実際に来るとしても馬車が多い。貴族は必ずと言っていいほど馬車だ。だから、通りも馬車が店の前に停まっても支障がないように広くしてある」

言われてみれば、昨日城を訪れた通りはこれほど広くはなかった。

「街並みからまったく違いますね」

こちらの通り沿いには街路樹がない。馬車を店の前で停めるためだ。その代わりに、建物の出入り口付近におしゃれな鉢植えに色取り取りの花が植えられて、訪れた者の目を楽しませている。それに脇道には、ちゃんと木々が植えられているから、緑が少ないわけではなかった。

馬車が緩やかに停まった。

御者が扉を開け、ディークリウドが先に下り、ジルフィーネは差し出された手に、今まで握れられていたことを思うと恥ずかしくもあり、それを気付かれないように、そっと手を置いた。のに、ぎゅっとまた握られて、危うくジルフィーネは足を滑らせそうになった。

「お待ちしておりました」

緩やかに髪をアップにまとめた女性が、『マフラウディ』と書かれた看板の下の扉を、女性店員に左右に開かせて出迎えた。化粧が厚いところを見ると五十過ぎぐらいだろうか。フリルをふんだんに使ったドレスを纏う身は、グラマラスではあるが肉が幾分付き過ぎている。

「忍びで来たのだが」

「まあ。申し訳ございません」

オーナーであるマダム・マフラウは青くなった顔にそれでも笑顔をー浮かべて、客を店内へと誘った。そこにはまた先客がいた。

「おまえたちは揃いも揃って」

ディークリウドは再び渋面を作る。

「初めまして。妹のアリューシャです。このたびは」

「余計なことは言わなくていい」

優雅に妹が淑女の挨拶をしようとするのを、兄の低い声が容赦なく遮る。

「初めまして、ジルフィーネです。服をお借りしてまして申し訳ありません」

「それは全然構いませんし、お役に立てて良かったですわ」

「ありがとうございます」

自分の口からお詫びをしたかったジルフィーネは、早々に実現出来て胸をなで下ろす。






「遠いところをいらしたのでしょう。荷物が限られてしまうのは仕方ないですわ」

「タリスクとは衣服の習慣が違う。向こうは北にあって、気温がこちらよりも低いから、長袖に首回りまであるのが普通なのだ」

「まあ。それでは一から揃えなくてはなりませんのね」

「妹の方が城の生活に必要なものは承知しているから、任せるといい。ただし、好みのものがなければ無理してくていい」

「随分、きめ細かいことね」

アリューシャに突っ込まれて、ディークリウドは息を詰める。

ジルフィーネも何故か照れる。

「兄上は適当に待ってて頂戴」

と言って、アリューシャは気安く、ジルフィーネの腕を取って、早速店内へと足を向ける。

「実は出かける際、アルビオーネさまもご一緒したいと言われたのですが、陛下がお断りになってしまわれたのです」

「敬語は無しでいいでしょ。これからは姉妹になるのだから」

「ありがとう……」

ございますと続けそうになるのを、ジルフィーネは必死に飲み込む。

「あの子がついて来ないんだったら、あの子なりにも空気を読んだと思うの。さすがに、あの兄上に駄々はこねられないと察知したのね」

成長したものだと、暗に言いながら、アリューシャは微笑んだ。

「仲がいいの……ね」

「私たちが構わないと。この店も私たちが無理矢理連れて来てるの。将来のお相手になる方に、ちょっとでも女性好みの店を知っておかないと、ね」

アリューシャが黒い笑みを浮かべた。

「それを私たちのおねだりに付き合ってるとばっかり思っているのだから呆れちゃうわ」

「アリューシャさまは」

「さまも無しよ」

「え……と、アリューシャさん?」

手厳しく注意されて、ジルフィーネはこれ以上は妥協出来ないと言外に言うと、アリューシャも譲歩してくれて、また話を戻す。

「私、陛下のお年を知らないの……だったわ」

「え」

「そういう話は私の立場的にも、そういう間柄でもなかったので」

「兄上からプロポーズしたのよね」

「はい」

ジルフィーネはそこから話がこれに及ぶとは思わず、今後下手にディークリウドに関する話題は自分から振らないよう気を付けなくてはと、密かに肝に銘じるのだった。

「それより」

「ちゃんと好きだって、あの人言った?」

これは大事だとばかりに、アリューシャは真剣な眼差しで確認する。

妹にまでここまで言わしめるディークリウドとはいったい、今までどのような人物だったのだろう。まるで別人の話を聞いているとしか、ジルフィーネには思えなかった。



「素敵!」

二階の小部屋で、早速気に入った服を試着しているところだった。

外出着用が二着と城での普段着用が三着の計五着をすべて着て、いちいち部屋の外で待つディークリウドに見せるのは、恥ずかしくてならなかった。

ディークリウドに疲れないか、時間は大丈夫かと聞けば。

「今日は一日空けてある。気にしなくていい」

と返されてしまった。

「服はそのままで、髪を直して差し上げてください」

「畏まりました」

「アリューシャさん……?」

「せっかくジルフィーネさまに似合う服を見付けたのだから、いつまでもサイズの合わない私の服よりいいじゃない」

ねえ、と妹に同意を求められて、ディークリウドはジルフィーネと同じく戸惑った顔ながら頷いた。

アリューシャ鶴の一声で、ジルフィーネは店員にドレッサーの前に座らされる。

「綺麗な銀色ですね」

早速、櫛を通した店員の一人が、サラサラな髪を掬ってはうっとりと呟く。

「あちらの国は皆さま、銀色をなさっているのですか」

着替えを手伝った他の店員たちも、城に届けるために衣装箱を運び込みながら訊いた。

「ええ。ただこちらの国と同じように多少色味が違ったりしますわ。それに私のいたペイルゼンに近い、ウルストゥール領の人の中には銀色の髪を持つ人もいたわ」

「まあ、そうだったんですか」

「ウォンバルトは広いですよね。こちらに来るまでに一週間……ぐらい……掛かったわ」

「そんなにですか」

「ええ。タリスクの王都にはその半分で行けてしまうわ」

「そうなんですね。国の大きさは頭に入っておりますが、実際に距離にしてどの程度とか、何日掛かるというように、詳しくは聞いたことがなかったものですから」

「こちらの国は色々な国が併合されているから、それぞれの国の違いがあって楽しいのではない?」

「そういえば、そうねえ」

三人が三人ともに不思議そうに首を傾げる様子を、ジルフィーネも不思議そうに見つめた。

店員が器用に城を出るときにセシルが結わえた通りに、編み込みをしてリボンの髪飾りで整えて、ジルフィーネを送り出した。

「食事に行きましょう」

「この後は用事がある」

「あら、一日用事は無いって言ってなかった?」

ジルフィーネの腕に抱きついたまま、アリューシャはじとりと意味有りげに兄を見上げる。

そう口にすれば思った通り。

「よろしければ、私は」

「行こう」

「用事がおありでは」

「妹には関係のない用事と言ったのだ」

憮然と宣うディークリウドを、ジルフィーネは小首を傾げて見る。

「買い物は私に任せるんじゃなかったの?」

「終わったんじゃないのか」

「なにを言ってるの。まだまだ足りないわよ」

「当座必要な分だけで、後は城に呼ぶつもりだ」

「靴のサイズがなかったのよ。一番困るでしょ」

「了解した」

靴がなくては始まらない。

ディークリウドは両手を挙げて降参した。

交渉がうまく行って、兄の気が変わらないうちにと、アリューシャはジルフィーネの手を引いて、店を出た。

「店は何処だ」

「歩いてすぐよ」

「アルビオーネには言うなよ」

「私、スイーツのお店も紹介したいの」

「そこまでの余裕はない。俺がいないときに誘っていけばいい。アルビオーネも一緒ならいいだろう」

「いきなり、姉妹と一緒では、お義理姉さんが大変よ」

「私なら平気よ。誘って貰えるなら何処へでもお供するわ。きっと、殿方の方が疲れてしまうのでしょうから。……でも、アルビオーネさんは、陛下と出掛けるのが楽しみだったのよね」

「あの子の目的も私と同じよ。こうしてお義理姉さんとお近づきになりたかったの」

ジルフィーネ腕を離さない妹を、ディークリウドは後ろから険しい顔で睨みつけている。

あの手を取るのは自分だったはずなのだ。

ジルフィーネ柔らかい笑顔を見れるなら仕方がないかと諦めている。

アリューシャは検討違いをしている。ジルフィーネがいま一番気を使うのは誰でもない自分なのだ。昨日プロポーズしてから、なかなか目を合わせてくれない。

目が合えば、焦って俯く顔は、真っ赤で恥ずかしいと全身で訴えて来る姿は、それはそれで、いままでにない、自分を異性として意識している表れとあれば嬉しい限りで、文句はない。

ときには、力を抜いて欲しいとも思うのだ。

目の前の自然な笑顔が見たい。

照らないなく、顔を見合わせて話したい。

それがいま叶うのは、悲しいかな、第三者を交えたときぐらいだろう。

昨日今日でそれを求めるのは難しいことはディークリウドも分かっている。

そう望みながら、しばらくは照れていて欲しいとも思うのだから、自分に対して呆れる。

アリューシャが突然振り返って、足を止めた。

「あそこなんだけど、構わない?」

何度も妹たちに強請られて足を運んでいる、いまは貴族の中で人気の高い料理店の一つだ。それを確かめたのは、妹なりにジルフィーネとデートする姿を見せても大丈夫な店なのか、気を遣ってくれたのだと分かる。先ほどの店で、店長が迎えに来たのをディークリウドが拒んだことを見ての判断だろう。

「夫人として、気を遣えるようになったじゃないか」

「また、それを言う!」

アリューシャは肩を怒らせると、ジルフィーネに訴えそうになるので、ディークリウドはここぞとばかり、婚約者の空いている方の手を掴んで、自分の腕に掛けさせる。

店は舞踏会のホールに匹敵するぐらいの広さがあり、視線を遮るための木製のパーテーションが乱立する中に、四人席のテーブルがゆったりと配置されていた。

黒い燕尾服のスーツに身を包んだ若い男性が五人ほど入り口で待機し、客を空いている席まで誘導する。

店員が執事並みの所作で、アリューシャの椅子を引いた。

ジルフィーネはもちろんディークリウドが当然のように椅子を引いてくれたので、緊張しながら席に着いた。

周囲のざわつきが大きくなる。

やっぱりと言った声が微かに耳に届いた。

パーテーションは全方向を遮っているわけではないので、見えるテーブルの客たちがそわそわとした視線を向けている。

それでも密やかにしてくれるのはこの店のルールらしい。

他のテーベルには干渉しない。

それがこの店の人気の所以だという。

もちろん味も美味しいのよと、アリューシャがニコリと微笑む。

メニューはどうしようかと迷って、ジルフィーネは彼らのオススメをお願いした。

するとディークリウドがジルフィーネの手元のメニューのコースを説明して、料理の数と、メインの魚か肉かを選択させて決めた。

手慣れた説明に、ジルフィーネは感心する。なかなか結婚の決まらないジルフィーネを、長兄が主に王都の晩餐会に連れ出してくれるのだが、滞在している間はお昼は必ず外で食事をさせてくれて、メニューも見方も教えてくれて、最新の流行りもついでに教えてくれたことを思い出す。

アリューシャの決めたコースを聞いて、店員を呼んで、オーダーする姿も兄に似ている。

ちなみに次兄は放ったらかしだ。

兄がいれば、兄に任せるような天邪鬼だった。長兄を立てようとしたわけではないのは、家族中が知っている。

使用人たちは違うのは見栄っ張りな性格でもあったからだ。

二人の兄を思い出しても、寂しくならないのは、ディークリウドのお陰だと、ジルフィーネは感謝するのだった。

「あ、そうだったわ。兄上。何歳になられたんだったかしら」

「おまえは兄の歳ぐらい」

怒るディークリウドに、アリューシャが視線をジルフィーネに向ける。

ジルフィーネは真っ赤な顔で、また視線を落としていた。

「今年で二十七だ」

「二十代の皇帝って凄いわね」

アリューシャは目を丸くした。

「仕様がない。手を打たなければならなかったからな」

「マハル兄上が動いている例の件?」

「おまえたちは何処から情報を拾って来る」

「教えるわけないじゃない」

それよりと、アリューシャはさっさと話題を変える。

「婚約者マハル兄上出なくていいの?」

「ああ」

「可哀想に。忘れてたの? 泣くわよ」

「泣くか」

と返答しつつ、ディークリウドは店員を呼びつけ、持って来させた便箋に認めると、それを城に届けさせた。

料理が運ばれて来た。

ディークリウドがステーキで、ジルフィーネとアリューシャが魚と魚介類のソテーをメインに、野菜とスープが付いている。

「アリュ。ダンス用の靴も見てやってくれ」

「一週間ででなんて無茶を言うわ」

「俺も同じだっての忘れてないよな。彼女の方がマシだと思うがな」

「兄上がお義理姉さま足を踏んだりしたら、笑い事じゃないわよ」

「明日からみっちりしごかれるさ」

ディークリウドはお気楽な顔で言ってのける。

食事を終えるとアリューシャはジルフィーネを伴って、お店のトイレに向かった。

「割って入っちゃってごめんなさい」

突然謝るアリューシャに、面食らったようにジルフィーネは目を瞬いた。

「アリューシャさんが居てくださって、陛下のお兄さんらしいお顔が見れて楽しかったですわよ」

「なんだか、二人だけで話して終わっちゃったかなって」

「それを見て楽しんでいたので、お気になさらないでください。砕けた陛下は初めて見るので」

「うん。そうね。私も夫が兄弟と話している姿は好きだわ」

アリューシャとジルフィーネはほんわかと微笑み合うのだった。










シスターズが邪魔に入って来ちゃいまして、予定と話が変わりました。ディークリウドのデートプラン、どうなってしまうのか。お兄ちゃんガンバレ。

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