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私が命賭けて守ります 2  作者: いざりり
第四章
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「ここにいたのか」

カルヴァンの執務室にノックも無しに入ると、一人の男が騎士に負けず背筋をピンと伸ばした姿勢で立っていた。高い身長の上痩せているのでひょろりとして、一見頼りなさそうに見えるが、宰相に選ばれるだけあって、ランジャール侯爵ランジードは顔色ひとつ変えずに淡々と言った。

「私の処罰はいかように」

「父が生きているとは思わないのか」

「簡単に譲られる方ではありませんから」

皇帝が直に下した罰を破るのは、すなわち謀反の意があると自ら表明しているようなものだ。それ以前にもすでに皇帝の指示を無視しているのだから、城に戻ればどのような罰が待ち受けているかも、ディークリウドなら分かるはずだ。それを回避する手立ては一つしかないことも。

その座をカルヴァンが譲るつもりがなかったのだから、両者が対峙したときになにが起こり結果どうなるかは誰の目にも明らかだ。

多くは語らないランシードを、ディークリウドは窓を横手に見て配置されている机に、無作法にも寄り掛かるようにして腕を組んで探るように見つめる。

「父が謁見の間に行くまでここに?」

「はい」

「こうなることは予期していなかったか」

「はい」

表情の読めない相手に、曖昧な質問を投じた自分をディークリウドは呪った。

だが、謀反を起こそうとしたことであっても、自分が玉座を手に入れたことであっても、この男は同じ返事をしただけだろうと思い至れば、どう問い掛けても意味のないことだったと自嘲する。

「宰相ならば皇帝が倒れるのを憂慮すべきところではないか」

ディークリウドは自分が謀反を起こすことをランシードが予期していたとして話を進めることにした。

「前陛下のご指示により待機しておりました」

なに食わぬ顔で、答えになっていない答えを口にするランシードを、ディークリウドは面白く思いながら訊いてみた。

「父は私が来た……いや、私が謹慎中にも関わらず城を抜け出したこと、なんと聞いた?」

「いえ、なにも」

「父に忠誠を誓って宰相の座を辞退するか。引き続き私の元で忠誠を誓うか」

「矛盾したお話でございますな」

「どこに矛盾がある」

ディークリウドは片眉を上げてみせる。

「先ほど陛下は、皇帝の御代を守るのが宰相の勤めと仰せになられました。前陛下の御代をお守り出来なかった私は、宰相の職には相応しいとは存じません」

「私は一言も我が元で宰相としてとは言ってはいない。ただ、私にも忠誠を誓えるかと聞いた」

「失礼致しました。陛下に忠誠を誓います」

ランジードは胸に手を当て、きっちり九十度に腰を折った。

「では、改めて宰相職就いて貰おう」

「……」

ランシードは一瞬狐につままれたように目を瞬いたが、ディークリウドの悪戯っぽい笑みを見て、御意ともう一度腰を折った。

「では、早速だが、すべての大臣を更迭する旨の文書の作成、及び、大臣任命書の作成も急げ。新しい大臣の名は私が直に書く。それまでの間、事務次官を大臣代理として、急ぎの用件のサインをすることを許可する」

「他に急ぎの件はございませんか」

「即位式と同時に婚約式も行う」

「ご婚約おめでとうございます」

形ばかりの口調に、ディークリウドは少しばかりこめかみを引きつらせる。喜んで貰いたいとは思わないが、ランシードが口にするとこちらの気分が急降下するのだ。嫌味にも、不吉にも聞こえるわけでもないのだが、不思議だ。

祝いことにはこの男は向かわせられないな。

だが、罰を言い渡すにはもってこいだな。

ディークリウドは勝手に決め付けた。

「相手は聞かないのか」

「聞くまでもありませんでしょう」

予想通りの反応に、ディークリウドは顔を背けてくつと喉を鳴らした。

そんな相手の様子に構わず、ランシードは常に持参しているのだろう左手に抱えた、薄いノートを、さっと開き、ペンを走らせる。

ディークリウドはさっと表情を改める。

「一週間後を目処に準備を」

「出席者ついてだが、来られる貴族のみを招集するように。欠席しても構わん。大事なのは結婚式とその直後に戴冠式だからな。前者は形ばかりでいい。その分後者に力を入れるように。ただし、華美にしろと言うわけではない。規模は大きいが費用は多く割くつもりはない。理由は分かっているだろうな」

「ウルストゥール領ですね」

ディークリウドは微妙に口元を歪めたが、なにも言わず次の指示を発する。

「ウィンストール伯爵領についてだが、ヌンフェルトに伯爵一家の連行を指示してある。現在出立の準備を整えているところと思うが、それと同時に、奴がこちらに上げた領地に関する報告書と事実に違いがないか調査団を組め。それと隠し財産がないかも、向こうとこちらの館両方を調査しろ。調査の間は家人共ども使用人も留め置くように。指示は追って出す」

「心得ました」

「次にカサルヴィオス公爵についてだが、先ほど謁見の間で父の暗殺を企て、父の手の者に殺害。また父により、マリルーエ第一妃については、私への暗殺未遂等の罪を問い処罰された。二人の遺体はメルヴィスによって、帝都の館へ移し、家人は監禁。カサルヴィオス公爵領へも兵を出し、エディックの家族を拘束次第こちらの帝都館へ連行し謹慎させる運びとなっている。その後の公爵領は我が直轄とする」

「ユンフェスの一部に含むと言うことですね」

「そうだ。エディックの血族についても、その使用人の今後についても、いまは保留とする。領地の合併についての手続きは任せる」

「御意」

「カサルヴィオス公爵家の資産はすべて没収として、その任をメルヴィスに一任してある。だが急ぎのため、その財産の一部はウルストゥール領へ送る物資を買い占めるために回している。承知しておいてくれ。後にきっちり国庫から清算する」

「承知致しました」

「ウィンストール領に支援する物資だが、マハルディーンに帝都に滞在中の隊商の荷から調達するように指示を出してある。準備が整い次第、ガウリークの騎士団に護衛させて出発させる予定だ」

そこで、ディークリウドは漏れがあることに気付いた。

「ウィンストールでは言語も以前のハルスベルグのままだ。通貨も変更されることはなく、残っているかは分からん。調査団に加え、言語の教師も必要だ。それから奴の蓄えた私財、隠し財産全てを領民に均等に行き渡るよう手配を」

「承知致しました」

漏れがないか、ディークリウドは今一度頭の中で確認して、あっとなった。

「メルヴィス他、タリスク進軍に当たって投獄された将軍は無罪放免だ。必要なら書類を作成しろ」

「御意」

「漏れがあったら、いつでもいい、確認に来い」

ランシードはノートを閉じると再び左手に抱え、部屋を辞した。

ディークリウドは父が先ほどまで使っていた椅子や机周りに目をやる。

いったい何を思ってここに座っていたのだろう。ディークリウドにとって、カルヴァンは父であって父でなかった。物心ついた時から、カルヴァンは皇帝という立場でしか接しなかった。

父に学ぶことはなかった。父とは成人して、執務室を与えられ、皇子の役割を担わされるようになってから、まともに話すようになった。といっても、そこに親子としての会話はまったく存在しなかった。

メルヴィスにしても同じだ。

さすがに妃に対しては男だったのだろうと思っていたが、それも怪しいと疑わしくなったのは、先ほどのマリエールに対しての態度だ。

父は一人の人間としてあったことがあるのか。

いつ個人を殺したのか。

皇帝として立った時からか。

自分はどうなるだろう。

ディークリウドは天井を仰ぐ。

ジルフィーネと家族を大切にしたいと思う。国を豊かにしたいと思う。その両立は難しいものだろうか。それでも、両方を手にするために玉座を奪い取ったのだから、根性でやり通すのが務めだろうと、ディークリウドは心を固める。

父の執務室を出て、まずは母に報告を済ませる。

それから皇子としての執務室に戻ると、扉の外に騎士が数十人ほど集まっていた。

「陛下」

ディークリウドに気付いた騎士の声で、部屋からさらに飛び出して来た。

「そんなに呼んだ覚えはないぞ」

「人手がいるんでしょう」

「十人でいいと言伝たはずだが」

ヌンフェルトが騎兵隊を組織するついでに、自分の直属の騎士にも声を掛けて貰うよう頼んであった。

「俺たちにもなにかさせてくださいよ」

むさい男連中の目を輝かせて請う姿に、自然ディークリウドは一歩退く。うざい。

「隊長前」

九人の男がディークリウドの前に進み出る。隊長と言っても騎士服になにか特徴があるわけではない。騎士団の中にさらに隊を作っているのは、ディークリウドぐらいのものである。それは占領地を抑えておく、もしくは統治するという任務上、街を占拠、修復、怪我人の治療、食材などの補給などなど多岐に渡って人員を割り振らなければならない特殊性があるのだ。

その中でラルフラング隊は、強奪や盗賊団などが現れた場合に備えた部隊でもあった。この場合、防衛ではなく、拘束する方で、アジトを探し、捕獲するのが役目となる。そういったことから、建物をよじ登ったり、飛び移ったりの訓練があるわけだった。

「おまえたちがいて、何故こうなる」

「しょうがないですよ」

「側で、出陣の支度をされちゃあ、血が騒ぐってもんですから」

ディークリウドは頬をヒクつかせる。ペイルゼンから帰って来て、半月も経っていない。

「言っておくが、俺は戦争をするつもりはさらさら」

「承知してますよ」

ヴェルリオが両手を挙げて、お小言を止める。

「ただ、ウルストゥールに行くって話聞いちゃあ、黙っていられないでしょう」

「なにがあったかは聞いてます」

「出来れば俺たちが行きたかったところですが、そうはいかないのは承知してますし」

「分かった」

ディークリウドは頭痛のする額に手を当てて、ちょうど良い仕事を与える。

「帝都にあるウルストゥール伯爵家を抑えて来い。ただし、家人は謹慎。使用人たちは待機。今後の身の振り方はこちらで考える旨伝えて待機するように。後日、ヌンフェルトが伯爵領から家人を連行して来る。伯爵以外はそちらの館で監禁させる。どの部隊でも構いが、一部隊で十分だからな」

最後の一言は殊更に強調するディークリウドだった。

「御意」

隊長だけでなく、集まった全員が踵を鳴らして、胸に手を当てる。当ててから、合わないと感じたらしく、戸惑った表情をそれぞれに浮かべているのを見て、ディークリウドはくっと吹き出す。

「いつも通りでいい」

と言うと、照れ臭そうな笑みが溢れた。

「そのラルフラングたちはどうしたんですか?」

「別行動だ。そのうち、ペイルゼン領主を警護して戻って来るはずだ」

ディークリウドはついでに報告する。

「ラルフラング隊には今後、ジルフィーネどどの近衛騎士団として働いて貰うことになる」

「近衛……」

「てことは」

「そういうことだ」

「おめでとうございます!」

歓喜の声が廊下に轟く。ガッツポーズしたり手を叩き合ったり、心底喜び合っている。

「それでどうやって落としたんですか」

「結婚式はいつ」

「即位式と婚約式は一週間後、結婚式と戴冠式はこれから調整する」

「楽しみだなあ」

「忙しくなりますね」

「おまえたちには仕事はないからな」

ディークリウドは釘をさしておく。

「デートとか考えてますか」

「女性の好きな場所とか、俺たちの方が断然詳しいですよ」

「で、ちゃんと好きだって告白したんでしょうね」

「貴様ら。俺をなんだと思っていやがる」

ディークリウドが怒りの炎を吹き上げると、騎士たちは悲鳴を上げて、脱兎のごとく逃げて行く。

「おい、待て! 仕事しに来たんだろうが、全員で逃げるな!」

すぐ側にいたエリュントの襟首を引っ掴む。

「おまえらの部隊で、俺の部屋から机一式書類その他、サクッと奥の部屋から運んで来い。運ぶ者は妹が承知している。すぐにやれ」

「は、はい」

エリュントは顔を強張らせて、配下を呼びに駆け出す。

ディークリウドはそれを楽しげに見送った。










2015,09,17 続きを書くにあたって気が付いた部分の加筆訂正しましたが、話に影響はありませんm(_ _)m


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