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鴛鴦の契り  作者: 笹川 歌
一章 愛縁奇縁
14/47

二人の

 次の日の朝になって、稜迦はカガイと二人で囲炉裏を囲み、朝餉を食べた。

 

 カガイは相変わらずガツガツと音をたてながら沢山の具材が入っている粥を口に掻き込んでいて、稜迦は粥をちまちまと食べながら、そんなカガイをチラチラと見る。

 口の中に粥を多く詰め込んで、もしゃもしゃと食べているカガイが目に入り、稜迦は安心できた。

 カガイの身体は変わらず痛々しいが、食欲があるのは良いことだ。食べることは生きることだと、母から教えて貰った。

 だから、沢山食べて早く身体を治してほしい。

 そんな稜迦の心内を知ってか、知らずか、カガイは粥を四杯ほどおわかりして、鍋の中をカラにした。

 稜迦はもっと作っておけば良かったと後悔する。

 けれど、カガイは満腹になったのか、大きく息を出して満足そうな様子だった。


「カガイ様、お茶を飲みませんか……? 宝鈴さんから頂いた品があるんです。身体に良いと言っていましたので……淹れてきますね」

 稜迦はそう言って立ち上がり、台所までお茶を淹れに行く。そんな稜迦をカガイは黙ったまま見ていた。


「ーー……イ! カガイッ!!」

 稜迦がお茶を淹れていると、外から囲炉裏の部屋まで聞こえてくる声がした。

 その声は明らかに怒気を帯びており、稜迦はおろおろとカガイを見る。カガイはと言うと、しばらく動こうとしなかったがカガイを呼ぶ声がけたたましくなったので、小さく息を吐いてから立ち上がり玄関の方へと歩いて行った。稜迦も恐る恐るカガイの後を付いていく。


「カガイ! あんたって人は! 馬鹿じゃないの!? 馬鹿なの!? 馬鹿ね!! いい加減に軍医殿の言うことを聞きなさいよ!」

 いつもはやや垂れている穏やかな目をしているのに、今はそれを大きく吊り上げて憤怒の表情でカガイに詰めよっている宝鈴がそこにいた。

 そのすぐ後ろには薬箱を抱えている覚秦が顔に苦笑いを浮かべて立っている。

 カガイの視線は喚いている宝鈴を通り越して、覚秦を恨ましい目で見るが、覚秦は軽く肩をすくませただけだった。



「信じられない……! 軍医殿が頭を抱えるわけね、だから身体に傷痕ばっかり残るのよ!」

 二人を囲炉裏の部屋まで通すと、さっそうと宝鈴はカガイの身体に巻いている包帯を取り始める。

「まだ傷が塞がってない! 血だって出ているし……! こんな状態で帰って来たら稜迦さんは驚くに決まってるじゃない! 心配だってするでしょ!」

 包帯を取って見え始めたカガイの傷を痛ましく見ていた稜迦は、いきなり自分の名前が宝鈴から出てきたので驚いて顔を上げた。

 黙って宝鈴の為すがままになっていたカガイは、顔を動かして稜迦を見る。

 前髪の間から見えるカガイの目と視線が合って、稜迦は恥ずかしげにカァと顔を赤くした。


 あの後カガイはもう邸から出て行くことはなかったし、あの時カガイが戻ってくれて本当に安堵できたのだが、稜迦はカガイに対して泣き喚いたことがただただ恥ずかしかったのだ。

 節度の無い、子供のような女だと思われてはいないだろうか。


「あ、わ、わたしは……あの……えっと、凄く驚きましたが、……あ! いえ、えっと……カガイ様が……あの……」

 混乱のあまり両手を小さく振りながら、自分でも訳のわからない言葉を稜迦は出して余計に顔が赤くなる。

 しかし、そんな稜迦を気にすることもなく、宝鈴は治療の手を止めずにカガイに対して言葉の攻撃を続けた。

「ほんっと! もう少しは考えたらどうなの!? 覚秦だってそうよ! 一度こっちに訪ねているんだったら引っ張ってでもカガイを戻らせなさいよ! わたしだったらカガイをひっぱ叩いて軍医殿のところまで戻らすわ! こんな怪我人が近くにいたら稜迦さんは気が気じゃいられないでしょ! 馬鹿ね!」

「なに!? 俺も悪いのか?」

 覚秦はまるで聞き捨てならんと言う風に目を丸くするが、そんな覚秦を宝鈴は目を細めてジロッと睨む。

「……はぁ……まったく……!」

 ため息を吐きながら、宝鈴は水を絞った布でゴシゴシとカガイの背中を擦りだす。

 その力が強かったのか、カガイが思わず歯を食い縛って見せたので、稜迦は慌てて宝鈴からその役を代わってもらった。


「稜迦さん! もう、遠慮なく擦ってやったらいいんです! もういっそ動けなくなるまで痛めつけてやりましょう!」

「あ、はい……! ……あ! いえ! そんな……」

 宝鈴に気圧されてつい返事をしてしまい、おろおろと宝鈴を見ると、怒りが冷めない様子で薬箱の中から何種類か薬草を手に取って薬研の中に放り込んでいた。それを覚秦がゴリゴリと擦る。

 稜迦は気を取りなおして、目の前のカガイの背中を痛くしないように優しく拭く。背中にある生々しい裂傷などを目にすると、稜迦の心は辛くなった。

「……カガイ様、傷に染みてはいませんか? 痛くありませんか?」

 稜迦の言葉に返って来るのはいつものように低い唸り声だけだが、カガイが大人しくしているので大丈夫なんだと理解して、できる限り丁寧にカガイの身体を拭き続けた。




「稜迦さん! 何か困った事が起きたらすぐにわたしに言いに来てください! 飛んで来ますから!」

 カガイの治療を終えて、しこたまカガイを叱りつけた宝鈴だが、それでも怒りは冷めきれないようだった。

「はい……。宝鈴さん、本当にありがとうございました。覚秦様もお気をつけてお帰りください……」

 そんな宝鈴に笑みを返して、稜迦は帰路につく二人を見送っていた。

「奥方殿、お騒がせしました。では失礼する」

 覚秦はそう言って馬の腹を蹴る。

 覚秦と同じ馬に乗り帰って行く宝鈴は、何度も心配そうに稜迦を振り返った。その度に稜迦は笑みを返す。

 宝鈴と覚秦の二人はなんだか雰囲気がとてもよく似ていると感じる。

 カガイに対しての怒り方がそっくりだった。宝鈴の方がやや苛烈ではあったが。


 稜迦が囲炉裏の部屋に戻ると、カガイは腕を上げたり下げたり、手を開けたり閉じたりしながら身体の様子を見ているようだった。

 新しい包帯にはもう血は滲んでいなかった。稜迦はほぅと息を吐く。


「あ……カガイ様……買い物に出て参りますね……あの、何か食べたいものはございますか?」

 稜迦はおずおずと訊く。できるならカガイの好きなものを作ってあげたかった。

 カガイは稜迦を少し見たあとポツリと言う。

「……ない」

 稜迦は少なからずショックを受ける。無いものはしょうがないのだが、意気込んでいただけに肩を落とした。

「……なんでも、食う……気を遣うな……」

「あ……はい……でも、あ、あの、好きな食べ物があったら…………ございますか?」

 稜迦はなぜか食い下がった。カガイに喜んでもらいたかったのかもしれない。

 だが、返って来た一言は最悪なものだった。

「……酒……」

「……え……」

 酒。確かに初めてこの邸に足を踏み入れた日、あちらこちらに酒樽が転がっていたが、いくらカガイが呑みたいとは言え、こんな身体の状態で呑んでもいいものかと戸惑い、稜迦は困る。

 しばらく言葉に詰まっていると、カガイが声を出した。

「……いや……いい…………すまん」

 その言葉に稜迦はほっと胸を撫で下ろす。カガイの身体が治ったらきちんと用意しておこうと思った。




 その日の夕餉も二人で一緒にとる。


 稜迦が買い物から戻ると、カガイは囲炉裏の部屋で眠っていた。

 それを目にした瞬間、もしや怪我の具合が悪くなって倒れてしまったのではないかと思い、慌ててカガイに駆け寄る。よくよく見ると寝息をたてていたので稜迦は安堵の息を出せた。しかし心配になったので、躊躇いもあったが恐る恐るカガイの前髪を別けて額に手を置いみる。少し熱かったが酷い熱ではなさそうなので、また稜迦はほぅと安堵の息を出す。

 そのまま起こさないように、カガイに毛皮や布団を掛けておいた。


 目を覚ましてカガイがのそりと起きたのは丁度、夕餉の用意が出来た頃だった。

 カガイはまたガツガツと食べて、鍋をカラにする。


 夕餉が終わって稜迦の淹れたお茶をカガイが飲んでいると、稜迦が大きな桶にお湯を入れて持ってきた。


「カガイ様、包帯を取り替えますね……宝鈴さんに教わりましたので……あ、お身体もお湯で拭いたら冷たくないと思いますから……」

 稜迦はそう言っておずおずとカガイに近付き、包帯を取ろうとする。けれどその手をカガイが掴み止めた。

「……いい……休んでいろ……」

 カガイが手を掴んだ瞬間、びくっと稜迦の身体が跳ねた。すぐにカガイは稜迦の手を離すとおもむろに自分で包帯をぐるぐるとほどきだす。

 それを見て稜迦は怖じ気づいてしまったが、グッと自分に気合いを入れる。本当に稜迦の手など借りなくてもいいのかもしれないが、ここで手を引いてしまったらカガイとの距離が遠いままな気がした。

 なにより、カガイの役に立ちたいと心が思う。

「あ、……ではせめて、カガイ様……お身体を拭きますね……あ、あの……あの……」

 カガイは稜迦がそろそろと差し出してきた布をその手から取ろうとするが、稜迦の如何にも悲しそうな顔が目に入った。少しの間の後、カガイは稜迦が握り締めていた布からゆっくりと手を離し、鼻から大きく息を出すとクルリと姿勢を変えて稜迦に大きな背中を向ける。

 稜迦はなんだか申し訳ない気分になったが、カガイが歩み寄ってくれたような気になって心が浮き立つ。

 そして朝と同じ様に丁寧にカガイの身体を拭いた。


「……風呂に入って、お前も休め……」

 宝鈴から施された薬を塗って包帯を巻き直し、稜迦が桶などの後片づけをしていると、カガイから声がかかった。

 稜迦は一瞬ドキリとしてカガイを見る。カガイは稜迦を見ておらず、手を開けたり閉じたりしていた。

 稜迦は小さく、はいと返事をして風呂場へと足を向ける。


 お湯に身体を沈めながら、稜迦はこの後の事を思った。

 カガイがあのような身体の状態であるし、昨晩は稜迦の気が動転していた事もあって二人して早々に眠りについていた。

 今宵、無いとは思うのだが、もしもカガイが営みを求めて来たのであったら初夜のような失態をもう犯してはならないと心に強く決めている。

 最初の頃のような緊張や恐怖は薄らいでいるし、カガイの事もほんのわずかであったが知る事ができている。きっと乱暴にはしないだろう。……おそらく。


 稜迦は急に緊張し始めてしまい、気を紛らわす為にバシャッと顔にお湯を掛けた。


 お風呂から出て囲炉裏の部屋まで戻り、カガイを見ると、囲炉裏の前で胡座をかいて腕を組んだまま微動だにしていなかった。

 一瞬不安になって、すぐにカガイのもとに駆け寄る。カガイはその姿勢のまま器用に寝ているようだった。

 夕刻の時間まで眠っていたと言うのに、やはり身体が休息を求めているんだと稜迦は感じ取って、躊躇いがちにカガイへと声をかけた。

「カガイ様……カガイ様……あの、どうぞ寝台へ……そちらでお休みくださいませ……」

 稜迦の声にカガイはすぐ目を覚ましたようで、ちらりと横にいた稜迦を見る。

「……先に行け……火の始末をする……」

「あ……わたしが……」

 稜迦は囲炉裏の火の始末を代わろうと手を出したが、カガイが低い唸り声を出したので少しだけ身を強張らせた。

「……先に休め……。今日……お前は疲れただろう……」

「い、いいえ……そんな……」

 そんなことは無いと稜迦は思うが、カガイがそのまま火の始末をし出したので、おずおずと立ち上がり寝室へと向かった。


 寝室に着いたはいいが、そのままカガイより先に布団に潜り込むのは気が引けたので、自分の寝台に座り、カガイを待つ。

 稜迦は使っていない台や、有り余る布団や毛皮を使ってもう一つ寝台を作っていた。あのような怪我を負っているカガイのすぐ傍で眠るのは危ないと思い、咄嗟に作ったのだが、今思うとカガイは逆に気を悪くしてはいないだろうかと不安になってくる。

 昨夜は特に何も言って来なかったが、大丈夫だっただろうか……。


 そんなことを考えていると、大きな足音が聞こえてくる。稜迦は思わず身を固くした。

 扉が開いてカガイが入って来る。そのままドシドシと自分の寝台へとカガイが向かう間、暗闇の中で二人の視線は交わったままだった。

「……冷えるぞ……、中に入れ……」

 カガイはそう稜迦に声をかけて、自分の寝台にごろりと横になる。それを見て稜迦は緊張を解いた。考え過ぎていたと顔を赤くする。


 稜迦も布団に入り込んで、今日を振り返る。

 嫁いで来て日が経つが、カガイと二人で過ごした一日は今日が初めてだった。


 稜迦はカガイの方を見ながら声を出す。

「カガイ様……お休み、なさい……」

 稜迦の声にカガイは顔だけを向けて、小さく唸る。


 稜迦はゆっくりと目を閉じて、眠りについた。



一章 愛縁奇縁 終

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