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一-五

No.11

 せまい路地のような所を歩く。しばらく歩くと右手につぶれた出版社がある。以前通り過ぎてしまったので、今回覗いてみる。どうせ先まで行ってもたいしたものはないのだから。

 窓が割れている。外から覗き込むと、ほこりを被った室内の机の上に、ほこりを被った本が散らかっていた。私はドアを開け中に入る。今、時間は夕方ぐらいだろうか。日が少し入り、私が移動したことでほこりが舞っているのがわかる。何年も前に倒産したのだろう。見ると机の上にほこりを被っていない所がある。四角だ。本が置いてあったのだろう。少し机を触った跡がある。人がいるのかもしれない。

 奥に進み、ドアを開ける。応接室の様な部屋だ。人がソファーに座っている。白衣を着た男だ。白衣と言ったら医者なんで、医者だろう。私はこの人を知らない。

 「あなたは医者ですね。きっと僕は患者でしょう。違いますか?」

 「それはわからない。私はこの本が欲しかっただけだ。だが、君が自らを患者と言い、私に診て貰いたいのなら、私は君を診なくてはならないな」

 「そうですね。でも僕は患者ではないのですよ。患者の役割ができただけです。こんな出版社の本を読みたいだなんて、あなたも変わった人ですね。あなたは誰ですか?」

 「私が医者であるなら、夢の医者だ。夢を診察するだろう」

 「夢とは? 見る夢? ここは僕の意識ではないですか? あなたも、僕ではないですか?」

 「私は君ではない。私はもっともっと向こうから来た。私は君を診ない。夢を診る。私の患者は夢だ」

 「しかしこれは僕の見ている夢だ。いや、わからないな」

 私は医者と自分との間にある机の上に置いてある本を見た。なつかしい感じのする本だ。この人は良い本を選んだ。

 「この本は何ですか?」

 「この本は未来の本だ。出版されるはずだった本で、形の無い本、死んだ本だ。私は医者で、この本は私の患者といえる」

 「僕は何故かこの本になつかしさを感じますよ。でも、あなたが言うには未来の本だそうですね」

 「そうだ。未来だ。だが確かになつかしい感じがするな」

 「この本はあなたの患者だと言いましたね。でも、どうやって診るのですか? 聴診器か何か使われますか? それに本はどんな病気に罹りますか? どうやって治しますか? 薬ですか? 手術ですか?」

 医者は黙って、本を取り上げめくった。質問に答える様子がないので、彼を怒らせてしまったかな、と思った。私は釈明する事にした。

 「僕は生前、医者に掛かっていました。どんな病気で、どんな医者だったかは忘れました。ただ、確かなのは、僕は医者も病気も信用していません。僕は病気ではないし、またその僕を病気として診断した医者も信用していません。この世(あの世だけど)に病気なんてないし、医者の態度は病気と言うものに対して失礼だとさえ思います」

 医者は私の話を聞き終わった後、こちらの方をチラッと見て、犬と呟いた。

 「今、犬って言いましたね。犬って何ですか? 僕が犬の様だと言うことですか?」

 「いや、違う。少し診断してみよう」

 そう言うと医者は本を机の上に置き、ソファーに深く座りなおし、腕を組み、目を瞑った。考えているようだ。

 数分経った。私はその間彼を見ていたが、目を閉じたまま、何も言わないので、本を手に取って眺めた。『信仰と人間の生』という題名だ。著者の名前は無かった。

 本をめくってみる。題名どおりの内容が書いてある。私は日本人なので、宗教や信仰ということはあまり興味が無い。しばらく眺めていると、全ての人間が人間を殺すごとき行為をしているという内容の文が目に入った。この人は過激な人だろうと思う。

 そして目を瞑っていた医者が目を開き、

 「君に行ってもらいたい所がある。きっと君が自身を知るのに役立つだろう」と言った。

 別に自分の事は知りたくはないのだが、

 「わかりました。何処に行ったら?」と聞いてみた。

 「隣の部屋に階段があるから、それを下に行けば動物園がある。そこに行くといい。私はここで待っている」

 「じゃあ、行ってみます」

 私は隣の部屋に行くことにした。



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