一-二
No.8
今私が居るところ。ここは何処だろう。私は見たことがある。私の夢の中で。私は私の夢の中に居る? なつかしい川が流れている。以前私が見た川だ。ほら、辺りに木が生い茂っていて、ジャングルの様だ。
川縁に二件の家がある。ここは私の家だ。隣の人に久しぶりに会いに行こう。
隣の人は紳士だ。何時もきちんとした格好をしている。ジャングルの様な森にスーツを着ています。私は何時もだらしがなかったはずなので、たいへん羨ましいです。
トントン(ノックの音)
「こんにちは。こんばんは、かな?」
無言である。返事がないのでしばらく待っている。と、向こうから歩いてくる。私は嬉しくて手を振り、近づいて話しかけた。
「どうも、お久しぶりです。私です。憶えてますか?」
紳士は微笑んで手を差し出した。私は握手をし、相手の顔を見た。相変わらずの目をしていた。
「久しぶりです。何時からこちらへ?」
二人で歩きながら話す。
「いや~、何時からだろう。僕にも良くわからんのですよ。二、三年ぶりぐらいじゃないかな?」
「そんなに経っていないかもしれません。とりあえず中へどうぞ。散らかっていますが。」
彼が部屋に案内してくれたので遠慮せず中に入る。なんというか、整った感じの部屋だ。私の趣味ではないが。
「以前は勝手にお邪魔して申し訳ありませんでした」
「いや、いいんですよ。お互いあの頃は理解していませんでしたからね。ささ、そこら辺に座っていてください。今、飲み物でも持って来ますよ」
居間のソファーに座り、窓を眺める。すぐ外に川が流れている。私は以前彼があの川を泳いでいるのを見かけた。私はこの家に来たことがある。勝手に侵入したのだけれど。
紳士が紅茶を持って戻ってきた。
「どうぞ、ここの景色は変わらないですよ。あなたが死んだので、ここを泳ぐ人もいなくなるでしょう。あ、遅れましたが、私はこういう者です」
彼は私に名刺を差し出した。
〇〇(私の名前)の無意識
殺意主任
紳士的な殺人鬼[性倒錯者]
〒(住所)
℡(電話番号)
「わあ、ずいぶん意識的な名刺ですね。というより露骨ですね。えー、驚きだなあ。無意識の方から名刺をもらうなんて、ちょっと嬉しいな」
「そうですか、ありがとうございます(彼は深々と頭を下げた)。ところで、いきなりなのですが、仕事の話をしてもよろしいでしょうか? 死んでしまった〇〇さんに対して話をするのも変なものですが」
「ええ、別に構わないですよ」
私はお茶を飲みながら、部屋を眺めていた。少し暗い部屋。この家には地下室があり、私は以前そこに閉じ込められ(その時は私と老人の二人)、すんでのところで助かった。彼には祖母のような齢の離れた母親がいる。
「それで、契約の話なのですが。確か私の記憶している所では、〇〇さんは私に殺されなくてはならないはずです。〇〇さんは、自殺しましたよね。……ちょっと今契約書を持ってきますけど、身体というか、人生の殆んどを、ですよ、私に手伝わせておきながらですね、そちらの意向で契約を破棄されてはこちらも困るのですよ。まあ、今となってはもうしょうがないのですが。今確認してもらえますか? 契約書を持ってきますので」
彼は立ち上がって、契約書を取りに行こうとする様子を見せたので、私は慌てて、
「いや、大丈夫です。もちろん知っています。契約は。ただ、自分が何で死んだのかは知らないんです。本当に。だから僕もどうしていいやら。本当に迷惑をかけました」と言って、頭を下げた。本当に申し訳なく思ったのだ。
「自分の死について知らない? それは困りましたね。これからどんどん判らなくなってしまいますので、少し話をして置きますと、〇〇さんは、〇年〇月〇日に自宅で首を吊って自殺したのですよ。まあ、私も言わば〇〇さんですからわかりますけれども。それで、日付というのはこちらではあまり関係ないのでどうでもいいかもしれません。問題はその死に方です。突然自殺されるのは困ります。私も仕事上準備や計画している事がありますので」
「ええ、申し訳なく思っています」
「まあ、しょうがないですね。こういう事もあるでしょう。私は仕事ができない人間(無意識なのに!)ということになってしまいますけど」
「そんなことないですよ。元気出してください。僕はきっと弱気になってしまったんですよ。うまくいかないこともあります」
「そうですね。ありがとう。それはそうと、街の方に行かれてみてはいかがですか? 〇〇さんの知人の方もいらっしゃいますよ。あなたは地獄行きだから、最後に会って行かれてはいかがですか?」
『地獄』という単語に私は驚いて、彼の顔を見た。薄ら笑いをしていた。私が訊ねようとするとそれを遮り、
「驚きましたか? あなたは契約を破ったのでそうなるのです。あきらめなさい」
彼は笑みを浮かべ、さとすように言った。私は立ち上がり、
「もう行きますよ。地獄行きなら早く知り合いに会っておかないと。ここに長居している場合ではないですから」と言った。
彼も立ち上がり、私を玄関まで見送ってくれた。手を差し出し、握手をした。
「それでは、お元気で」
「お元気で。ってもう死んでるのに。あなたは何時もスーツを着て人を殺しているんですか?」
彼は苦笑してさようならと言ってドアを閉めた。わからないが、彼とはまた会う様な気がする。
私は街に向かって歩き出した。




