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二-九

No.26

 ドアが開き、部屋に一人の男が入って来た。

 「よく眠れたかね。これから君と少し話をしたい。来てもらえるかな」

 わかりました、と彼は起き上がった。男は彼の腕に噛み付いている蛇に気づき、大丈夫かと言ってそれを取った。彼はその男の後に付いて廊下を歩き、一つの部屋に入った。

 その部屋は中央に石の寝台があるだけの狭い部屋だった。天井からランプが吊り下げられ、小さな光がぼんやり寝台を照らしていた。

 彼は寝台に寝かされ、手錠と足枷を外された。新たに寝台に手と足を括りつけられた。寝台の周りには彼を取り囲むように、四人の人間が立っていた。頭上と左右と足元にそれぞれいた。足元にいる人間は巨大な槌を持っていた。

 頭上にいる男は彼に言った。

 「私たちは君を歓迎している。君の事をもっと知りたいのだ。君の信念は固い、よほどの事があるに違いない。そして君にも私たちの考えを聞いてもらいたいのだ」

 右手にいる男は彼に言った。

 「私たちは君を知っている。君の事をもっと判りたいのだ。君の存在は何かを示している、それは一つの向かうべき所があると思うのだ。そして君にも私たちがいる所を知ってもらいたいのだ」

 彼は言った。

「僕には信念も信仰もありません。ある様に見えますか? 僕の向かうべき所とは、何処でしょう? 天国ですか? 地獄ですか? 僕は地獄行きですよ、信じるものもありませんしね。そうですよね?」

 頭上にいる男は彼に言った。

 「私たちが知っている事は、君がここに来るまでに約束を破り、人を殺した事だけだ。君は軽率な活動家だ。だが君は地獄には行けない」

 左手にいる男は彼に言った。

 「私たちが感じている事は、君が外部の干渉に惑わされず、人を助けた事だ。君は偉大な思想家だ。だが君は天国には行けない」

 右手にいる男は彼に言った。

 「私たちが思案している事は、君が自ら行動を起こさず、人生から全てを奪った事だ。君は臆病な夢想家だ。だから君はここにいる事は出来ない」

 彼は言った。

 「では、僕は何処に行けばいいのですか? 僕が何も持っていないから、あなたがたは判断出来ないのですか? それに、何故別々の事を言うのですか?」

 頭上にいる男は彼に言った。

 「君は天国に行けばいい。君は今まで十分に苦しんで来た。天国は幸福で豊かな所だ。誰一人苦しまず、君から何かを奪うものはいない。むしろ君に必要な安寧や休息を与えることが出来る。また君もその様な所に行きたいのだろう」

 彼は言った。

 「それは分からない。僕は何も決めない。僕は何も持っていないから、ここに来たのだろう。確かに休息は欲しいけど、必要とはしていない。誰が造ったか、どこが運営しているか、誰が住んでいるか、分からない様な所には行かない。一体何時まで居ればいいんだ」

 頭上にいる男は彼に言った。

 「これは君が決めることだ。これは全ての人々の総意で出来ている物だ。その様な所を望む人々が行く所だ。君は欲している物を得る事が出来るまで居なければならない。自己より大きなものを疑ってはいけない。君は紛れも無くここの住人だからだ。君の考えで左右出来るものではないからだ」

 左手にいる男は言った。

 「君は何処にでも行けばいい。君はまだ多くの荷物を担いでいる。何処かに行ってそれを捨ててくる事だ。君はもっと身軽になれる。君は自身の仕事を失い、快く死ねる。そして君は其処で朽ちていけばいいのだろう」

 彼は言った。

 「僕は何を担いでいますか? もう十分に捨てたのではないですか? だから何も持っていない。これ以上捨てたら、私も無い。それに何処かとは何処のことですか? 行く場所を決めるのが仕事ではないのですか? 自分でも何も分からなくて腹が立っているのに、快く死ねるわけがない。僕は自分の仕事を知らない。きっとあなたがたも人間の仕事を知らなかったはずである」

 左手にいる男は言った。

 「これは認めるものだ。拾ってくる物だ。判断しないものだ。君は全て捨ててくるまで、此処に来てはいけない。自己より大きな物を担ってはならない。君は紛れもなく馬鹿だからだ。君のインチキが通じる所ではない」

 右手にいる男が言った。

 「君は地上に戻ればいい。君は楽をし過ぎた。また向こうで勉強し直した方が良い。君はもっと賢くなれる。地上は賢い知恵で満ちている。君は多くの者に触れ、多くを学ぶ事が出来る。君はまだ死んでいないのだろう」

 彼は誰に言うでもなく、語った。

 「僕は何を言われているのか判らない。彼らをして、僕に語らせるものは何か? 僕は彼らに語るものがあるとは思わない。この世界同様に、この場所同様に意味がない。何故こんなに無意味な空間が必要なのか判らない。此処を造った意味はあるのだろうか。何かの為、誰かの為にあるのだろうか。あなたがたや私は何処に行けばいいのだろう。この世界は何時完成するのだろう。私は何時無くなるのだろう。此処は何時消えるのだろう。意識は、人間的な物は何処にあるのか? 此処に、また、何処かにあると言うのだろうか? 私はもっと人間味のある所に行きたい。これでは人間が造った物が一番……、一番生命が無いじゃないか。あなたがたは無意味で、約束などない。初めから無かったし、約束なんてこの世界にあるわけない」

 足元にいた男が歩いて、彼の顔の横に立った。巨大な槌がゆっくり持ち上がる。一瞬止まり、彼の顔に落ちていった。


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