二-八
No.25
天まで届く塔があった。塔に続く八つの道がある。その一つの道をトラックが走っていた。道はデコボコでトラックが揺れた。彼は手足を縛られ、荷台に乗せられていた。そこから景色を眺めていると、夕闇の中、荒れた大地に、まばらに草が生えているのが見える。道は延々と続いていた。
塔の付近に車が停まり、彼は降ろされた。日は沈み、また夜が来ていた。塔から明かりが漏れており、それ以外の光源は無かった。塔に八つある入り口には、それぞれ大勢の人間が列を成し、彼はその一つの最後尾に並ばせられた。彼が並んでいる間も、次々と後ろに人間が並んだ。彼は少しずつ前に移動し入り口まで来た。
入り口には巨大な門があり、一度に百人近くを中に入れていた。彼も中に入った。広いホールの様な空間で、八つの机があった。その机に向かい何か書いている人が一人と、その横に、机の前に立たされた人間から何かを受け取る人が一人立っていた。皆一様に何かを取り出し渡していた。彼もそれらの机の一つに向かわされた。
「君は一つか、二つ、どっちだ?」
と、彼の前の机に向かっていた人物は言った。
「何を言われているか、判らない。一つでも二つでもない」
と彼は答えた。
「おい、口答えするな。何か持っているだろう。早くしろ」
「僕は何も持っていない。何を言われているのか判らない」
「お前は此処が何処だか判っているのか? 早くしろ、後がつかえているんだからな」
「僕は此処が何処だか知らない。此処が何処だか先ずは教えて欲しい。それから、その私が持っていなければならない物を教えて貰おう。ひょっとしたら持っているかもしれない」
「ああ……、お前は珍しい奴だな。此処は入り口だ。天国と地獄の、持ち物は『生命』と『約束』だ。お前はどちらも持ってはいないな」
「そうだ。僕はどちらも持ってはいない。」
机に向かっていた人物は何事かを書きとめ、
「お前は此処ではないな。おい、(隣に立っていた人物に声をかけた)連れて行け」
彼は掴まれ、連れて行かれた。他の人々が簡単に行き先が決まる中、彼は連行され、牢屋の様な所に入れられた。
牢屋と言っても、外から鍵を掛けられているだけの普通の部屋だ。ベッドと便器が在った。ベッドに腰をかけると、何か感触があり、彼は驚いてシーツを捲った。シーツとマットの間に、一匹の蛇がいた。
何でこんな所に蛇がいるんだ、と彼が呟くと、蛇が彼の手に噛み付いた。『私を見ろ』と言った様な気がした。
軽く手を振ったが離れなかった。蛇を見ると、その鱗の一つ一つに何かが映っており、それぞれが小さな鱗の中で動いていた。彼は噛まれたまま腕を持ち上げ、その画面の一つを見た。彼の顔が映り口を動かした、『全ては決められた事か?』
彼は考えた。
全ては決められていた事かもしれない。私は本当に無いのかもしれない。『生命』と『約束』とは、初めから無かったのかもしれない。私はそんな物を持っていただろうか?
私に有ったはずの二つの物、もう私は何も思い出せないし、何も判らない。これからの事も何も知りたくない。私は何か言う事があったはずだ。私は何をしにここに来たのだろう。何も無い人間はどうなるのだろう。此処は本当に何処だ。
私は確かに生きていた、様に思う。それとも気のせいだったのだろうか? 確かに命が有った。だから死んだ。そもそも命が無ければ私は無い。死んだ人間に生命は無いだろう。他の人間は何故、それを死んだ後に持ってこられるのだろう? そんな死に方があるのだろうか? もし持ってこられるのならば、彼らは死んでいないと言う事になる。
約束はあったようだ。何か聞いた様な気がする。しかし、持ってこられる物でもないだろう。もう私には記憶が無い。私は何かを繰り返しているだけだ。私は考えながら、考えてはいない。同じ事を繰り返すだけだ。私の人生もおそらくそうだったのだろう。そもそも、約束自体が無かったのかもしれない。私という意識があるなら、私は決められた様に生きていたのだろう。何故か? 約束があるとは、約束をする人間が居ればこそだろう。私の頭の中には、誰も居ない。それとも何か、別のものか? 私の頭にはそもそも無い。ただ、何か変な塊があるだけだ。それが転がる。動かしているのは、最早私ではないはずだ。体が無いのだから。考える事も出来ないし、物を持つ事も出来ない。責任など無いし、約束に対する罰も受けようが無い。
彼はそのまま眠ってしまった。




