二-六
No.23
ビルの最上階に着いた。ドアが開き、道化師はどうぞと言って、彼を送り出した。そしてそのままドアは閉まった。彼は慌てて手を伸ばし、ボタンを押した。ドアが開き、中にいた道化師は笑いながら、彼の後ろを指差した。後ろには赤い服を着た人間が、彼の肩を掴み、そのまま『会場』に連れて行った。エレベーターから、ヒヒヒという声が聞こえた。
会場では今や遅しと、人々が彼の登場を待っていた。赤い服の人間に連れられ、彼はその中に現れた。会場は割れんばかりの拍手がおき、彼を迎え入れた。皆口々におめでとう、ありがとう、よろしくと言った。
壇上では、金色の服を着た人物が、一度中断されたスピーチを再開した。会場は盛り上がったり、下がったり、していた。会場に居る人々は派手な原色の服を着ており、彼は、遠くから見たこのビルの外壁の様だと思った。そして街で見かけた人々と同じで、彼には人の集まりではなく、ぼやけた背景の様に見えるのだった。
スピーチが終わり、金色の服を着た人物が舞台から降りた.進行役の人物が、次は〇〇さんにお願いします。〇〇さんは、今迄の創作活動が世界的に認められ、今や時の人です、と言った。
赤い服を着た人間が、また彼の服を掴み、壇上に連れて行った。マイクの前に立たされた彼は、何も言えず、左目で人々を見下ろしていた。
「お集まりの皆さんこんにちは、〇〇です」
とスピーカーから声が出た。会場から歓声が沸き起こった。彼がスピーチをしている感じになった。
「俺は自分の思想を伝える信念がある。私の考え方は難しく、万人には理解されないと常々思っていた、が、ついに認められる時がきた、良かった。僕は特殊な感覚を持っていて、そのための哲学だから、君たちには意識出来ない。だから、誠実に生きる事が出来ればいいんだ。俺は全てを破壊する! 社会的に求められる物を創るには、頭脳が要るかもしれないが、破壊するには覚悟がいる! 私は価値を享受しない、創るのだ!」
とスピーカーは叫んでいた。色取り取りの人々は、波打ち、盛り上がり、拍手をしていた。彼は何かを失っていくのを感じていた。司会者が、〇〇さんありがとうございました、と言った。
階段から降りた彼は、色々な人と握手をしたり、話しかけられたりした。彼は、段々と、会場の隅の方に移動した。その先には巨大な窓があり、この街を一望できた。午後の光を浴びて、このカラフルな街の、色取り取りの建物が輝いている様に見えた。彼はその景色を眺めていた。しばらく立っていると、誰かが彼の横に近づき話しかけた。
「素晴らしい眺めですね。あなたの街とは、かなり違うのではないですか?」
横を向くと、そこには女装した道化師がいた。道化師は訝しげに見る彼に、
「似合いますか? 似合いませんか? 何しろそれが重要ですよ。服を選んでいたら、少し時間がかかってしまいまして。なんせ着る物によって、人柄が判りますからね」と、一つ目をクリクリさせて言った。
彼はそれを見ているうちに気分が悪くなり、床に座り込んだ。道化師は心配そうに、
「大丈夫ですか? 具合が悪くなりましたか? どうもこの会場の飯は不味いですね(立食もよくない)。あなたの様な方の舌には合わないでしょう。けしからん、ですね? ですわね?」と言って、眉間に皺を作った。
あなたの考えている事をしましょうよ、道化師はそう言うと、手にしていたバックからピストルを取り出し、狙いも定めずに、辺りにいた人々に、パン、パン、と撃った。会場にいた人々は、パタ、パタ、と倒れた。パンパン、パタパタ。大騒ぎになった。
「なんかアメリカ映画みたいだな。行ったこと無いけど、映画は好きです。パスポート無いから行けないんですよ。自由な国に行きたいな、顔とか名前とか趣味とか無くても行けますかね? ……退屈みたいだから、次はまた、別の所に行きますか?」
会場は誰もいなくなった。彼はしゃがんだまま頷いた。




