二-五A
No.21
「それから一つ言わせて貰いますが、僕は約束なんてした覚えは無い。それにこれから、自分の意見を伝えに行かないといけないんです。だから、(仮にあったとしても)約束を破った訳ではなく、抵抗したのですよ。理不尽な、この世界に対しての抗議です。この違いは判りますか?」
と彼が言うと、道化師は、うんうんと合図ちを打った。顔が無い為、何をどう聞いているのか分からなかった。
「それでは一つ言わせて貰うが、あなたはダンボールに乗って豚ずらした訳ではない。そしてこれから、他人の綱を渡らなければいけないのです。だから、(牡蛎に中ったとしても)着ぐるみを被った訳ではなく、朦朧としたのですよ。リンゴ酢な、このポーチに対してのこしらえ物です。この違いなんてあるわけないかもしれないけど、どうなの?」
道化師はこう言った後、どうなの? とまた言った。どうなのと言われても、と彼は言おうとしたが声が出なかった。彼は口を開こうとしたが、口が動かなかった。手で口のある部分に触れてみると、そこにあるはずの口が無く、鼻から顎は平らになり、一つに繋がっていた。
その仕種を見ていた道化師は、右手を開き彼に見せた。その掌の中には、唇があった。そして道化師はそれを、自分の顔に付けた。
「あなたは、喋り過ぎ! この道化にも喋らせて下さいよ。なんせ話さないと仕事にならない、仕事にならないと、仕事しなくて良い」
と道化師は言って、今度は左手を開いた。掌には、目玉が載っていた。彼はあわてて、自分の右目を抑えた。が、そこに目は無かった。左目も確認した。そちらは残っていた。道化師は笑みを浮かべ、変な節をつけて、
「三つの棺が山登り、
担いだ作者は失恋中、
谷に下りたら川の中、
ミミズ千匹復活だ。
わ~い、わ~い!
賢い猿たち石を投げ、
脳髄の蛇は舌をだし、
気がつきゃ火星で石拾い、
行き着く先は何処なんだ?
何処だっけ?」と言った。
彼は話すことが出来なかったので、黙って聴いていた。道化師は左手に持った、彼の右目を、自分の顔に容れた。
「おお! 凄い。景色が見える。なるほど、君にはこう見えるのか。人によって見える物も色も違うと言うのは本当のようだ。そうじゃないか? まあ、いい。そろそろここを出よう。君の行きたい所へ案内しよう。次のページからは別の場所だ」
と道化師は言った。彼は左目で、右目と口だけがある道化師の顔を、じっと見据えていた。




