二-三
No.19
全て砂地の世界に、影の大きな子供が現れた。ここも夜で、大きな月が出ており、砂漠を照らしていた。子供は砂を踏みしめて、ゆっくりと歩いた。ただ、歩く。どれくらい歩いただろう。下を向きながら歩いていると、半分砂に埋もれた、石版を見つけた。子供はそれを拾い上げると、そこに言葉が彫ってあった。
『他人に殺されるぐらいなら、自分から殺せ
他人に壊されるぐらいなら、自分から壊せ
他人に否と言われるぐらいなら、自分から否と言え
他人に赦されるぐらいなら、自分から赦せ
他人から奪われるぐらいなら、自分から奪え
他人から汚されるぐらいなら、自分から汚せ』
石の板が語りかけてくる。
「これは、お前の為の立法だ。以後、一切の事を忘れ、この通りに従え。この教えを規範として生きろ」
子供は頷き、
「僕は今後全ての人生の中で、この立法を掲げ、教えを守るだろう。ありがたい教えを授かった。礼に僕の頭を、差し上げよう。僕には他に差し上げるものが無い」と言った。
子供の頭部は、何者かに持って行かれた。
頭の無い、影の大きな子供はまた、ゆっくりと歩き出した。暗闇の中を歩いていると、目の前に、七色に輝く、不思議な三角形が見えた。子供はそれに近づいた。三角形が語りかけてくる。
「俺は、お前に世界の秘密を三つ授けよう。
一つは『夢』だ。
一つは『幻覚』だ。
一つは『形』だ。
全てはお前だけのものになり、他人が見る事はできない。よって他人に奪われる事が無い。お前は受け取るか?」
子供は頷き、
「僕は他人に見る事ができず、奪われる事が無い、その三つの秘密を貰うだろう。僕は世界を授かった。礼に僕の目玉を、差し上げよう。僕には他に差し上げるものが無い」と言った。
子供の目玉は、何者かに持って行かれた。
砂漠に一本だけ木が生えていた。頭と目が無い、影の大きな子供は、その木にもたれて眠っていた。子供は夢の中で、影と争っていた。子供はもっと力を欲していた。夢から覚めると、あたりに風が吹き、砂が舞った。砂と、夜と、風があった。木が語りかけてくる。
「私はこの地に一人だけだ。私は一人で立って生きている。他に誰もいない。お前に三つの力を授けよう。
何も無い処で生える木のように 立つ力を
何も無い処で成長する木のように 伸びる力を
何も無い処で実が成る木のように 結ぶ力を
これは、誰一人生きる事ができない、永遠の大地に立つ力だ。お前は力を欲するか?」
子供は頷き、
「僕は、誰も生きる事ができない地に生きる為の、三つの力を欲する。僕はこの木のようになりたかった。礼に僕の足を、差し上げよう。僕には他に差し上げるものが無い」と言った。
子供の足は、何者かに持って行かれた。
頭と目と足の無い、影の大きな子供が木の根元で倒れていると、一匹の虫が、羽を広げて、飛んできた。子供の顔の周りを飛んでいた。白い体を持った、大きな昆虫だ。そのまま、子供の耳に張り付いて、羽をしまった。虫は子供に語りかけてくる。
「わしは、お前の為に飛んできてやった。わしの三つの知恵を聴け。
虫達が持つ、丈夫な鎧の様な哲学を持て
虫達が持つ、正確な器官のような見識を持て
虫達が持つ、優美な羽の様な思想を持て
お前には脳が無い。わしの知恵は脳の無い者にとって、最上の神経になるだろう。お前は虫の様になりたいか?」
子供は頷き、
「僕は、脳に代わる、すばらしい神経を望んでいた。僕に知恵があれば、虫のように地を這い、飛ぶことができる。僕は虫になりたい。礼に僕の手を、差し上げよう。僕には他に差し上げるものが無い」と言った。
子供の手は、何者かに持って行かれた。
頭と目と足と手が無い、影の大きな子供は、動く事が出来なくなり、木の周辺で体を動かしては休んでいた。どれくらい、その場所に居ただろう。目を開いていたが、何も見えず、進もうとするが、進めず、考えようとするが、考えられず、じっと待っていた。子供は飢え、渇いていた。
そのうちに、月に雲が覆い被さり、雨が、ぽつ、ぽつ、と降って来た。子供は仰向けになり、それを口で受け止めた。雲は子供に語りかけてくる。
「お前の渇きを潤してやろう。死ぬまで、飢えないようにしてやろう。死ぬまで、何一つ必要無い様にしてやろう。安心を与えてやろう。また、何かが溢れないようにしてやろう。望まないように、満たされないようにしてやろう。お前はもはや何かを望む事は許されない。いいか?」
子供は頷き、
「僕は、許されない事を望む。全ての渇きが、潤され、満たされず、また、死ぬまで望まない事を最後に受け取りたい。僕は安らかな心を手に入れたい。礼に僕の内臓を、差し上げよう。僕には他に差し上げるものが無い。ただ……、心臓は、差し上げる事は出来ない」と言った。
子供の内臓は、心臓を除いて、何者かに持って行かれた。




