一-九
No.15
「僕がそこに行くのは嫌だと言ったら、どうなりますか? どうしても行かなければなりませんか?」
「君は何か言いたい事があるのではないのかね。私が何かを決めるわけではない」
「僕は確かに言いたい事が山ほどあります。僕は何故この様な目に遭わなければならないのでしょうか? 僕は自分が間違った事をしたとは思えないのです。どうしても」
彼は本を置き、ソファーにもたれかかり、
「そうかもしれない。ただ、君は一度決まりを破っているな。それは事実だ。それに君の言いたい事も、聞いてもらえるかはわからない」と言った。
「そうですね。僕には先の事はわからないですし。でも簡単な事なのです。僕は、僕の決められた事に対して、僕の運命と呼ばれる『全て』に対して逆らいたかったのです。そして僕はある証拠を掴みました。僕は地獄でも何処でもいいのですが、それを提出したいのです」
彼は笑い、何か凄いなと言った。私は少し興奮して話を続けた。
「僕は人間が嫌いです。そしてその人間である自分自身も嫌なのです。と言うより、全てのものが係り集まる自身の内部も、全てのものが勝手に動き回る自身の外部も、僕には理解できないし、その中で生きていく事に、とても耐えられない。僕は自分に何を与えられ、そしてどうするべきか、理解しました。そしてその上で、僕はその与えられたものを破棄しました。ある証拠を持って。それを持って来ました。僕は自分の運命全てを理解した上で自殺できました。運命が確定したものであるなら、僕は自分の死が何よりもその証拠であると思っています」
「ああ、そうだな。だがそれは悲しいことだ。つらいことだ。ただ、君は『通り』を抜けて、そこにその証拠を提出したとしても、その証拠が取り上げられ、また、君の意見が承認されるかはわからない」
「わかりませんか? 何故わからないのでしょうか? あなたは誰ですか?」
彼は答えず、ポケットからタバコを取り出し、吸い始めた。机の上には灰皿があり、何本かの吸殻があった。私はそれを見ていた。犬が吠えた。
「君は別に君ではない。私は別に私ではない。君の意見が受け入れられるかは、あ~、集合的無意識しだい。まあ、君しだいだな。証拠云々は私の仕事ではない」
「僕はここの事は良く知らないけれども、誰も話を聞いてくれないのでしょうか?」
「何か違うな。そういう事ではない。君はただ無くなるだけだ。君は全てに取り込まれるだけだ。しかし、君はまだ仕事が残っている。そうだろう?」
「そうです。僕の意見を聞いてもらわないといけない」
「違う、その事ではない。君は最後に決断を迫られる。その結果如何によって君がどうなるかがわかる」
「つまり今は言えないということですか? あなたは、僕に何かを教えに来たのではないのですか? あなたは僕に僕の意見を聞いてもらえない所に、ただ行けと言うのですか?」
「そうだ。それ以外ないな」
彼はそっけなく言った。そしてタバコを消して立ち上がった。机の上にある本を取り、
「この本は後で読ませてもらうよ」と言った。どうぞ勝手にと私は答えた。
彼は、ジョン、ジョンと名前を呼んだ。犬の名前のようだ。犬は駆け寄った。
「名前を付けてみた。どうだろう?」
「いいんじゃないですか。普通で」
人間普通が一番だと彼は答えた。彼は犬を連れて、じゃあ私は行くよと応接室から出て行った。私は彼を見送るため、一緒に通りまでついて行った。
外は夜だった。私は、仕事頑張ってくださいと言って、手を振り、彼を送り出した。彼も手を振っていた。彼は暗闇の中に消えていった。
そして私は一人になった。




