だから、タイトルが『一文字日記』なんだ。
~吉本side~
ギイィィィ………
扉が嫌な音を立てて、軋みながら開かれる。開けた先の部屋は、当然ながら真っ暗で何も見えなかった。
正直部屋の明かりをつけるのはとてつもなくためらった。でも、あの日記の解き方が合っているとすれば、深瀬くんは間違いなくここにいる。
しかし、“無事である”保証はどこにもない。
もしかしたら………もう………………
この先は考えたくもなかった。
とにかく現実と向き合おうと決心した私は、震える手で明かりのスイッチを押した。
カチッ
「ヒッ…………………………………!!!!!」
そこには
うつぶせになり
身体中から血を流し
人形のように横たわった
会いたくてたまらなかった“はず”の
深瀬くんの姿があった。
「…………!………………!!…………………………!!」
もはや声すら出なかった。
その代わりに、涙が目からポロポロと溢れてくる。
やっぱり、私の考えは合っていた。
それが、こんな最悪な形で合うなんて。
ショックのあまりその意識が飛び始めたとき、
「なにしてるの?」
全ての張本人である彼の嗤うような声が聞こえた。
「もう一回聞くよ。なにしてるの?」
「………………………来ないで。」
「答えになってないよ。それでさ、男の話、途中だったよね。」
そんなもの、聞きたくもない。
「妻が扉を開けてしまってからだよね。その扉の先には………………言わなくても分かるよね?今までの妻たちの死体が部屋中に転がっていたんだ。」
「何が言いたいの?」
「まあつまり、入るなと言われた部屋には絶対入ってはいけないってこと。もし入ってしまったら、おんなじ運命をたどってしまうということ。」
「そんなもの、聞かせて、どうするつもり?」
「そんなにトゲのある言い方をしないでよ。だってさ、僕が何故ここまでしたのかぐらいは分かってくれるよね?」
わかりたくもない。
「確かに殺したのは僕だけど、根本的な原因はみんなにあるんだよ?クラスのヤツらは馴れ馴れしく深瀬くんに話しかけるし、吉本ちゃんなんか彼女にまでなっちゃったじゃん。」
………………ねぇ、僕、何か間違ってる?
「…………間違えまくってる。何に怒っても、殺すことだけはしてはいけない。例えまわりが煙たかったとしても、何も悪くない深瀬くんを、……アンタは…………っ!!」
「あーハイハイ。そこまで。」
私の悲痛な叫びを遮った彼は、これまでにないほどの冷酷な目をしていた。
「吉本ちゃんさぁ、今の自分の立場分かってる?」
そう言った榊原くんの手には、
刃渡り30㎝はある“血がこびり付いた”包丁が握られていた。
まさか…………………………
「仕方ないよ。結局この部屋に入った時点でこうなることは絶対だったんだからさ。でも良かったね。向こうで深瀬くんに会えるじゃん。でもまあ、2人きりにはさせないよ。僕もすぐにあとを追うからね。」
「さ、榊原くん、待っ…………………!!」
「またね。」
ザシュッッ
痛い
熱い
苦しい
目が霞む
私、死ぬんだ
少しでも早く異変に気づいてたら、結果は変わっていたかもしれないのに
何も出来なかった
ごめんなさい
何に謝っているのかもわからない
でも、謝らないといけなかった
殺されてしまった深瀬くんに?
心を病ませてしまった榊原くんに?
いや、誰かも分からない
誰でもいい
巻き込んでしまった全ての人へ…
ゴ メ ン ナ サ イ
……………………………………
~榊原side~
目の前には息絶えた少女。
自分の手には包丁。
本当は、殺すつもりなんかなかった。
誰にも知られないまま、全てを終わらせようとした。
だけど、彼女に見つかってしまった。
だから、仕方なかったんだ。
僕だって、日記の意味は読み取っていた。でも、どうせ外には出られないからと油断していた。
自分で招いておきながら、彼女に見られてしまうなんて。
そしてそのまま、殺してしまうなんて。
ゴメンね。
あの日記、分かってたよ。
“それぞれの日付の『最初』の一文字を読み、つなげていけば、一つのメッセージになること”を。
そして、“『最後』の一文字ずつには僕の心情が現されていたこと”も。
だから、タイトルが『一文字日記』なんだ。
もう、これで本当に全てを終わらせよう。
もう誰も僕を止める人はいない。
深瀬くん
吉本ちゃん
ゴメンね?
バイバイ。