第九話
長方形の箱に敷き詰められたチョコレートを一つ、口へ運ぶ。チョコは口内の熱でゆっくり溶け、舌の上にまんべんなく広がっていく。
「どう? おいしい?」
すぐ隣に座った歩波が顔を覗き込んでくる。
「……苦い」
「うそ。甘いのをくださいって店員に言ったのよ。そんなはずないわ」
机の上の箱に、横から手が伸びてくる。
歩波は買ったチョコレートを自分の口に放り込んだ。ひとしきり味わったあと、不思議そうに首を傾げた。
「ちゃんと甘いじゃない。あんた、味覚までバカになっちゃったの?」
ため息混じりに、横目が向けられる。言い方には棘があったが、不機嫌さは見られない。むしろ上機嫌だ。
忍ちゃんを追いかけるため、校門に放置しようとしたときは珍しく本気で怒っていた。尾を引いても仕方がないと半ば覚悟していた。ところが校門に戻ってきた俺を見るなり、歩波は態度を一転させたのだった。薄く笑うばかりで、文句を一つとして言ってこない。俺の部屋に入ってからも、それは続いている。
気味が悪いが、それが救いでもあった。恋人の機嫌を取っている余裕なんて、今の俺にはかけらも残っていない。視聴覚室を出てからずっと、頭の中は別の女のことで占められていた。
「キスってのは甘くて、楽しいものだと思ってたんだけど」
視聴覚室での、後輩とのキスは夢だったのではないか? ついさっきの出来事のはずなのに、現実感を喪失していた。口腔内に残るビターな香りだけが、あれは本物だったと突きつけてくる。
「苦いキスもあるんだな」
考えなしに言葉を垂れ流す唇に、歩波はそっと口づけで蓋をしてきた。
「かわいそうな錬」
薄暗い部屋の中で、歩波の笑顔のところどころに陰が落ちていた。蠱惑的な笑みだ。誰でもいいから、むしょうに女を抱きたい気分になった。
俺はその欲求に抗うことはしなかった。
カーペットの上に、歩波の体を横たえた。どこに唇を寄せても、歩波は嬌声をあげ、受け入れてくれる。俺は逃げようとしていたのかもしれない。あるいは、忘れようと。しかしどれだけ恋人の体にキスをしても、忍ちゃんがくれたチョコレートの味は、いつまでも口の中から消えてくれなかった。
「もうグロい話は…普通の話が読みたいです」
知人にそんなことを言われ、書いてみたのが本作。作中で涙は出てきたけど血は流れなかったよ。俺だって普通の話書けたぜ!^ω^)ノシ
なにげに今年初めての小説です。
今年のバレンタインはチョコレートもらえるかな?
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