第五話
休み時間の渡り廊下では、生徒が行き交っている。移動教室の授業がついさっき終わったばかり。俺は筆記用具と教科書を片手に、自分の教室へ戻る途上だった。
隣を歩いていた友人の発した一言に、思わず聞き返していた。
「チョコ?」
「バレンタインだよ。もう来週だろ」
いちいち説明するのも面倒とでも言いたげな口ぶりだった。
「あー、今年は可愛い子からもらえねぇかなぁ、チョコ」
「義理なら誰かからもらえるだろ」
「バッカ、本命じゃなきゃ意味がねぇよ」
しかめっ面をされてしまう。
「錬はいいよなぁ、恋人がいるんだから。もらえるに決まってんだから。しかもけっこう可愛いんだろ、カノジョ」
「まぁな」
「ま、あ、な……だと! この野郎、調子こいてんじゃねぇよ!」
友人の腕が首に回され、締め上げようとしてくる。
「ひがむな、ひがむな」
筋肉質な下腕を叩く。
数人の女子生徒のグループが渡り廊下を俺たちの前から来て、すぐ横を通り過ぎた。甲高い笑い声が背後へと遠ざかっていく。その彼女たちからかなり離れて、地味な女子生徒が一人、教科書を胸に抱えてこちらへ歩いてくるのが見えた。
「忍ちゃん」
声をかけると、女の子は顔を上げた。
「よぅ」
眼鏡の奥の瞳が俺を捉えた。
ぺこり、頭が下げられる。
「こんにちは」
他人行儀な挨拶が返された。
首に友人の腕が絡んだままで、俺は足を止めた。
「忍ちゃんもこれから移動教室?」
近づいたところで、ほんの世間話くらいの感覚で話しかけてみた。
忍ちゃんは歩みを止めることはなかった。顔を伏せて、なにも言わずに去ってしまう。すれ違い、小さくなっていく後輩の背中をため息とともに見送った。
「無視されてやがんの」
「うるせぇよ」
ケラケラ笑いながら、友人は腕を離した。
「お前、もしかしてわりと変わった趣味してるのか? あんな地味なの」
忍ちゃんの背中は見えなくなっていた。
「話してみると面白い子だぜ」
「なんだよ、錬。あの子からもチョコもらおうっていう魂胆じゃねぇだろうな。カノジョいるのに!」
「そんなわけあるか」
友人の疑いは突拍子もないものだった。忍ちゃんからチョコをもらおうなんて企みは本当に無かったのだ。
指摘されるまで、気づきもしなかった。
忍ちゃんからのバレンタインチョコ。もらえる可能性は充分にあった。欲しいわけではない。ただ漠然と、きっとくれるものだと思っただけだ。
なんといっても、忍ちゃんには好意を持たれているのだから。




