王の『伴侶』は瞑目する
「猶予…と言うよりは期限かな。とりあえず1年。それ以上は多分躱しきれないから。」
夜中の寝室にて、薄明りの下少女は続けた。
「その間にお互い『本命』が見つけられなかったら。悪いケド完全に巻き込ませてもらうよ。」
その言葉に私は頷いて、くしゃりと彼女の黒髪を撫ぜまわした。
「お互い見つかると良いね。特に君は。」
私自身は、結構どうでも良いという気分になっているから。そもそも我が家は没落の憂き目に遭っているので、そこへ縁を望む相手は余程の酔狂者か、名ばかりの公爵家を手に入れたいのか、と言ったところだろうし。かといって貴族社会を泳ぎ切る自信もそんなに無いから、律教会の巡礼師になんて成った訳だし。更に経済的にかなり危ない状態なので、絶対に胸を張って言えない職業にも手を染めて、先日夜中に此処を訪れた。その結果となるこの状況は、実の所私の人生の中ではかなりのイレギュラーだった。
「じゃあ、そういうことで。これからよろしく、『伴侶』殿。」
クスクス笑ってそう言う旧友の、私を見返す深翠の瞳は、机を並べていた頃よりもずっと強い光を灯していて。当時護ろうとしていた『自分と家族』という狭い範囲だけでなく、もっと広く『護りたい者』が増えた、その責任と覚悟が覗えて。改めて彼女は『一国の王』になったんだなと、実感する。
「こちらこそよろしく、『伴侶』様。」
「……君に『様』付けされると変な感じだね。」
「そっくり返すよ、その言葉。私だって君に『殿』付けされるのは変な感じなんだから。」
お互いに『微妙』と顔に出してから、ひそめた笑いを吐き出して。
どちらからともなく口付けて、暇乞いの挨拶と、期限の開始を自覚した。
公式の夜会があれば出席して牽制兼ねて公然とイチャついて。時折巡礼師として謁見に訪れて。たまに一個人として泊まり込みに行き。彼女に差し向けられた暗殺者を、気が向いたら秘密裏に始末して。時間が許せば、互いの成果を真夜中の寝室で報告し合う。
そんな生活を続けてきたけれど、期限は無情にやって来た。
「……結局、巻き込むことになっちゃったなぁ……ごめんね。」
寝台でぐったりとうつぶせる彼女の手の中には、公文書。私との婚約について記されている。
「謝る事ないよ。私も『本命』見つからなかったし。」
一年前よりも伸びた彼女の黒髪をいじりながら、苦笑する。尤も私は、見つける気がなかったからこの結果は当然の帰結だ。
「でも、本当に良かったのかい?君、本気で『本命』探してなかったでしょ?」
「君はすさまじく慎重に探してたけど、やっぱり駄目だったんだ?」
ばれてるだろうなとは思っていたけれど、ソレを口に出して言われるのはなんとなく居心地が悪いので。彼女の成果を改めて問うことにしたら、溜息で返された。
「うーん……無理。僕の立場が欲しいヒトが殆どだったし。かといって『国王』じゃない『僕』を見てくれるヒトっていうと、君とかみたいに友情だからね。」
「あの男の子はダメだったのかい?」
「………7歳児と婚約とか、僕を男児性愛者にでもする気?」
予想通りというか、顔をしかめて私を見る様子に思わず笑いが漏れてしまう。
「ダミーな私と婚約も、十分おかしいけどね。」
それ以上に、旧友とは言え自分の命を狙った元暗殺者相手に公然とイチャついていたのは、かなりおかしいはずだけれど。そこは再会の襲撃時から一貫してスルーされている。
「これからはダミーじゃなくなるけどね。もう一回聞くけど、君はソレで平気なの?」
「今更じゃない?本気で嫌だったら、先ずこの話持ちかけられた時点で頷かなかったよ。」
「…あれ、僕の持論に根負けしただけじゃなかったんだ?」
「報酬がある事にもつられました。でもね、君と一緒にいるのは楽しかったし、友情も勿論あるけれどそれ以上の『好き』もあったから。だから引き受けたんだよ。この1年で友情よりも恋情の方が比重大きくなってったしね。」
私の言葉を静かに聞く彼女。その頬が熱を帯びて、顔や耳、首筋まで赤くなっていく。
「…ソレは……うん、ありがとう。というか、臆面もなく言われると照れるよ。そのセリフは。」
その割には言葉に動揺がないのが不思議だけれど。伏せた深翠の瞳は所在無げに泳いでいた。
「うん、まぁ。私の方はそういう訳だから、異論は全くないけれど。君は如何なの?」
「……………そうだね。ここ何か月かは、意識して『平然とイチャついてた』よ。単なる牽制の『フリ』というには難しくなってきたから。」
「ということは、つまりどういう事かな?」
決定的な言葉は未だ貰えてないので、ツッコんでみる。私ばっかり真っ正直に答えてるのは何だか不公平な気分だから。
「本当に性質悪くなってるな、君は……。」
「そんなのとっくに知ってるでしょ。」
そんな私に溜息を吐いて。彼女はようやく白状する。
「旧友としての友情は勿論あるよ。でもこの1年君と一緒にイチャついて、君を男性として好きになっていった。瓢箪から駒というか、嘘から出た真と言おうか……。我ながら、何が起こるか分からないモノだね。」
寝台から起き上がり、姿勢を正して彼女は続けた。
「だから、改めて。ダミーでなく本当の意味で。僕の伴侶になってくれませんか。」
「うわぁ、先越されちゃったよ…。」
二十歳とは思えない位かわいい顔してるのに態度男前って、何それ。『女性だけど男前』は君の所の最強特攻隊長さんだけで十分だよ。上司の君までならなくていいから。本当に。
まぁどちらにしても、この状態では失礼だから。楽に腰かけていただけの状態から、彼女と同様に居住まいを正して、その深翠をまっすぐ見下ろす。
「申し出感謝いたします。その前に、此方からも一言言わせてください。」
こくりと頷く彼女の左手を掬い上げ、私も告げる。
「貴女の国の民でもなく、名ばかりの公爵家の末席で、律教会の巡礼師をするような身の上ですが。私と共に添い遂げる伴侶となって頂けますか?」
「……どっちから言っても、答え同じなのに。しかも僕より丁寧だ。」
「そこはソレ。求婚するのとされるのは大違いだよ。特に男としてはね。」
「そんなもんなの?」
「そんなものだよ。」
それで返事は?と問うように見つめたら、此方の左手を掬い上げ。薬指に紅い唇が触れた。
「此処は教会じゃないし司祭が居る訳でも見届ける人も居ないケド。君との新しい関係を築くことを嬉しく思うし、これからが楽しみだよ。」
静かに笑う彼女は、すっかり落ち着いてしまっている。何でこんなに男前になっちゃったかな…。現在は国軍となってる当時の反乱軍での総司令歴は今年で4年だし、『国王』になってもう2年経つのだから、必然なのかもしれないけれど……正直勘弁してほしい。それでも。
「本当に、これからが楽しみだね。ああ、そうだ。これからは本心からイチャつかせて貰うから、覚悟しておいてね。」
「っ!!」
動揺させついでに、口付けをして。暇乞いの挨拶と、新しい関係の開始を宣言した。
此処まで読んでいただきありがとうございます。『へペペ軍しりーず』ゲリラ投稿二作目にございます。「これ書いてる暇あったら、自サイト更新と妖繰連載如何にかせやぁ!」と、セルフツッコミ入れておきます。衝動の生き物ですみません(平伏)。
今回は国王陛下とその伴侶で書いてみました。1年間の上っ面イチャつき内容は割愛しました(汗)。ネタとしては在るんですが、如何せんソレを書こうとすると、私がこっぱずかしさに悶え死ぬ未来が見えまして、断念いたしました。否、この文章だけでも結構こっぱずかしいのですが…。
もう一つ、実験的にしてみたことがありまして。題して『何処まで固有名詞無しで書けるかな?』です。……上手くいったでしょうか?