0・ある《カジノオーナー》の決意
巨大なテントの中は、異様な暑さに包まれていた。
沸き立つ人々の熱気で、至る所に建てられた松明の炎で。
ただ、《彼》の目の前の男だけは違った。
「お客様。賭け金が無いようですが」
《彼》がデックをシャッフルしながら、問いかける。
対面に座る男は、客だ。
近年発達した製紙・印刷産業でひと山を当てた成金の平民。
ほんの先程まで、絹であしらわれた上等な衣類ときらびやかな宝飾品に身を包んでいた若者は、今はもうただ絶望の中で震えるだけだった。
金も無ければ財産も無い。
あるのは、借金だけ。
成金の隣では山ほどの黄金を得た男が、まるで屠殺場の豚に対するような憐みを向けている。
「オレは、オレは負けないんだ」
血の気を失った唇から震える声が漏れる。
「イカサマだ。イカサマだ。オレを誰だと思っている。こんなの、認められる訳がないだろうっ!」
だが、悲痛な叫びに答えるものはいない。
「イカサマ? 心外ですね」
片眉をはね上げ、客だった男へ静かに告げる。
「金の前では、全て平等。一度は成功者となったお客様は分かっている事でしょう?」
そう、《金は力》だ。
戦乱の時代は終わり、通商が活発になった現代。これからの力は武力でも魔術でもなく金となる。
金さえあれば、何でも手に入る。
同時に、全てをぶち壊しにする事も可能になるのだ。
《彼》の目的はただ一つ。
全ての、破壊。
――だが、その前にやることがある。
復讐だ。
あの男への、報復だ。
思い出す度に失った筈の右手が疼き、怒りと憎悪で発狂しそうになる。
《彼》は、乗り越えなければならなかった。
金と、そして多くの時間を費やして構築してきたこの《システム》で。
《深淵の智将》カエデを、倒さなければならないのだ。
彼の右手を、部下を、家族を奪ったあの男を。
憎むべき、敵を。
「お引き取り下さい。逃げても無駄ですよ。地の果てまでも取り立ては行いますので」
静かな決意を胸に隠し、《彼》は破産した成金を追い払うのだった。