2・魔術世界の《密室殺人事件》!?
「最後にお客様を見たのは、私だと思います」
神妙な顔で第一発見者であるマリアが、対面の取調官へと告げる。
ここは王都である《城砦都市リオ》の中央に位置する警察官吏局。
ここ八年ほどで急速に整備された国家警察機構の中心である。
明かり取りの小さな窓があるだけの石造りの狭い部屋で、モカとマリアは取調べの警吏《達》と机越し向き合って座っていた。
「自室で夕食を希望とのことでしたので、食器を下げに覗った時……午後八時だったと思います。その時に『明日は午前七時に起こしてくれ』と」
「……んで、起こしに行った時は死んでたってワケか」
こめかみを叩きながら、《対面のカエデ》が相槌を打つ。
「つまり犯行時刻は午後八時から午前七時の間。現場に火の気は無かったんだよな」
調書を指でなぞりながら、取調官に向かってカエデが問う。警察が来てすぐに部屋を追い出されたので、彼の情報源は調書しかないのだ。
「ええ。ランプはありましたが、テーブルの上で火は消えていました。遺体の損壊から見ても、事故死のセンは薄いと思われるであります!」
「しかもドアには鍵がかかっていた、と」
「そちらの子が嘘をついていなければ、でありますが」
取調官が鋭い視線を向ける。自身に疑いを向けられる事を感じ取り、マリアの表情に怯えの色が浮かんだ。
マリアが犯人な訳がない。彼女は宿泊客の要望通りの時間に起こしに行っただけだ。しかし、どんなに呼んでも返事がない為、鍵を開けて中を確認したのだと言う。
「合鍵を持ち出す時は私に言いなさいといつも言っているでしょう。規則違反よ?」
「すいません。でも、チーフってば、オーナーと楽しそうにしてたから言い出せなくて」
マリアがカエデに視線を注ぎ呟く。
恐らく、起こしに行った時の事を言っているのだろう。とてつもなく心外だった。
「ところで先生?」
「何だ?」
「何で先生が警察の方と一緒に取調べをしているんです?」
「はっはっは。笑顔が怖いぞ。彼が良いと言ったんだから別に良いだろう」
「はっ。元筆頭政務官殿の協力が得れるのは光栄であります! ですがどうか内密に……」
取調官も取調官だ。今はただの民間人であるカエデに好き勝手をさせ過ぎである。こんなボンクラが殺人事件の解決に役立つ訳がないのに。
「ところで、元筆頭政務官殿は被害者の身元はご存知ですか?」
「知らん!」
取調官の質問にきっぱりと答えるカエデ。とりあえず机の下から蹴りを入れておいた。
「宿帳によると、隣国の商人だそうです。名前はカルロスさんで、年齢は三十七。こちらに分かるのはその程度ですね」
王都でもある城砦都市リオへの出入りは名簿で管理されている。名前さえ分かればある程度の身元は判明するだろう。遺体の国元への搬送などは門外漢の為モカには分からなかった。
「密室か。参ったな」
カエデが呟くのも無理はない。
現場に火の気は無かった。そして、ドアにも窓にも鍵がかかっている。こじ開けられた形跡は無いとの事。
それどころか、被害者の悲鳴一つ聞こえなかったと言うのだ。
ホテルの防音設備がしっかりしていると褒めるべきなのだろうが、あまり嬉しい事では無かった。
「鍵を持っているのは従業員だけだしな。警察は俺も含めて疑っているんだろう?」
カエデの言う通りだった。
モカ自身は従業員の無実を信じているが、警察はそうは思ってくれないだろう。
恫喝混じりの取り調べ。拷問。冤罪。有罪。実刑。死刑。斬首。
様々な想像が頭をよぎり、マリアと抱き合い体を震わす。
「ご安心ください。既に容疑者は確保済みであります」
しかし彼女たちの予想に反して、取調官の答えは軽い物だった。
「この国の英雄を疑ったりはしませんよ。と、言いたいのですが……」
だが、すぐに彼の表情が苦いものへと変わる。
しばしの沈黙。
やがて、迷うように取調官が口を開いた。
「昨夜、被害者と口論をしている女性がいたとの証言があります」
その話ならモカも直接耳にしていた。
被害者であるカルロスの部屋から激しく言い争う声が聞こえたのだ。
ドアが半開きになっていた為、恐らく三階の廊下全体に響いていたことだろう。
「だったらソイツが《最有力容疑者》じゃないのか? カルロスは外国の商人なんだろう。わざわざこの国で殺す動機を持っている奴はそういない」
「はい。ご存じのとおり、殺人事件で最も重要なのは動機でありますから。それに、犯行の方法も大体判明していて、逮捕もしたのでありますが……」
更に煮え切らない態度になる取調官。
――もしかして。
ホテルの業務に興味を持たないカエデには分からないようだが、モカには取調官が迷う理由がはっきりと理解できた。
彼女はホテルに出入りしている人間の顔のほとんどを記憶しているのだ。
「何と言うか……《逮捕した容疑者も英雄》なんですよ……」
――やっぱり。
自身の予想が的中し、思わず胸が高鳴る。
この国、サン・メディス王国には二人の有名な英雄が存在する。
一人は白い外套を身にまとった男。《深淵の智将・カエデ》。
そしてもう一人が。
「英雄? まさか、《爆炎の魔術姫・フランシスカ》か?」
カエデの言葉に、取調官が頷く。
《爆炎》と《深淵》。
ほんの十年近く前まで、この国は常に貴族たちが覇権を争って戦を続けていた。
五十年にも及ぶ長い乱世。資源は常に戦争に用いられ、平民は飢えながらも兵士として徴用されていた悪夢の時代。
だが、その悪夢に終止符を打ったのが、現国王と《王の双翼》だった。
貴族豪族が群雄割拠する戦国の時代に終止符を打った、伝説の英雄。
片やどんな絶望的戦況でも起死回生の策を編み出す、深淵の智将カエデ。
片やカエデの荒唐無稽な策を信じ、強大無比な魔術によって想定以上の戦果をもたらす、爆炎の魔術姫フランシスカ。
二人の活躍は、多くの書物や戯曲で物語として語られるほどだ。
最も、今のカエデからは想像できないおとぎ話だが。
「なるほど。鍵のかかった部屋の焼死体。動機のある魔術師。魔素の反応は出たのか?」
「はい。腕の立つ魔術師数人に立ち会ってもらった結果、遺体からは魔術によって攻撃された反応が出ています」
「だとしたら、決まりだな……だがなぁ」
大きく息を吐きながら、カエデが背もたれに体重を預ける。
言葉とは裏腹に彼は張れない表情をしていた。
「どうしたんです、先生? 変な顔して」
「一つ。たった一つだけ疑問が残るんだよ。とてつもなく大きな疑問がな」
「疑問って、そんなに悩むものなんですか?」
カエデの疑問をモカには理解できない。
伝説の英雄が殺人犯と言うのは空恐ろしいものがあったが《鍵のかかった部屋の中で人が焼け死んでいる》のならば、魔術師が犯人である事も納得できる。
魔術ならば、火の気のない場所で人を焼く事も出来るし、鍵のかかった扉を開けることだって不可能ではないはずだ。
モカの好奇心に満ちた目を受け、カエデが《疑問》を言葉にしようと口を開いた瞬間。
「あたしじゃない! 無実よ、無実! 弁護士を呼びなさい!」
扉を隔てた廊下から、割れんばかりの金切り音が鳴り響いてきた。
若い女の声だ。
声を聞いたカエデが目を輝かせて立ち上がる。そのままドアへと向かい、勢い良く開いた。
「相変わらず騒がしい奴だな」
扉の先に立っていたのは、首の下辺りまで金髪を伸ばした女性。
すらりとした長身と健康そうな小麦色の肌ではあったが、警官二人に両腕を掴まれている姿はどこか弱々しげに見える。
「……カエデ?」
青い瞳を向け、女性が小さく呟いた。
「久しぶりだな。フランシスカ王立研究院院長」
懐かしさと優しさの入り混じった声音。
扉の先の彼女こそが《爆炎の魔術姫》フランシスカだった。
――これは、もしかして!
モカの頭に一つの想像がよぎる。
普段は聞く事の無い優しげなカエデの声。英雄同士の久方ぶりの再会。
かつての相棒同士が再びタッグを組み、冤罪を打ち砕いて真犯人を見つける流れでは無いのだろうか。
友情、努力、勝利。燃えあがる愛。そしてハッピーエンド。
以前、カエデに借りた書物にあった熱い物語がモカの脳内を駆け廻る。
しかし――
「どのツラ下げてあたしの前に姿を見せたワケ? カエデ《元》筆頭政務官」
「おいおい。なぁに寝ぼけた事を言ってるんだ? 裁判で有罪になったらお前にも《元》が付くんだぜ。容疑者さんよ」
――あれ?
フランシスカの突き刺すような冷たい声音。そして、彼女の敵意に応えるような挑発的なカエデの返答。
「あらぁ? 残念ながらあたしは無実なの。人の心配をするより、明日からのホテルの経営の事を考えた方がいいんじゃないかしら」
「はっはっは。忠告ありがとう。とっとと斬首でも何でもなっちまえ腐れアマ」
「あっはっは。どういたしまして。早く潰れて首でも何でもくくってしまいなさい」
――あれれ?
モカだけでなく、カエデの影に隠れて様子をうかがったマリアも口をぽかんと開けている。
二人の間で飛び散る火花。張り詰めた空気。痺れるような緊張感。
もしここにゴングがあれば、大変な事になっていただろう。凄惨な殴り合いの始まりである。
警官がフランシスカを抑えていなければ事件になっていたところだ。《王の双翼、警察局で殴り合い》など、新聞社が黙っていない。
「……あ、あの、もう良いっすか?」
「ああ、ご苦労。早急に真実を解明し、奴を死刑場に送るように」
遠慮しがちな警官の言葉に、カエデが大仰に頷いた。その言葉を合図に、再びフランシスカが警官に引きずられていく。
「あっ、こら! 卑怯よ! 魔術師じゃないあんただって分かってるんでしょ!」
構わず喚くフランシスカ。しかし男二人の腕力には叶わず、徐々に声が遠ざかって行く。
「あの辺一帯は《絶対魔術禁止区域》じゃない! 誰であろうと魔術を使う事が不可能なんだから! だから私は無実だって言ってるでしょぉぉぉぉぉぉ」
――えっ?
呆然としていたモカだったが、フランシスカの叫びで正気に返る。
――《絶対魔術禁止区域》?
今、彼女は何と言った。
《誰であろうと、魔術を使う事は不可能》。そう言わなかっただろうか。
「あの、先生? 今の話……」
「事実だ。それこそがたった一つの疑問なんだよ」
モカの質問に、カエデが苦虫を噛み潰した表情で答える。
「絶対魔術禁止区域。通称《禁魔区域》。王城を中心とした《ホテル・フロル》を含む中央市街地一帯。そこは、どう足掻いても魔術を使用する事が出来ない場所なんだよ」
「そん、な……?」
《殺害現場には鍵がかかっていた》。
《遺体には魔術で攻撃を受けた痕跡がある》。
《容疑者は国一番の魔術師であり、動機がある》。
《しかし、現場は誰であろうと魔術を使う事が出来ない》。
不気味な矛盾に、再びモカは体を震わせることしか出来なかった。
0時に更新すると言ったけど壮絶フライングでした。
0時にもちゃんと更新します。