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まじっく×ろじっく1/2 ~働け! 私の勇者様~  作者: 白城 海
第二話 《封魔結界》のイカサマギャンブルをぶっつぶせ!
12/22

4・カエデの《賭け金》

「注意事項は以上です。それではお楽しみください」

 荷物のチェックを受け、中に入った瞬間、凄まじい寒気が彼女を襲った。

 余りに想像を絶する内部の様子のせいだろうか。それとも、生まれて初めて見る光景によるものだろうか。

 モカはただ、口をぽかんと開けて眺めることしか出来なかった。


――まるで別世界。


 色とりどりの松明は、特殊な油によるものだろう。きらびやかな光が周囲を照らし、屋内だと言うのにまるで昼間のようだ。

 中央に置かれたステージでは芸人の一座が一糸乱れぬ動きでダンスを踊り、歌っている。

 さらには、ステージを中心に並べられたテーブルはフロルに負けず劣らずの豪華な食事や飲み物、酒類が所狭しと置いてあり、それぞれに給仕が付いている。


「知ってるか? ここにあるモノ、タダで好きなだけ食っていいんだぞ?」

 お手製の車輪付きケースを引きずりながら、カエデが中央のテーブルを指差す。

「冗談はやめて下さい。さすがに私でも嘘だってわかります!」

「本当よ。逆に言えば、それだけ荒稼ぎしてるってことね」

 フランシスカが言うのなら、本当なのだろう。信じられない話ではあったが。


「中も想像以上だな。《封魔結界》も効いているようだしな」

「ほへ? 分かるんですか?」

「入った時に寒気がしただろう? ある種の強力な結界に踏み入れると、魔術師でなくとも分かるんだ。恐らく、出る時も同じように寒気を感じるはずだろうよ」

 質問をしたのはモカだというのに、実は彼女自身あまり聞いていなかった。

 数えきれないほどの遊戯卓(ゲーム・テーブル)。ダイスを使った物から、カード、ルーレットまで内容は様々だ。それぞれで老若男女が笑い、叫び、嘆く声が随所で聞こえてくる。

 モカは、完全に場の雰囲気にのまれていた。


「……調べ通り。いくつかは《深淵》の知識から引っ張ってきたみたいだな」

 入り口で配られていた冊子を読みながらカエデが小さく呟く。ゲームの内容やルールの説明がイラストと共に描かれている貸出物だった。

「おい、しっかりしろモカ。とりあえず観光だ。行くぞ」

「じゃあ私はあっちを見てくるわね」

 かねてよりの打ち合わせ通り、二手に分かれて《観光》を行う。

 適当に食べ物を皿に取り、不自然に思われないよう敵情視察を行うのだ。


「どうやら、中央から端に行くに従って賭け(マツクスベツト)がデカくなっていく仕組みのようだな」

「よく考えられてますねー」

 遊びやすい中央のテーブルと、スリルを楽しめる端のテーブル。

 イカサマが行われていると知っていても、一度は遊んでみたくなる魔力があった。


「うわっ、あっちなんて《無制限(ノーリミット)》って書いてますよ!」

 テントの外壁に最も近い卓を指差し、告げた瞬間だった。


「ば、馬鹿なァァァァァァァァァッ!」

 モカの指差したテーブルから、男の悲鳴が上がった。

 近づいて注視してみると、賭け金無制限のテーブルで上等そうな身なりの男が髪の毛をかきむしっている。


「お客様。プレイを続行なれますか?」

 男の対面に座るディーラーが張りついた笑顔で問いかけた。


「ふ、ふふふふざけるな! もう金なんかないぞ! 借用書まで書かされたじゃないか! も、もう僕には何も無い。何も無いんだよ! 譲り受けた屋敷も、宝石のコレクションも、全部貴様に奪われたじゃないか!」

「では申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑になりますので退席をお願い致します」

「ば、ばばば馬鹿にするな! 僕は貴族だぞ! 負けたまま引きさがれるかッ!!」

 余程気に障ったのか、椅子から立ち上がった男がディーラーを指差しまくしたてる。

 聞き覚えのある声だった。棘のある喋り方にもどこか覚えがある。


「も、もう一枚借用書を書こうじゃあないか。由緒正しきシルヴァ家が二男。こ、このリキド・ダ・シルヴァが!」


――あぁ、あの人か。


 以前、取調室でカエデを殴った男。リキなんとか検事だった。


「……公僕にもここには来るなって触れは出てたはずなんだがな。まあ、あいつなら仕方ないか。愚かだし」

「愚かですしね」

 半ば諦めた口調でモカ達が頷き合っていると、すぐにまたリキドの悲痛な悲鳴が上がった。もちろん、敗北の叫びだ。


「やっぱり愚かでしたね」

「……だが、愚か者と言えばもう一人いるようだ」

 カエデが指差した向こうには――


「きゃあああああああああああああああああ!!!」

 鮮やかな炎に巻かれるフランシスカの姿があった。


「見ろ、モカ。あれが《封魔結界》だ。国一番の魔術師と言えど、この中では市街地と同じように何も出来ん」

「たす、たすけ……たすけてーーー!」

 炎を消そうと魔術を放とうとするフランシスカ。だがその瞬間、《封魔結界》が効果を発動し、炎がさらに勢いを増す。

「どうやら見た目ほど高温ではないようだな。とは言っても無事では済まんが」

 やけに冷静な解説を行うカエデを尻目に、カジノのスタッフたちが消火活動を行う。

 そして数十秒後。床に転がっていたのは、黒焦げの衣類を申し訳程度に纏い、びしょ濡れになって震える愚か者の姿だった。


「……シ、シャンパンがぬるかったから冷やそうと思って」

「お引き取り下さいませ」

 そのまま屈強な男達に引きずられ、外へと運び出されるフランシスカ。


「何しに来たんだあいつは。日常生活でも魔術を使っているからと言って、軽率すぎだぞ」

「……さあ?」

「まあ、生きていれば自分で治療できるだろ。《爆炎の魔術姫》を名乗ってんだからな」

 二人の間に漂う間抜けな空気を振り払うようにカエデが呟く。

 その後は特に説明するような事件は起きなかった。他の卓を見て回ったり、時には小銭を賭けてプレイを行った程度だ


 そして三十分後。

 再び聞き覚えのある悲鳴がテントに響き渡った。

 同時に、歓声が湧く。ほとんどが敗者への慰めだったが、その中にある一つの《暗号》が混じっていた。


 国王より借り受けた《シノビ》による合図だ。


「……カウントはワンデックのプラス八。リキドのテーブルか。行くぞ」

 気付けば、カエデの瞳が鋭い物へと変わっていた。

 氷の如く冷たく、野獣の如き獰猛なものへと。


 カエデがケースを引きながらゆっくりと歩みを進め、床に倒れ伏すリキドを踏みつぶし、テーブルの前に立つ。


 ディーラーは、先程までリキドに向けていた笑顔そのままにカエデを見つめていた。

 七三に無理矢理分けた癖の強い髪の毛。仕立ての良い絹のシャツに不釣り合いな紅白柄ベストはさながら道化を思わせる。両の手にはめられた白い手袋もまた、道化らしさに拍車をかけていた。


――何か、イヤな感じ。

 壁側のテーブルは、後ろからの覗き見を防止するために立ち入り禁止のロープで区切られている。モカには、ディーラーの張りついた笑みが《ロープの向こうから見下している》ように見えたのだ。

 感情を押し殺し、主の後ろに佇む。彼女に出来る事は、ほとんどない。


「空いているだろ?」

「えぇ、どうぞ。ルールはご存知ですか?」

 遊戯卓は、五人のプレイヤーが腰掛けるための席が存在した。今は全ての椅子が空いており、カエデは中央の席にどかりと座る。

「いや、初めてだ。冊子しか読んでいないので教えてほしい」

 ディーラーの言葉に、はっきりと嘘を答えるカエデ。


――また堂々と。

 思わず半眼になりそうだったが、堪える。 

 既にモカ達はテント内で行われているギャンブルを調べ尽くしていた。

 ダイスを使ったものが三種類。カードを使った物が三種類。そして、盤と小さなボールを用いたルーレット。

 全てのゲームのルールを入念に調査し、レプリカを作成し、カエデの言う《確率論》を基にシミュレーションしてきた。


「あぁ、その前に質問があるんだった」

 カエデが車輪付きの皮鞄を指差し、ディーラーへと問いかける。


「賭け金は貨幣でなくても構わないんだよな?」

「はい。このテーブルに乗る物でしたら、ありとあらゆるものに値付けさせていただき、純金と交換させていただいております。それが当会場のウリですので」

「純金がチップ代わりか。だったら都合が良い。モカ、手伝ってくれ」

 いつものように唇を歪めたカエデに呼ばれ、無言でケースを持ち上げる。

 この車輪付きケース、実は見た目より遥かに重い。想像を絶する、と言っても過言ではないだろう。


 何故なら――


「なら、俺のチップはこいつだ」

 そう言ってカエデが鍵を差し込み、開いた鞄の中には隙間が無いほどに純金の延べ棒が詰まっていた。


 総重量五十キログラムに及ぶ五十本の純金棒(ゴールドバー)。魔術を用い、人の手によるものより遥かな高純度を持つそれはまさに《財宝》である。

 恐らく、ホテル・フロルなら数件は建つだろう。十五人の従業員が一生遊んで暮らせるほどの価値があるのだから。


「さあ、ルールを説明して貰おうか」

 震える手で必死に黄金を抱えるモカを尻目に――


 カエデは例えようも無いほど嬉しそうな声音で告げるのだった。

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