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護、馨を説得する
御徒町の樹里は都で一番の美人で、光源氏の君の血を引く由緒正しき家柄です。
護は馨の前に座して、
「義父上のお言葉は嬉しく思っております。しかし、私は紛れもなく杉下家の長子。義父上の養子になる事はできませぬ」
床に額を擦り付けるようにして頭を下げました。馨は呆然としていましたが、
「ですが、この邸もまた、其方の家。たまには顔を見せてくださいませ」
美子が涙ぐんで跪き、護の手を握りました。
「もちろんです、母上」
護も目を潤ませて言いました。そして再び馨を見て、
「申し訳ありませぬ、義父上。お許しください」
もう一度頭を下げました。それでも馨は反応しません。
「今日は好い機会です。里帰りなさいませ、護殿」
美子が言いました。ハッとする護です。
「そうなんですか」
樹里は笑顔全開です。
(護様はよいお母上に恵まれておいでですね)
廊下で話を聞いていた龍子も涙ぐみました。