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馨、護に断わられる
御徒町の樹里は都で一番の美人で、光源氏の君の血を引く由緒正しき家柄です。
護は義理の父親である内大臣の馨に呼ばれ、彼の仕事部屋に行きました。
「あの話、考えておいてくれたかな?」
馨は猫撫で声で護に尋ねました。
(やはりそうか)
護は心の中で大きな溜息を吐き、
「迷っております」
ぼかして応じました。しかし馨は、
「そのような曖昧な返答はいらぬ。はっきり答えていただきたいのだが?」
半ば怒りを滲ませて返事を迫りました。護は本当に迷ってしまいました。
(如何にすればよいのだ? 私がここで断われば、父上と内府様との関わりがこじれるやも知れぬ)
利発な護は愚かな父親の事まで考えてくれていました。
「誰が愚かだ!」
どこかで地の文の悪口を聞きつけた左京が切れました。
(だが、内府様から逃れる術は他にない)
意を決した護は馨を見据えて、
「お断わり致します。私は杉下家の嫡男ですので」
そこまで言われると思わなかった馨は唖然としました。