表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/3

捜査編

「すみません、飲酒検問にご協力をお願いします。

 まず、免許証をお願いします。

 それから申し訳ありませんが、大きく息を吐き出してください」

 制服警官は車内の酒の臭いに気づき、ことさら丁寧に言った。

男は免許証を警官に差し出し、大げさに演技し息はなるべくそっと吐き出した。

「すみません、もっと大きく息を吐き出してください。遠慮はいりません」

 男は覚悟を決め、これで当分は家には帰れないだろうと思った。

 その時、男は酒を飲んでいたし、四・五日前にM市の大きな屋敷から盗み出した宝石類をダッシュボードの中に置いたままだった。

 警察は男の免許照会をして、彼の前歴に気づけば持ち物や車のなかの捜索をするだろう。

 ここは諦めるしかない。

 男は思いっきり、酒とニンニクの臭いが混じった息を制服警官の顔に吹きかけた。それがせめてもの男に出来る憂さばらしだった。

 午後十一時J市の国道だった。


 翌朝の十時三十分、彼の玄関のブザーが来客を告げた。

 彼が玄関を開けると、そこに中年とまだ二十代前半と思われる男が立っていた。

 今まで気がつかなかったが、庭は雪を覆われていた。積雪十センチ程度だが季節外れの大雪だ。昨夜はそんな気配はなかったのだが。

“刑事”と彼は直感した。“意外と早く来た”

「平賀さんですね?」

 彼はうなずいた。

「お休みのところ申し訳ありませんが、M警察署の田中」と年嵩の男が言い、「西山です」と若い男が言った。

2人とも身分証をちらっと提示しただけだった。

「ちょっとお話をお伺いしたいのですが?」

「何か・・・?」予想より半日早く刑事達がやってきたが、自分でも驚くほど冷静だった。

 それも2人ともそれ程優秀な刑事という感じはなかった。平賀は初対面で相手の性格・能力を見抜くことには自身があった。

「実は先程、平賀さんのお友達の佐野さん。佐野貢さんが死体で自宅の応接間で発見されまして・・・。それで、ちょっとお話をお伺いしたくて・・・」と、田中と名乗った男。

「えっ・・・。佐野さんが死んだ?」平賀は不自然にならない程度に驚いて見せた。

その時、冷たい風が吹き込んできた。

「玄関では寒い。中へどうぞ」

彼は2人の刑事を暖房のきいた十畳程の洋室に案内した。

 部屋にはアルト・サックスの独奏が鳴っていた。

 また、窓際に置かれた机の上にはアルト・サックスが置かれていた。その横には平賀と若く美しい女が並んで笑うフォト・スタンドが置かれていた。

 彼はCDプレーヤーを止め、アンプとCDプレーヤーの電源を落とした。

「それで、佐野さんが自宅で亡くなったとか・・・?」

「今日は土曜日ですが社員が大事な顧客の接待があるので佐野さんを迎えに来て、呼び鈴を鳴らしても佐野さんが出てこられない。玄関がこの寒いのに少し空いているに気づき、中に入って応接間で死んでいる佐野さんを見つけたという訳です」と、田中刑事。

「・・・」

 三人はしばらく押しだまった。

 平賀が我慢できずに言った。

「それで警察が来るということは、佐野さんは殺されたということですか?」

「はい」と、田中。

「昨夜の何時ごろ?」と、平賀。

「詳しい死亡時間は司法解剖をしないと分かりませんが、昨夜十時半前後かと・・・」と、田中。

「それで」と、若い西山が突然言った。「平賀さんは金曜の夜は時々佐野さんと碁をさされる、と家政婦さんに聞いたものですから・・・。昨夜はどうだったかと思いまして?」

「昨夜は9時半頃、特急でM駅に着いてタクシーでそのままこの自宅に帰ってきた。タクシーは***タクシーだったと思います。

 水曜からの県外出張で疲れていから、風呂に入ってそのまま寝てしまった」

 平賀は落ち着いて答えた。余計なことを言わないこと。それが、一番大事だ。これは想定質問で、答えをあらかじめ用意しておいた。

「気を悪くしないで欲しいのですが、一応関係者にはみなさんにお聞きしています。それを証明してくれる人は?」と、田中。

 これも想定内の質問だ。

「ご覧のとおり、一人暮らしで・・・。そう言えば、お茶も出しませんですみません。」

「そんなことはかまいません。

 平賀さんが帰宅されてから、電話があったとか、誰か尋ねてこられたとかは・・・。」

「そう言えば十時三十三分に電話があった。浴室内にデジタル時計がありますから間違いありません。

 きっと、姪の玲子だと思うが。ちょうど風呂に入っていて電話に出そこねた。あれに出ていれば、私のアリバイは確実になったのに・・・」

「どうして、その電話を姪御さんからの電話だと思われているのですか?」

「姪の玲子は私の部下で、列車の中から携帯で頼みたい事があるので十時半過ぎに電話をしてくれと頼んでおきながら、すっかり忘れてしまって風呂にはいってしまった」

「なるほど、他には何かありませんでしたか?」

「・・・。そうだ、その後すぐに、十時三十五分頃、お隣のご主人がご機嫌で都はるみの“北の宿から”を歌いながらタクシーで帰ってきました。それから十分程して、救急車が前の道路を通って、ごく近所で止まり・・・」

「分かりました。平賀さんは昨夜はずうっと自宅におられた・・・」と、田中。「ところで誰か佐野さんを恨んでいる人に心辺りはありませんか?」

“そら、きた”と、平賀は思った。これも想定質問だ。

「さぁ、どうですかね?」と、平賀が考え込んだように言った。「ご存知かも知れませんが、佐野さんは我が県屈指の大手印刷会社の社長さん。彼の会社は最近では、これまで中小の印刷所が受注してきたような小さな仕事まで進出し始めたとか。彼の会社も色々と事情があるのでしょうね。

 それで中小の印刷会社の中には、佐野さんに恨みを持つ連中もいるとか・・・。

 しかし、殺人まで・・・」

「分かりました。ところで、あなたと佐野さんとの関係は?」と、田中。

「単なる碁仲間です。佐野さんの会社とわが社の業務分野とは関係ありませんから、仕事上では付き合いがありません。仕事を発注したこともありません。全く、個人的な付き合いしかありません。

 たまたま近くの碁会所で知り合って実力が同じ程度で、お互いの家を近いし、年も同じくらいということで、よく金曜の夜とか土日にはお互いの屋敷を訪ねあって碁をする仲です」

「しかし、昨夜は尋ねて行かなかったし、佐野さんも尋ねてこなかった」

「はい」

「ところで、家政婦が言うにはお二人は少なくとも一月に一・二回は碁を楽しまれていたのが、二・三月前から突然そういう交流が無くなったようだと言っていました。

 それも、平賀さんの方から絶たれたと聞いたのですが・・・。二人の間で何かあったのでしょうか?」と若い西山が聞いた。

 これも彼にとって想定質問だったので、落ち着いて答えた。

「それは誤解です。この二・三月、私の都合のいいときは佐野さんの都合が悪い。佐野さんの都合がいい時は私の都合が悪かっただけです。私と佐野さんの間にトラブルはありませんでした。」

「なるほで、分かりました」田中が言った。

「ところで、どうして家政婦と連絡がついたのですか?

 確か、家政婦は土・日曜には来なかったはずだが。」

「冷蔵庫の扉に家政婦の連絡先の電話番房のメモがあるのを西山が見つけ電話をしたところ、平賀さんが何かを知っているのではないかと・・・」と、田中。

「なるほど」と平賀。

「それで、警察は佐野さんは何かのトラブル、恨みが元で殺されたと考えているのですか?

例えば、このところこの辺を荒らし回っている泥棒と不幸にも鉢合わせになり、居直った泥棒に殺されたとか・・・」と、平賀。

「えぇ確かに、“居直り泥棒説”もありました。

 もっとも私は“居直り泥棒説”には反対でした。

 確かに応接間と居間は荒らされています。しかし、部屋の荒らされ方が本職の泥棒の荒らし方と違う。

 例えば引き出しの開け方ですけど、本職は下から上へ開けていきます。そうすれば、開けた引き出しを閉めなくてもいい。

 ところが、昨日の佐野さんを殺した犯人は引き出しの一番上から開けて、それを閉めて次の引き出しを開けるという無駄な動きをしています。泥棒を偽装したと私は考えています。

 それに犯人は佐野さんの頭を机の上にあったノート・パソコンで複数回なぐっています。

 顔を見られたと思った泥棒が自分の身を守るためだけに相手を何回も殴るでしょうか?

 私は始めから佐野さんに犯人は殺意を抱いていた、と考えています。

 それにこの辺を荒らし回っていた泥棒は、昨夜ちょうど十一時ごろにJ市の国道の飲酒運転の検問で酒気帯び運転で検挙されました。男が佐野さん殺しの犯人ではありえません」

 M市とJ市は百キロ近く離れていた。

 平賀は一瞬動揺した。

“泥棒に殺人の罪を被ってもらおうと思ったのに、よりによっておれが佐野を殺したその時、捕まるなんて・・・。警察はおれを疑っているのか?あのジャージを始末できるだろうか?”

 平賀はジャージを隠した押入れに視線が行くのを、必死に行くのを我慢した。

「そうなんですか?」と、平賀は平静を装って言った。

 突然田中が話題を変えた。

「ところで、さっきプレーヤーかっていたCDは何ですか?“津軽海峡冬景色”のようでしたけど・・・。」

「あぁ、あれですか。あれは、私が仲間数人と演っているジャズバンドの録音です。高校の頃からアルトを始めて、本当はプロになりたかったのですが、そんな才能が無いのは自分が一番良く分かっていますので諦めました。

 でも、時々、素人バンド仲間でいろんな施設でミニ・コンサートを演奏しています。

 今は素人でも簡単に録音、CDを焼くことができます」

「じゃぁ、平賀さんはその録音機をお持ちなのですか?」と、田中が聞いた。

「いや、私は録音機を持っていない。録音機を持っているのはバンド仲間です。」

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

「ちょっと、失礼します」

平賀が部屋を出て行き、玄関で話しているのが聞こえた。

「気に食わないな」田中が平賀のオーディオ装置を見て言った。

プリ・アンプ、パワー・アンプにCDプレイーヤーにフロアー型のスピーカーのシステム。それだけでざっと300万円。それにPCMチューナー、MDプレイーヤー。ハードディスクに音楽を記録し、CD-Rを焼ける録音機もある。

「おれとほとんど同い年なのに、おれがこの間やっと買ったアンプ・CDプレイーヤとスピーカーとあのプリ・アンプと同じ位の値段だ。気に食わない。奴が犯人だ」

「そんな、無茶な」と、西山があきれたように言った。

「もとろん、自分のオーディオ装置より五・六倍のオーディオ装置を持っているから犯人だというのはジュークだが、彼は何か隠している」

「私は何も・・・」

 その時、平賀が部屋に入ってきて言った。

「昨日の夜の救急車は一軒置いた家でした。

 ご主人が病院に運ばれましたが、病院で亡くなったとのことです。

 その家は後におばあちゃんが一人の残っただけで、お子さんもいない。

 それで、私に葬儀の手伝いをお願いしたいとの班長さんが言ってこられまして・・・」

「お伺いしたいことはお聞きしましたのでこれで失礼します。」と、田中。

「申し訳ありませんがそうしてください」と、平賀が言った。

 何も余計な事は言っていない。

“第四段階問題なし。

もうこの刑事達の顔を見ることも無いだろう”

 平賀は心の中で独り言し、安堵した。


 平賀が外に出ると、まだ刑事達の車があった。

「現場に戻ろう。ちょっと確認したいことがある」と、田中が言った。「左に行ったほうが近い。おれが運転する」

平賀が言った。

「佐野さんの家までの途中で道路工事をしています。ただでさえ狭い道路なのに、この雪だ。表通りを行った方がいいですよ」

「そうですか。じゃぁ、そうします。それでは、これで失礼します」と、田中。

「何か変だ。しっくりきません」西山が平賀の後ろ姿を見ながら言った。「さっきは何も思わなかったのですが、急にしっくりこなくなった。何がしっくりこないのかは分かりませんが・・・」

「平賀が佐野殺しの犯人ホシだ。おれもそう思う。でも、何も証拠がない」

 ちょうどその時、携帯電話をしながら平賀の姿が一軒置いた隣の門の中に消えた。

 車を発進させ、ハンドルを握りながら田中が言った。

「そうか、それがあった。

平賀が姪から電話のあった時間、隣の住人が帰宅した時間、救急車が通った時間を知る方法は分かったが・・・」

 交差点で信号待ちをしていると、コンビニのから父親とお腹の大きな母親とその真ん中でうれしそうにジャンプしている二・三歳の男の子が出てきた。父親の手には大きなレジ袋があった。お茶の2リットルペットボトルとお菓子らしきものが透けて見えた。

 親子三人どこへ出かけるのだろうか?

 親子後に缶コーヒを手にした作業服の三人の男たち、その後に茶髪の若い女が続いてコンビニから出てきた。

 親子は乗用車に乗り、茶髪の女は軽乗用車に乗った。

 三人の男たちが乗り込んだトラックには「山下水道」と書かれていた。

 信号機の柱に立て掛けるように工事案内の看板が立っていた。

「この先500m先 工事中   M市水道課 M警察署 山下水道」

と書かれていた。

「おれ達も缶コーヒでも飲もう」田中が青信号で車を発進させると言った。「この先のコンビニに寄る」

 そして、二人が同時に言った。

「そうか!やはり、彼が犯人だ。彼は墓穴を掘ったのだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ