第3話 入学試験
朝早く、日が昇りはじめた時間にベッドから起きたセイルは、軽い食事を用意され、すでに仕事に出かけているカリスを除いた二人で朝食を食べていた。
最後のスープを飲み終わると、「ごちそうさまでした」と席を立ち、荷物を取りに二階へ。
昨日用意しておいた服に着替え、試験に必要なものをショルダーバッグに詰めかえ、布に巻かれた棒状のものとともに背負う。
「よし、忘れ物はないな」
しっかりと入学試験要項に記載されている項目を確認し、一階の玄関へ。
玄関の前にはすでにナナミが待機しており、表の通りまで出て見送りをしてくれる。
「いってらっしゃい。がんばってきてね」
「はい!!」
気合のこもった返事をして、セイルは学園へ向かった。
国立ユグドラシル学園は、ガーランド王国に存在する。
王都であるブレゼノスからしばらく歩いた場所に敷地があり、世界でも最大規模の敷地面積を誇る。
中央にある多くの校舎は、各学科ごとに分かれ、そのまわりにそれぞれ必要な施設と設備が設けられている。
生徒に関しては、ガイランド国内にだけとどまらず、隣国や教国の生徒も集め、次代につながる各分野のエキスパートを育成・養育を行っている。
さらに生徒の自立性も高めるために学生寮が建てられ、入学が決まった生徒は強制的に入寮させられる。
それは一般人だけでなく、上流貴族や例え一国の王族でさえも同じである。
生徒はそんな学園生活を三年間つづけ、卒業後はそれぞれの目標とした道にすすんで行く。
学園の入り口である大きな門の周りには、受験生だろうか、セイルと同じぐらいの背をした男女が入り乱れる。
所々、統一された黒い制服を身に着けた生徒と、教師のような人たちが大声で説明や案内をしているようだ。
その雑踏とした門の中、セイルはいた。
自分の試験をうける講堂をさがしていると、前方にポッカリと空いた場所がある。
その中心には、一人の女の子がいた。
腰まで届きそうな長い金色の髪。艶やかに濡れたピンク色の唇。
スカートから覗く、スラリとして白い陶器のような美脚。
太陽から降り注ぐ陽光を反射して、エフェクトのように輝く彼女を、周りの人々はぽかん、と口をあけて見惚れている。
彼女はそんな視線を煩わしく感じるのか、優雅な足取りではあるがそそくさとその場を去ってしまう。
そんな姿にセイルも少し見惚れていたが、ハッと意識をとりもどす。
頭をふり、思い出したかのように再び講堂への道をたどって行く。
「やっとついた」
広い敷地を歩きまわり、迷いながらもようやくたどり着き、402と書かれた部屋の前で小さくため息をつく。
横開きの扉を開けると、中にはすでに受験生がたくさんいるようで、友達と話をしている者、席に座り最後の試験対策に取り組んでいる者など、少なくとも二百人はいるようだ。
セイルはその人数に圧倒されながらも、後ろのほうに空いている席に荷物をおいて、腰掛ける。
講堂にたどり着いたのは、結構ギリギリだったようで、数分としないうちに扉が開き、眼鏡をかけた女教師が入ってきた。
ピンッと背筋をはり、皺のないスーツを着こなす彼女は、できる女性といった雰囲気をだしながら、教卓の前に立つ。
「受験者の皆さん、おはようございます。私はこの講堂の試験監督であるリーン・ブロワです」
リーンと紹介された女教師は美人ではあるのだが、受験生を見渡す細いつり目と抑揚の少ない声色で、少々冷たい印象を与えた。
「最初に今日の予定を説明しますからよく聞いておくように。
これから各学科共通の筆記試験を行います。試験時間は校舎の鐘がなってから、鳴り終わるまでの三時間です。
その後、昼食の時間をはさみ各学科の実技試験会場へ移動していただきます。
ここまでで何かわからないことや、質問はありませんか?」
一通り講堂を見渡すリーンだが、質問をする人はいなかったようだ。
「よろしい。では試験用紙を配ります。鐘が鳴るまでは、用紙を表にしないでください」
一番前の席に座っている生徒に、縦一列ぶんの試験用紙を配り、受け取った受験生は用紙一枚だけを残してどんどん後ろに回していく。
後ろの方に座っていたセイルも同じようにした。
用紙が配られ、筆記用具を机の上に用意して待っていると、
カーンッ、カーンッ、カーンッ
鐘の音がなり、リーンの開始の声とともにみんな一斉に用紙をめくり、解きはじめる。
カリカリと鉛筆が走る音。答案に集中し、問題の空欄をうめる作業がつづく。
さすがは一、二を争うユグドラシル学園。
問題のレベルがすごく高い。
できるだけ解答するようにしてはいるが、それでも所々空白のスペースができてしまう。
「ふう」
どれだけ時間が経っただろうか…解答を終わらせ一息ついて座りなおし、肩の力をぬく。
一応、何回か見直しをしてこれなら大丈夫だと判断すると、緊張がとけてきた。
少し余裕ができて自分の周りに目を配ると、問題がとけず手を頭にのせながら唸っている人や完全に爆睡して机につっぷしている人などがいた。
カーンッ、カーンッ、カーンッ
試験時間が終わったのだろう。
終了の合図である鐘が再び鳴った。
監督官であるリーンは手早く試験用紙を回収し、次の実技訓練担当の教師がくるまで昼食を食べて休憩するようにと言い残し、退出していく。
それを聞いた受験生たちは、それぞれお弁当をひろげたり、学園内にある購買に向かう。
セイルもお弁当は用意していない組だったので、講堂の外にでる受験生の波に乗って購買へ。
多くの人がいる購買に並んでいると、突然後ろから声がかかった。
「なあ、お前って402号室で試験受けてたヤツだろ?」
セイルが振り向いた先には、短い燃えるような赤髪がツンツンとした大柄な体躯をした少年がいた。
「そうだよ。君も一緒の教室なんだ?」
「ああ!試験受けた講堂に一人も友達がいなかったからな!!お前に話しかけてみたんだ」
「僕も田舎から出てきたばかりだから、ここじゃあ友達なんていないよ」
「そうなのか?それじゃあ自己紹介からだな。俺はリーマス。リーマス・グレイルだ」
「僕は、セイル・ディナントよろしく」
お互いがっしりと握手をすると、並んでいた前の列がなくなり、適当にパンを三個買うと二人そろって講堂へもどった。
せっかく知り合ったのでこのまま一緒に食べようという話になり、隣どうしで腰かける。
「セイルは昼からどこの学科受けるんだ?」
「僕は、魔法科だね。小さいときから神聖魔法が使えたから」
「そうなのか…神聖魔法使えるってうらやましいな。ありゃあほとんど適正と才能だろ。おれには最初っから才能なんてなかったからな」
リーマスはパンを齧りながら、苦々しい表情をつくった。
「才能はともかくとして、なんとか魔法を使える適正はあったみたいだ。そういうリーマスはどこの学科?」
リーマスの大柄で筋肉質の身体を見ると、なんとなく予想はつくが、一応聞いてみる。
「俺は武術科だな。昔から実家がそういう家系でよ、物心つくまえから訓練、訓練、それまた訓練生活だぜ」
そのつらい過去を思い出したのか、リーマスは顔を真っ青にした。
その姿に多少引いてしまうセイルだが、
「やっぱりね。どんな訓練か知らないけど……大丈夫。その訓練のおかげか、見た目はバッチリそのまんまだから」
なんとかフォロー??を入れてみる。
あまり思い出したくないのか、リーマスはいきなり話をかえた。
「まあ、その話はもういいや。それより昼からの実技試験ってどんなんだろうな?」
「ん……、毎年内容がかわるみたいだからね。ただ受験する人数が多いから、一人ひとりしっかり見ることはないんじゃないかな?」
顎に手をあて、考え込むセイル。
「そうか~。でも俺の兄貴がこの学園を受けたときは、武術科内の一対一の戦闘形式だったらしいぞ?」
「そうなの?っていうか、リーマスには兄さんがいるんだ」
「ああ、もう卒業していねぇけど、今は王国騎士になってバリバリに働いてるぜ」
それを聞いて、驚き叫びをあげる。
「王国騎士って、すっごいエリートじゃん!?」
「ああ。自慢の兄貴だぜ」
シニカルな笑みしながら、自分のことのように語るリーマスだった。
二人で楽しく食事をしていると、いつしか昼休憩も終わる。
講堂には数人の教師が入ってきて、各学科を実技試験のためそれぞれの受験生をつれていく。
技術科、歴史科など受験する者たちが、次々と退室していくなかで、最後に魔法科と武術科の二つが残された。
すると各担当教師の二人が同時に前にでて、身長が二メートルを超えているのではないのか思われる教師が話しだす。
「おまえら、午前の筆記試験はご苦労だった。これから実技試験を行うわけだが、諸君らには試験内容について説明しておこうと思う」
巨大な身体の前で腕を組み、威圧感バリバリの目線に受験生は気圧されているようだ。
「今年の実技試験は、この俺ドラグニル・サイゴンと、隣のウェスタ・コルナル先生方と話しあった結果………武術科と魔法科は、合同試験をすることになった!!」
その一言で、周りの受験生たちは大きくざわつく。
それを見たドラグニルは、
「だまらんか!!!」
あまりに巨大な怒声に講堂がビリビリとふるえ、ざわついていた受験生は驚きと恐怖で黙りこむ。
ドラグニルの横に立っているウェスタなど、近くすぎたのか耳に手をあて、うなだれている。
周りが静かになって満足したのか、となりのウェスタを無視したまま話をつづける。
「詳しい話は、試験会場で話そう。他の講堂で受験していた者も含めてな」
ついて来い!という言葉に従い、セイルとリーマスなど残っていた受験生は荷物を持って立ち上がり、ドラグニルの後につづく。
ようやく復活したウェスタもおぼつかない足取りで、トボトボと前を歩いている。
校舎をでてからまっすぐ進み、他の講堂にいたであろう受験生ともすでに合流した。
しばらく歩いているとリーマスが、
「なあ、セイル。今年の試験ってなんだろうな?」
まさか学科の違う二人がともに実技を受けるとは思っていなかったらしく、嬉しそうに聞いてくる。
「ぜんぜんわからないよ。これから先生に説明してもらえるまで、待つしかないんじゃないかな」
「やっぱり、セイルもわからないのか。」
周りもうるさくならない程度に話している者も少なくないようで、特に二人が目立つことはない。
それから二十分ほど歩いていると、だんだんと大きな暗い森に近づいていく。
その森の前で立ち止まるドラグニルとウェスタ、そして他の講堂の受験生を牽引してきた教師たち。
そして、みんなに振り返ると、
「これより、実技試験である武術科および魔法科の合同バトルロワイヤルを行う!!!」
それを聞いたセイルは、一瞬「はっ??」と首をかしげた。