clover
初投稿です。至らない点もありますが、よろしくお願いします。
“この坂道を君を後ろに乗せて自転車で登りきる”
約束したのは1年前。
君の卒業式の日、だった。
-----------clover
君はバスケ部の先輩だった。
スラっと長身で、その長い腕から繰り出されるボールは
まるで息を吸い込むようにゴールに入っていく。
僕は4月の放課後にたまたま見たそのゴールに惹かれて、
入るつもりのなかったバスケ部に入った。
誰からも好かれるそんなキャラクターを持つ先輩は男女関係なく話し掛ける。
だから僕もすぐに話す事ができたのだ。
先輩と1回でも話せば人見知りの激しい僕も
先輩の人柄に取り込まれてたくさん話した。
たぶん他の奴らよりもずっと話しただろう。
そんな無意味な自信がある。
「センパーイ!香乃センパーイ!!」
「あっ、康!!」
僕の呼んだ声に涙で腫れまくった顔をした先輩はこっちを向いて笑った。先輩が呼ぶと僕の名前は何かいいもののように感じられる。
「卒業おめでとうございます!」
僕は馬鹿丁寧に頭を下げて見せた。
「ありがとうございます!」
先輩も真似して深々とお辞儀をした。
そして・・・頭を上げて2人で眼を合わせて笑った。
「追いコンのお誘いです。いつものカラオケBOXだそうです。」
「おっけ、了解!康も行くでしょ?」
「もちろんですよ。先輩の歌聞かなきゃ!」先輩の歌はヤバいくらい下手で部内では有名だった。
「やめてよ。歌わないよ、今日はゼッタイ!!」
「期待してまぁーす。」
「ばか。・・・じゃあ、ちょっと待ってて。もう行くよね?一緒に行こ。」
「先輩は誰でもそうやって誰とでも一緒に帰ったりしちゃうから
男子の中では期待しちゃう奴がいっぱいいるんですよ。」
面と向かっては、まさか言えやしないから心の中で呟いた。
「じゃ、チャリとってきますね。」
「うん。じゃ、校門でね。」
チャリを取りに行きながら、
「先輩と帰るのはたぶんこれが最後、かぁ・・・。」
と、感慨にふけりながらも急いで校門に向かう。
僕はいち後輩であって、それ以上でもそれ以下でもない。
今の僕はこの関係の先を望んでいるわけではないけど。
「あーあ。カラオケやだなぁ。」
2人で歩いていて、なんとなく話が途切れて、ボーっと歩いていたら先輩が呟いた。
思わず吹き出してしまった。
「笑わないでよー。だってさ、坂の上じゃん。歩くのハードだもん。
結構前に部活引退した身としては、さ。」
「そんな理由じゃないっしょ。分かってるって、先輩!なんなら乗せましょうか?」
僕はそう言って自転車をポンと叩いた。
先輩は苦笑いしていた。
「無理だよ。あの急な坂を上がれるわけないもん。」
「っできますよ!!」先輩の挑発に、いや先輩は挑発したつもりはなかったとは思うが、
つい、大声で叫んでしまった。
「じゃあ、乗るよ?」
そう言って、坂の上で先輩は後ろのサドルに腰を下ろした。
と、思ったらすぐ飛び降りた。
「今日はやめとくよ。」
「次は・・・ないじゃん?ほら!」
僕は言葉を探っていた。
次はあってほしい。
けれどそれは不可能に近いから。
「鍛えます、自分を。頑張って登るの!!」何てかえしたら いいのか思案していたが、口からついて出てきた言葉。
「じゃあ、今度“この急な坂道を先輩を後ろに乗せて登りきります。”約束します。」
そう言ってから1年。
意外にもあっさりこの日がやってきた。
それはOB・OGも集めて、インハイ出場を祝う会だった。
場所はもちろんあのカラオケボックス。
会が決まった日に先輩に電話をした。
先輩は快く会への出席をOKした。
そして、僕はこう伝えた。
「あの日の約束を果たしたいから、あの坂の下で待ち合わせしませんか?」
あの時伝えられなかった気持ちを
今はきっと伝えられる。
伝えなければならない。
先輩はちょっと驚いた口ぶりだったが、承諾してくれた。
待ち合わせよりちょっと早めについた僕は坂の下を
自転車でぐるぐる回っていた。
「何やってるのよ。」聞き慣れた、あの優しい声が耳に入ってきた。
声の持ち主はあの頃より、ちょっとだけ痩せていて、また一段と綺麗になっていた。
僕は少し眩しく思って、おどけた口調で、
「どうぞ。お姫さま。」
と、先輩の眼の前で止まった。
「どうも。」
そう言って僕の腰に手を回してシャツをぎゅっと掴み、準備態勢に入った。
「いくよ!」
「OK!」
少し後ろから勢いをつけて一気に登り始める。
坂の上はカーブで全く見えない。ちょっと登っただけで息がかなり上がってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「ちょっと・・・大丈夫?降りようか??」
「だめっ!はぁ、はぁ。」
何回繰り返しただろうか。
ちょうど半分手前まで来たとき、後ろから車のクラクションが聞こえた。
「香乃ー?!何やってんの?あれっ、康じゃん。何これ?罰ゲーム??」部活の先輩だった。
一時1年の間で香乃先輩と付き合ってるんじゃないかと噂になった先輩だった。
その時、僕は香乃先輩に噂の真実を聞こうとして、そしたら大爆笑されて否定された。
「ううん。連れてってくれるの。」
「ふぅん。・・・そんなんより車で行きゃ早いじゃん。香乃乗んなよ。」
「え?でもぉ・・・」
2人の会話を無視しながら、僕は必死にペダルを漕いだ。
出来れば、車より速く進みたかった。「だって、康が辛そうじゃん。」
「そぉ・・・だよねぇ・・・」
先輩は悩んでいるようだった。
あいにくにも車は後ろから1台も来なくて、自転車に合わせてゆっくり走行できた。
「ん、いいや。このままで。ありがと。」
「そっか。じゃ、先に行ってるわ。頑張れ、康。」
声を掛けられたが、全くそっちに顔を向けられずに、前を見ていた。
本当はびっくりして振り向きたかったけど、そしたら登りきれないくなるのでやめた。
目に汗が入り込んできて痛くて頭を振りながら、漕ぎ続けた。
ガードレールの下のシロツメクサがぼんやりと目の端に映っていた。
そして、残り1/4くらいになったとき、フっと軽くなった。
驚いて振り向くと、先輩は後ろから自転車を押し始めた。
「やっぱり私にも手伝わさせて。」
「そしたら、約束が・・・」
「また、次でいいよ。」
「え?」思わず自転車を止めてしまった。
「ちょっとまだ、あるよ。ほら。」
先輩は自転車を押そうとした。
「だーーもうっ!台無しだぁ!今日先輩を乗せて登り切って、告白しようと思ってたのに!」
「へ?」
勢いに乗じて告白してしまった。先輩はポカンとしていた。
「気付いてなかったんですか?」
全く気付かれないってことは眼中になかったんだろう。
僕は自転車を手で押して進めて、勤めて振り返らないようにした。
「気付いてないのはそっちじゃん!私が自転車から降りれば、
また会う口実が出来ると思っておりたの。気付いてよ!」
「え?」
自転車を持っていた手の力が抜けた。
ということは自転車は倒れて、派手に音が騒いだ。
「マジ?」
「マジ!」
そう言いながら先輩は倒れた自転車を起こした。
嬉しさのあまり先輩に抱きついたら、先輩はびっくりしてまた自転車は倒れた。
僕は手で自転車を押して、先輩は後ろからサドルを押していた。
振り返らないで言った。
「このまま、どっか行きません?」
「え?・・・祝勝会はどうすんのよ。
ま・・・いっか。で、どこ行く??」
「とりあえず・・・下りましょうか?」
ニヤって笑って振り返った。
「ちゃんと掴まって。いくよ!」
今まで登ってきた道を軽快すぎる速さで下っていく。
「や・・・こわっ・・・」
先輩は後ろで小さく呟いて、今まで以上にぎゅっとシャツを握る。
「センパーイ!香乃って呼んでもいーい?」
速さに紛れて、大きな声で絶叫した。
「ちょっ・・・もう。いーよー!
だからお願い・・・ブレーキちゃんと握ってて・・・ねぇ・・・」
だんだん小さくなる声も愛しく思いながら、
「大好きだぁーー、香乃ぉーーー!!」
「ちょ・・やめ・・・恥ずかしい・・・」
この坂を下り切ったら、また約束しよう。
“この坂道を君を後ろに乗せて自転車で登りきる”