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暁のゆめに  作者: 奏 いろは
1.起こりゆく事件
9/10

9

「つきましたよ。ベイクシティラインド地区658番地。お代は6ミールになります。」

タクシーが止まると、ハルは財布から1ミール札を6枚取り出し、身を乗り出して運転手に手渡した。「領収書は…」と言いながら運転手が縦長の紙に万年筆でごそごそと書いているのを、「それじゃ」と一言で済ませてハルは車を出た。

扉をくぐってすぐ目の前に立ちはだかったのは、つい数日前のデジャヴだった。「お客さーん」と運転手の呼ぶ声はハルの右耳から左耳へ通り過ぎていく。

「よし、入るか。」

門の側に立っている見張り番の警官に敬礼をすると、ハルはすたすたと門を抜け、芝生の上を屋敷に向かって歩いていった。

「相変わらず金持ちの庭ってのは必要以上に広いもんだな…。」

呆れたように独り言をぶつくさ言いながら歩いて行く。

ようやくKEEPOUTのテープで覆われた屋敷の扉が見えてきたと思うと、おーいと聞き覚えのある声が聞こえたきた。

「あっ、これはこれはウィルソン警部。わざわざご連絡いただきありがとうございます。」

ハルは入り口で待っていたウィルソン警部に会釈をしながら言った。

「いやいや、ガーシュイン巡査は情報を提供してくれた大事な同胞ですからね。それじゃあ早速現場に立ち入ってもらいますよ。」

いつもながらの丁寧な対応にハルは心中感動しながら、はいと返事をし開かれた扉を通り屋敷の中へと入っていった。

「事件のあらましは電話でざっくりお伝えしたかと思いますが念のため。被害者は資産家のトーマス・ハイランド。君に連絡をしたのはお分かりだと思いますが例の脅迫状が彼にも届いていたからです。死亡時刻は午前10時28分。殺害現場はトーマス・ハイランドの自室、第一発見者はロバート・シルバー殺害事件の時と変わりなく彼の屋敷に務めるメイド。そして遺体の状況ですが…」

赤く細かい刺繍の施された絨毯が敷かれた階段をのぼり、二階にあがって数メートルほど歩いたところですでに緻密な捜査が行われたと思しき部屋にあがる。

トーマス・ハイランドが倒れていたと思われる白いテープが人型に囲んでいる傍に立ち、ウィルソン警部が続ける。

「今回のケースはミナ・カルダートやロバート・シルバーの事件のように奇怪な点はなく、ただロバート・シルバーと同じく心臓を一突きにされたことが死因です。不審な点といえば、被害者が犯人と争った後がなくあっけなく殺されているところですかね。」

ウィルソン警部は胸元のポケットからナイロン袋に入った写真を取り出した。

「そして文句は違いますがロバート・シルバーの時と同じく背中にナイフで文字が刻まれています。」

ハルが覗き見ると、確かに高価そうなシャツをひん剥かれ背中に神の裁き、咎人はあと一人と刻まれていた。

「あと一人?」

「ええ。この文句によると。」

ウィルソン警部はため息をついた。

「何しろこの事件は被害者同士の接点や法則がないものですから、あと一人と予告されても誰が殺されるのかはわからないのですよ。今必死でリストアップして警護の準備をしているのですがね。」

ああそれと、とウィルソン警部が続ける。

「凶器は犯人があらかじめ用意していたと思われるナイフが被害者の傍におちていました。残念ながら指紋も何も検出されていません。」

ウィルソン警部の話を聞きながらハルはうーんと唸った。

全く犯人像が浮かんでこない。

もう被害者は三人も出ているというのに。

「んん?」

ウィルソン警部はきょろきょろと辺りを見回し、「何やら騒がしいな…」と呟やいた。

大概の捜査は済んでいるのにいったい何があったと言うのだろうか。

しばらくしてウィルソン警部!ウィルソン警部!と下からおそらくは部下が大声で呼ぶ声が聞こえた。

いったいなんだとウィルソン警部が声をあげると、階段を駆け上がり無線を持った警官が現れ言った。

「お、起こってしまいました…第四の事件が…!」

ハルは目を見開き、ウィルソン警部はくそっと舌打ちをした。

「もう犠牲者が出てしまったか…害者はだれだ!私も今すぐ現場に行く!」

ウィルソン警部の怒鳴り声に警官は縮こまりながらも「ここから車で10分程度のベイクシティロザンダ地区にあるカーター邸宅です。被害者は屋敷の主で実業家のマーサル・カーターです。」と素早く答えた。

「ガーシュイン巡査!私の車で現場に向かいます。ついてきてください。」

二人はだだだと階段を駆け下り屋敷を出、広々とした庭を駆け抜けた。

間もなく門が見え、ウィルソン警部は今から別の現場に行くと口早に見張りの警官に伝え、深い青の自動車のドアにキーを差し込んだ。

「乗ってください。」というウィルソン警部の言葉に応じて、ハルも助手席に飛び乗る。

群青のシンプルな型の自動車はすぐさま発車し、大通りへと走り出した。

ウィルソン警部の焦りながらも丁寧な運転に任せて、ハルは頭の中で何が起こったのかを整理していた。二件立て続けに事件が起こったのは初めてだからだ。犯人の残したメッセージからすると、これが最初で最後の事件になりそうだが…。

車は大通りを通りロザンダ地区へと抜け、しばらく走り続けた。

マーサル・カーターという人物の屋敷と思われる建物が視界に入ってくるのにそう時間はかからなかった。

屋敷の門の前には他にも数台車がとまっており、ウィルソン警部はその端に鮮やかなカーブを描いて車をとめた。

「ここがマーサル・カーターの屋敷か…。」

自動車の運転に集中していたウィルソン警部はようやく屋敷全体を見回してひと息ついた。

「他の被害者宅ともども似たようなものだな。」

すうと息を吸い車から出ると、ウィルソン警部はハルに「さあ、行きましょう」と促した。

例のごとくだだっ広い庭園を歩き、二人で屋敷へと向かう。

事件の発見からまだそう時間がたっていないせいか、屋敷の周りは未だ騒然としていた。

「ディエブ警部!」

ウィルソン警部が呼びかけると、茶ひげの警官が二人の方を向いた。

「ああ、ウィルソン警部。」

ディエブ警部と言われた人物はかぶっていたややつぶれかけの帽子をとりお辞儀した。

「事件の説明は現場に向かいながらにしましょう。お二人とも焦っているご様子ですし。」

そう告げるとディエブ警部はどうぞこちらへと現場への案内を始めた。

「まず脅迫状ですがね、捜査の結果被害者の自室の机の引き出しから見つかりまして、それで例の事件と関連があると思い連絡した次第です。」

言いながらディエブ警部は扉を開き、入り口近くのスイッチを押し灯りをつけた。

「この屋敷には地下室もあるのですか。」

半ば驚いた様子でウィルソン警部が尋ねると、ディエブ警部はそうなんですと頷いた。

「そしてこの階段の先にある地下室が今回の事件の現場なんですよ。」

ディエブ警部はそう言うと階段を下りていった。ハルとウィルソン警部も後に続く。

「屋敷の者に聞き込みをしたところ、どうやらこの地下室、マーサル・カーターのコレクション部屋だそうで…」

薄暗い階段を歩く三つの足音とディエブ警部の声が狭い空間にこだまする。

「コレクション?」

「はい…よからぬコレクションなようでマーサル・カーターは屋敷の人間にも絶対に入ってはいけないと厳しく言っていたそうで。…先ほど階段の前に扉があったでしょう。あの扉には常に鍵がかかっていて、その扉の鍵もマーサル・カーター本人とそれ以外には秘書のマルク・シーザーが唯一持っていただけのようなんです。その執事も今のところ行方不明ですが…。第一発見者はメイドで、いつまでたっても出てこない主人を心配して、怒られるのを覚悟で地下室に入ったとのことです。」

「あの…、ディエブ警部。」

「なんでしょう。えーと…」

「ハロルド・ガーシュイン、巡査であります。」

「なんでしょう、ガーシュイン巡査。」

「その、よからぬコレクションというのは…?」

ディエブ警部は少し間をおき、顔を歪ませながら言った。

「スナッフビデオですよ。それも役者は子どもばかり…。」

「スナッフビデオ?!」

「それでは確かに屋敷の者に近づかせなかったことも分かる話ですな…。」

ウィルソン警部も嫌悪しているのが表情から見て取れる。

「しかも捜査していくと、そのビデオはどうやら演技ではなく本当に子どもを殺していたことがわかりまして…。」

正義感の強いハルには聞くに絶えない話だった。おそらく二人の警部も同じ思いをしていることだろう。

長い階段が終わり、とうとう例の地下室に出た。

話の通り大量のビデオが部屋中の棚にずらりと並んでいる。

こんなにたくさんビデオがあるということはそれほど多くの…ハルは考えるのをやめ、嗚咽を堪えた。

薄暗い中、マーサル・カーターのものだろうと思われる血痕が浮かび上がっている。

「死亡時刻は午後3時12分。死因はナイフで心臓を一突きにされたことで、その凶器のナイフは被害者のすぐ傍におちていました。指紋も何も検出はされませんでしたが…。」

ハルは胸がむかつくのを堪えてディエブ警部の話を聞いた。

「今回は他の件と違って背中には何も刻まれていませんでした。」

「しかし、今回もそうだが脅迫状を受け取った時刻と死亡時刻が同じかどうかはちょっと微妙になってきたな…。背中に文字がないのはわざとか犯人が慌てていたからなのかも分からないところだし…」

ふとハルが胸を押さえているのをみて、ウィルソン警部が無理しなくていいと肩をたたいた。

「すまないがディエブ警部、ガーシュイン巡査はどうやら具合が悪いようなので一旦引き上げることにしますよ。」

「ああ…その方がいい。」

そう答えたディエブ警部の声もしゃがれていた。

地下室を出て外の空気に当たると、気分はいくぶんかマシになった。

「すみません。捜査の途中でしたのに…。」ハルが申し訳なさそうに言うと、ウィルソン警部はいやいや、私も少し気分が悪かったんでね、ちょうどよかったよと微笑した。

「しかしなんてやつだ。このマーサル・カーターという人間は…。」

ディエブ警部の補足事項によると、地下室の

奥にはさらにもう一つ部屋があり、スナッフビデオの撮影はほとんどの確率でそこで行われていたらしいことが判明したとのことだった。

ハルは死んで正解だあんなヤツと言う言葉をようやく飲み込んでため息をついた。

プルルルルプルルルル…

「おや、ガーシュイン巡査、この音あなたの携帯電話の音では?」

ウィルソン警部に言われようやく気づき、ご指摘ありがとうございますと言って電話に出ると「ちょっとハル!早く帰ってきてよ!」とアイリオーゼの怒鳴り声が聞こえてきた。

そういえば自分は交番の留守番をおっぽり出して来たのだと思い出し、どうかしたのかとハルは問いかけた。

「シムさんが襲われたのよ…。」

その言葉を聞いた瞬間さっと血の気が引き、ハルは電話を切り、ウィルソン警部への礼もそこそこに大通りへ飛び出し、タクシーを捕まえた。




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