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暁のゆめに  作者: 奏 いろは
1.起こりゆく事件
3/10

3

間もなく本部が到着し、捜査が始まった。

ハルは先に家の前で待たせておいたアイリオーゼの安全を確保し、本部の人間に状況を説明した。

しばらくするとシムもやってきて、待ち構えていたかのように年配の刑事たちは質問を始めた。刑事は取り出した手帳にメモをとり、「ご苦労様でした」とハルとシムに軽く会釈をしながら去っていった。メモをとった刑事は上官と思われる人のところへ報告をしているようだった。

やがてパトカーがもう一台やってきて、辺りは更に騒がしくなってゆく。パトカーのサイレンの音に近所の人たちはもちろん、通りすがりの野次馬たちもよってきた。またたく間に、この町にこんなに人がいたのか、と感心してしまう程の人だかりができた。不安気に現場をちらちら見ながら去ってゆくおばさん。面倒事には巻き込まれたくないといった感じで、足早に通り過ぎる人もいれば、なんだなんだ、とミナの家を覗き込み、携帯で写真を撮っている人もいる。ハルはその人たちが家族友人に送るであろうメールの内容を考えてげんなりした。

「見て見て なんかよくわかんないけど殺人現場に出くわしちゃった!ドラマみたい〜」

そしてその返信が「え〜!すごいじゃん!」

そこまで考えてやめた。

シムとアイリオーゼを見ると、2人とも仏頂面で群衆をみていた。どちらも根が真面目なので、やはりハルと同じく快く思っていないのだろう。

パッパーとクラクションの音が響いた。またパトカーがやってきたようだ。それは野次馬の群れをかき分けて、やっと家の前にたどり着いた。中から人が出てくる。捜査をしていた本部の警官たちは、その人物に向かって揃って敬礼をした。偉い人なんだろうな、と下っ端のハルとシム、部外者であるアイリオーゼにもそれは分かった。

サル顔のその男は、ハルたちを見ると豊かな腹をたぷんたぷんと揺らしながら歩み寄ってきた。

「君たちが第一発見者かね。」

男が近寄ってくると、アイリオーゼはあからさまに嫌そうな顔をした。近くにいると、なんだか気持ち悪いにおいがするのだ。それが男にきづかれないかとハルは内心ひやひやしながら「ええ」と答えた。

「さっきもお答えしましたが、我々はこの家の住人ミナ・カルダートから殺人予告の手紙がきたと相談を受けまして、彼女の護衛をしていた次第であります。そしたら…」

「いや、もういい。」

ハルが言いかけたのを男は片手で制した。

「あとで部下に聞く。君たちはもう帰ってよろしい。」

「は、いや、しかし…」

ハルが言い淀んでいると、男はハルたちを見下すようにジロリと見て、

「さっさと帰れと言ってるんだ。お前たちのような下っ端に用はない。」

と言い残すと、本部の警官と共に現場へと入っていった。

男が言った言葉に、ハルとシムはぽかんとしてしまった。2人ともここまで言われたのは初めてだったのだ。アイリオーゼは男を目でおいながら、「何、あいつ…」と洩らしていた。

鑑識の「すみません。どいてくれませんか。」という半ばイライラした声で、ハルたちは慌てて鑑識をよけた。何気なく周りを見ると、その鑑識だけでなく他の捜査員たちもハルたちを食卓にたかる蝿を見るような目で見ていた。その視線に怖気づき、一旦「立ち入り禁止」のテープの外に出ると、あれよあれよと言う間に人ごみにのまれ、気がつくと家から1番遠い場所まで追いやられていた。皆呆然とした顔で、自分たちがもといた場所を見つめた。

ハルが苦笑し、「どうやら俺たちはお邪魔なようだな。」と交番の方へ歩き始めた。

シムとアイリオーゼも後に続く。

交番までの道中、誰も喋ろうとしなかった。事件についてあまり詳しく知らないはずのアイリオーゼも、ミナのことについて何も聞いて来なかった。

交番に着くと、シムは慣れ親しんだ壊れかけのソファにどっかりと腰を下ろした。そして朝いれた飲みかけのコーヒーをぐいとあおり、ため息をついた。その横にハルとアイリオーゼも座る。

「くそっ、あのジジイ…」

珍しくシムが悪口を言う。アイリオーゼはほんの少し驚いたような表情をし、口を開いた。

「…ハルたちって、いつもあんな扱いなの?確かに下っ端だとは思ってたけど。」

「お、おいおい、そりゃひどいぜ、アイリオーゼちゃん…」

シムがいつものようにアイリオーゼにつっこみをいれるが、心なしか元気がなかった。皆本部の警官たちの態度に少しばかり気分が沈んでいた。そして緊張が解けた途端、事件を防げなかったという脱力感がこみ上げてきたのだ。

「…確かに俺たちはただの町のおまわりさんだけどな、だからってあんな扱い受ける道理なんてねえぞ。見下されるようなことなんてしてねえし。」

ハルが答えたが、言ったあとでなんだか虚しくなった。アイリオーゼはそんなことぐらい知ってる、と言ったあと、黙りこくってしまった。

3人とも、なぜこんなに暗くなっているのかわからなかった。ただ重い沈黙がしばらく続いた。

しばらく黙っていると、ハルは次第に今日受けた屈辱より、ミナの行方が気になった。あの現場は不可解なことばかりだ。まず犯人はどうやってミナの家に入り込んだのか。いくら見張りが2人だけとはいえ、ミナの家の塀はそんなに高くないから、十分視界はきいていた。窓からの侵入者がいたらすぐに気づいたはずだ。でも不審な人物は見受けられなかった。

そして居間に広がっていた大量の血。あれがもし本当にミナの血だったら彼女はもう…。ハルは慌ててその考えを拭いさった。そんな不吉な考えをしてはいけない。ミナはきっと生きている。遺体がないことが、そんな希望をハルに持たせた。

犯人はなぜ血液だけ残してミナを連れ去ったのか。本当にミナの血をすべて抜き取りぶちまけたとしたら、あの短時間でどうやって?ハルはミナの叫び声を聞いてすぐにリビングに向かったのだ。ミナが叫んでからハルが部屋に入るまでに、ミナを殺害し、血液を抜き取り、窓を開け、ミナを担いで逃げる。そんなことが可能なのだろうか。しかも自分たちの

目をかいくぐりながら…。

ふいにアイリオーゼが大きなため息をついた。ハルはまた静かな空間に意識を引き戻された。

「…やっぱりあたし警察なんか大嫌い。」

アイリオーゼがぽそりとつぶやく。唐突に聞こえたその言葉に、ハルもシムも何も言わなかった。

また沈黙が訪れたかとおもうと、いきなりアイリオーゼが立ち上がり「帰る」と言うと、交番を出て行った。

残された2人は顔を見合わせ、空になったコーヒーカップの底を見つめた。

シムがぼそっと「何か分かれば本部から連絡が来るさ。」と言った。

ハルも「そうだな」と返事をした。今日の態度を見る限り、そんなことはあり得ないと2人とも分かっていた。


また次の日、珍しくアイリオーゼが昼飯時より早めに交番にやってきた。アイリオーゼは交番で新聞を読んでいたハルの頭にまだ少し温かいランチボックスをのせた。ハルは頭上のバスケットをつかみ、ありがとうと言った。

ボロボロのソファの上に腰掛け、さりげなくといった感じでアイリオーゼは「シムさんは?」ときいた。

「あいつなら今捜査状況を本部に聞きに電話の前だよ。」

「ふーん。何か分かったの?」

「さあな。」

ガチャンと電話を切るかん高い音が鳴る。シムがのそりと部屋に入り、アイリオーゼの横に座り込んだ。

「どうだった?」

「ちっとも教えちゃくれなかった。」

「そうか」

シムは淹れたてのコーヒーをすすると、言葉を継ぎ足した。

「だが、向こうがミナのところに届いた殺人予告の手紙を見せろと言ってきたんでな、そちらの捜査状況を教えてくれたら渡してもいいと言ってやったんだ。そしたら渋々教えてくれたよ。」

ハルは驚いてシムを見た。シムはニヤリと笑って、「聞くか?」と尋ねた。ハルがこくこくと頷く。


シムが聞いた話によると、

まずリビングに流れていた大量の血は、鑑識の結果ミナの血であると断定された。そのことにハルはわずかに抱いた希望が打ちけされたようで愕然とした。しかし、悲しんでいる場合ではない。話を聞いていくと、不可解なことが多いのだ。周辺の住民に聞き込み調査をしたところ、怪しい人物を見かけた人はいないという。さらにミナにストーカーらしき人はいたか、何かトラブルに巻き込まれていなかったかなど、怨恨の線を考慮して聞き込みをすると、全員が全員、口を揃えてこう言ったそうだ。「ミナ・カルダートという名前は聞いたことがないし、そのような人物と会ったことはない。」と。捜査員がこの住所に住んでいるのだが、と住所を見せると、皆ここは4、5年くらい前から空き家になっていると言った。しかし家の中はしっかり掃除されていて綺麗で、生活感もあり、捜査員たちは首をかしげていたが、次第に気味が悪くなったらしい。極みつけは、ミナのDNAを調べようと戸籍データで検索したところ、ミナ・カルダートという人物は存在しないと出たということだ。ミナの血液かどうかを判断できたのは、部屋に落ちていた彼女の髪の毛で判定したからだった。


「…なんだそれ。気味わりいな。」

コーヒーをすするハルの顔が青白い。

「で、肝心の殺人犯はどうなったの?」

アイリオーゼが冷静に問う。

「あ、ああ。そのことなんだがな…」

ミナの殺害されたと思われるリビングからは、犯人の痕跡が見つからなかったそうだ。リビングの開いていた大きな窓から逃げたと思われるが、窓の外の庭からも誰の足跡も見つからなかったという。ミナの遺体が見つからないということは、犯人はミナを連れて逃げたはずなのに、庭に何かを引きずったあとも無ければ目撃情報もない。

捜査をすればするほど謎が増えてきて、とてもきりがない。

「…というわけで、本部の連中は途方に暮れてるんだとよ。」

「そいつらの気持ちが分かる。頭がこんがらがってきたぜ。」

「意味不明な事件ね。」

話し続けて喉が渇いたのか、シムは少しぬるいコーヒーを一気に半分飲み干した。

コトリと音をたててカップをおき、「だから早くも本部ではこの事件は迷宮入りしそうなんだと。」と言葉を添える。

「これくらいで迷宮入りなんて、警察は根性ないのね。」

アイリオーゼが半ばあきれ返ったように言った。

「うるせえな。じゃあおまえは犯人が誰で、どんな手口で殺したのか分かったのかよ?」

ハルがアイリオーゼにつっかかる。

「全然。わかるわけないじゃない。」

アイリオーゼはあっさり肯定した。

「だったらなんでもかんでも悪くいうそのクセをやめろ。」

ハルがぼりぼりと頭をかいた。アイリオーゼはそんなハルを怪訝そうな顔で見る。

2人を見ていたシムが言った。

「おまえがアイリオーゼちゃんにつっかかるとかあんまないよな。どうしたんだよ、妙にイライラしてさ。ハルらしくねえぞ。」

アイリオーゼもハルをじっと見つめる。

ハルはばつの悪い顔をして、ため息をついた。

「…悪かった。ちょっとわけわかんなくてな。すまん、アイリオーゼ。」

アイリオーゼは謝るハルの顔をしばらく見据えた。

ハルはいつもの毒舌がとんでくるかと身構えたが、アイリオーゼは無言でハルから目を逸らした。

少し拍子抜けたハルはよくわからないなと思いつつ、「なあ、シム」と呼びかけた。

「本部はこの事件、本当に迷宮入りにしちまうのか?」

「…電話での口ぶりからするとそうなんじゃねえか?別に怪奇現象なんかが起こってるわけじゃないんだが、なんだか気味がわりいと皆思っているそうだ。犯人の手がかりも掴めそうにねえし。」

「そうか」

ハルはシムの言葉を聞いて一呼吸おき、

「そんならさ、この事件、俺たちで解決してやろうぜ。そんで本部のやつらを見返してやるんだ。何より、ミナさんは俺たちに助けを求めにきたんだからな。」

ハルが口を閉じたときには、シムもアイリオーゼもぽかんとしてハルを見ていた。

シムはともかく、アイリオーゼは何こいつ、いきなり突拍子もないこと言い出したわ。と思っていることが明白だ。

しかしその視線にも後ずさりせず、ハルはにかっと笑顔を作ってみせた。












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