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37話 忘れないで、この想いを



「――行きます!」


負ける訳にはいかない。

俺は自分自身に桜夜先輩の間合いに近づけと命令する。

条件は常に最速で、だ。


「思っていたより速いじゃないか」


先までは20m程離れていた桜夜先輩の顔が既に目の前にある。だが、瞬く間に間合いに入ったのにも関わらず、その表情は平凡。

……自分自身、信じられないほどの速さだ。

痛覚も侵食されているため痛みも感じないが、ただ感じないだけだ。

計り知れない程の負担が身体にはかかっていることだろう。だけど、今はそれを恐れている場合ではない。


「もはや手加減はしないぞ!」


激しく火花を散らし合い、甲高い金属音を醸し出す双刀。


「どうした? 狙いが急所から外れてるぞ。まさか殺す気がないとでも言うのか?」


こんなにも打ち合っているのに、桜夜先輩の息遣いはまるで変わっていない。

どこか俺を挑発しているようにも見えた。


「当然です。誰も殺さずにこの世界から出る。そう美唯と約束しましたから」


「ふぅ、そんな余裕を私が与えると思うか? 殺す気で来たまえ。そうでなければ君が死ぬぞ?」


確実に挑発をしている。俺はその意図を頭で探っていた。

身体は命令通り勝手に動いてくれる。だから考えることだけに集中できる。


「挑発するなんて桜夜先輩らしくないですね。何か策でもあるんですか?」


ふと桜夜先輩が微々だが少しずつ後ろへ後退している事に気が付いた。

後ろに何かあるのだろうか。それとも何か別の意図があるのか?

どちらにせよ相手の策が読めない以上、下手には動けない。


「ふぅ、どうだろうな」


そう言いながら少し頬を釣り上げると一瞬、後ろを横目で確認するような仕草を見せた。

ああ、なるほど。これは罠だ。桜夜先輩がこんな素人染みた動作をする筈がない。

つまり、仕掛けがあるのは桜夜先輩の後ろではなく、俺の後ろだ。


「還り来たれ! 三日月宗近!」


その一言で桜夜先輩の仕掛けた策が理解できた。

この呪文は、自分の手元へ刀を音速で戻すことができる術だ。

ということは今、俺の後方に三日月宗近があるはず。その三日月宗近が桜夜先輩の手元へ音速で戻ってくる。

その先には何があるのか。当然、俺がいる。

瞬間移動ではなく、言葉の如く音速で移動している刀は俺の背中を軽々貫くことだろう。


なら、これは結界で防御するより、自身が避けた方が桜夜先輩にダメージを与えることが出来る。

常に思考と身体がリンクしている俺は既に動きを起こしていた。


「……まさか、な」


結果はすぐに訪れ、桜夜先輩から俺の姿は瞬く間に消えていた。

それも当然だ。俺は桜夜先輩の真後ろへ高速移動したのだから。


「最悪その結界で防ぐだろうと思っていたよ。どうやら私は君を少し甘く見ていたらしい」


桜夜先輩は音速で戻ってきた三日月宗近の刃身を左手で握りしめていた。

その手からは真紅の血が溢れだしている。

殺傷力を深めるため、刃先を向けて三日月宗近を動かしていたのだろう。

普段はあくまで刀を手元に戻す為の術。柄を向けて動かすのが当然なところを。


「…………」


少し自虐的に笑った桜夜先輩を俺は黙して直視する。

かなり深手の傷を左手につけることができた。だが、左手が使えなくなった訳ではない。

それに左手を使わないとしても実力が拮抗する程のハンデにもならないだろう。


「――そろそろ決着をつけようか」


片手の右手で彼女の愛刀である千鳥を握り、再び刃先を鋭く俺へ向ける。

やはり桜夜先輩に勝つにはその刀を折らなければならない。

もしそれが出来れば、戦況は一気に傾くのは想像するまでもない。

――当然、逆も考えられる。

もしもここで神切が折れてしまえば、一気に勝機を逃すことになる。

刀にどの程度のダメージが蓄積されているか何てゲームでなければ分からない。

ただ闇雲に刀を振るっても逆効果だ。いかに必殺の一撃を決めるか、勝敗はここに別れるだろう。


「何も考えなどいらない。ただ己の力を振い合うのみだ」


――そんな考えは不要、ということか。

ただ己の力を頼りに力同士をぶつけ合う。決着をつけるのには相応しいかもしれない。

だけど、真っ向から立ち向かったところで勝敗など分かりきっている。

それでも俺は挑む。例え俺が負けたとしても最後の希望は俺が死して生まれる。


「――勝負です」


まさか俺が桜夜先輩にこんな言葉をかける日が来ようとは考えもしなかった。

いつも桜夜先輩の背中に隠れていた俺が、今となってはお互いに刃先を向け合っている。

どれもあの頃からは想像もつかない光景ばかりだ。


――だけど、あの頃から変わらないものが一つだけある。


「行くぞ!」


桜夜先輩が強く地面を蹴り、弾丸のような速さで駆け出した。


「……絶対に守る!」


未だ外傷のない両手でしっかりと神切の柄を握り、俺も全力で駆け出す。


中沢潤の全てを、この一瞬に捧げる。


全てを賭けても守りたい、大切な人がいるから。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


「うぉぉおおりゃああああああああああああッ!!!」



決着の時を知らせる二人の絶叫がこの世界に木霊する。

理不尽に絶望し、互いに決別した仲間同士の、世界存続を賭けた戦い。



その結末は―― あまりに一瞬で――



「……な」


全てを賭けた互いの突きは、双方に深く突き刺さっている。

俺が放った最後の一撃は桜夜先輩の右肩を貫通させ、皮が鍔にまで達する程だった。

そして、桜夜先輩が放った最後の一撃は――俺の腹部を深々貫いていた。


「じゅん―――――ッ!!!!!」


肉体魂を侵食しているから痛みは感じない故に状況が理解できなかった。

だが、泣き叫ぶ美唯の声を聞いて、その状況の悲惨さにようやく気が付いた。


「……御免」


もう使い物にならないのか、千鳥の柄から桜夜先輩の右手が抜け落ちていた。

だけど千鳥は重力には従わず落ちない。それは俺の身体に深く突き刺さっているから。


「……相手が桜夜先輩なら」


こうなることは分かっていた。力と力同士がぶつかり合えば、桜夜先輩が勝つ事は目に見えている。

だけど俺は勝負にでた。桜夜先輩との勝負に負けても、本当の勝負に勝つために。

相手が桜夜先輩だからこそ出来た。最後の最後まで俺は彼女に感謝をするだろう。


「……還り来たれ、千鳥」


桜夜先輩が呪を唱えると、腹にあった大きな違和感は消え、その代わりに大きな脱力感に襲われる。

ああ、もう異能の効果は切れたのか。だからこんなにも身体が寒いんだ。


「じゅん!じゅん―――――ッ!!!」


美唯が泣きながら俺に駆けている姿を辛うじて見ると、その光景を最後に俺の視界は回り、立っているという感覚は失われていた。


……これで。これで良いんだ。

本当は美唯と共に違う方法を探したかった。だけど、もうこれしかない。


「じゅん!じゅん……!じゅん―――――ッ!!!」


何度も俺の名前を呼んでくれる最愛の人。最期の時までずっとこの手を強く握りしめてくれていた。

後悔が立ち昇る。本当にこれで良かったのか。

だけど、美唯を救い、世界を守る方法なんてこれしか思い浮かばない。その他に道があるとも思えない。


俺の異能は所有者が死ねば新しき命に転生する。だけど、この異世界に新しい命は誕生しない。

つまり俺がこの世界で死ねば、異能は誰かの身体に転生することになる。

そしてその相手は必ず美唯であること。

俺と美唯は異能同士が惹かれ合って出会い、幼馴染という形で多くの時間を過ごしてきたからだ。

偽神の眼が美唯の異能と同化すれば、美唯の異能は覚醒する。


俺は密かにその可能性に賭けていた。


「……美唯、あとは任せたぁ……ぞ。この世界と……この世界で死んだ人たちを助けてやってくれ……」


他の言葉を忘れてしまったかのよう、涙ながらそばに寄り添ってくれる美唯に最後のメッセージを残した。


「そんなぁ……そんなこと私に出来るわけないよ! 潤がいないと……潤がいないとぉ……!」


「……俺が無意味に死ぬと思うか?」


最後の力を振り絞って無理な笑顔をつくった。少しでも美唯に安心して欲しかったから。


「……え?」


背中に沁みゆく生温いこの感覚は俺がこれ以上生きられないという証拠。異能の酷使もあって相当身体に負担が掛かっていたらしい。

もう身体はとっくに限界を超えていたのだ。


既に手足の感覚はなくなっていた。自分の身体ではないように全ての機能が溶けて行くよう。


例え身体は死んでも、俺の魂は偽神の眼に宿る。

身体がないから何も出来ないけれど、この世界の行く末を見守ることだけは出来るだろう。

――それだけでも十分。十分だ。俺はいつでも美唯を見守ってる。



「……信じてるぞ。――美唯」


血と一緒に最後の息が吐かれた。

死は目前にまで迫っているけど、俺は後悔していない。


「……潤のバカ。私も信じてるよ。悲しくて寂しいけど……ちょっとの間、お別れだね」


想いのバトンを美唯は受け取ってくれた。それを確認した瞬間、中沢潤の瞳はゆっくりと閉じられた。

当然、幼馴染の死など受け入れられない真実。声をかければいつも通り私を笑わせてくれる、そんな気もしてた。


だけど、潤が最後の希望を私にくれた。


世界を守り、死んだ人たちも助ける。そんなことが私に出来るとは思えない。

でも私は一人じゃない。


一人じゃないから、潤と一緒だから――きっと私は何だって出来る。


「潤、見ててね」


恋人が死んだ。それなのに成沢美唯の表情は明るかった。

最後に大粒の涙が落ちると、彼女はすぐに立ち上がる。

中沢潤が残した、最後の希望を紡ぐために。


――既に二つの魂は一つになっていた。



「――潤のこころを感じる」


今思えば、この世界で起きた物語はたったの一週間。

日付で言えば7日。たったそれだけの時間。でも、どこまでも続くような永遠を感じかけた時間でもあった。

私はこの時間を絶対に忘れたりしない。忘れていい記憶なんて一片もない。


生きることに必死で、仲間と一緒にこの世界の真実を探して、たまにはぶつかり合うことだってあった。

だけどそれが私たち人間らしさという事を知った。


この小さい世界で争う理由なんて本当は何もない。だけど、皆はお互いに違う夢、未来を抱いているから。

その未来を得る為に、私たちは日々争っているんだ。

本当の世界ではあまり目立たないことかもしれないけど、人を恨んだり、馬鹿にしたり、嫌いになっちゃったり……。

些細な事かも知れないけどそれも争い。けど、確かにそれも人間らしさなのかもしれない。でも、そんなんじゃみんな楽しくないでしょ?

自分の幸せのために人を使うなんて、私は許せない。そんなのちっとも楽しくない。

争わなくても人は生きていけるし、手と手を重ねた方が温かいに決まってる。


だから私は、私たちの本当の夢を願う。

それはきっと本当の幸せ。



どうか、みんなに。幸せな明日が来ますように。どうか、この想いを忘れませんように。



最愛の人の魂に抱かれながら、成沢美唯は静かに祈っていた。



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