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36話-(2)



桜夜先輩の初動が見えた。

突きの姿勢で一気に距離を詰め寄ってくる――!


「――ッ!!」


即座に結界を発動し大事は免れた。

突きの姿勢を見せてからの発動ではもしかすると防御が間に合わないかもしれない。

それぐらいの神速だ。


「くぅ……! まさかここまで微動だにしないとはな!」


桜夜先輩は身体に沁み込んでいる剣戟を流れるように繰り出す。

だが、その力を持ってでも結界には傷一つ付かない。

でも――油断は出来ない。敵はあの桜夜沙耶だ。俺以上に俺の能力のことを知っている。


「……駄目だ。俺からも仕掛けないと相手から仕掛けてられる」


何か桜夜先輩には案があるのだろうか。もし異能を無効化するような桜剣があれば、俺なんて転がる芋虫と同じだ。

ないと信じたいが……桜夜先輩なら否とは言い切れない。

隠しきれない不安と動揺が徐々に額を濡らしていく。


「……考えろ。桜夜先輩の弱点を。現状打破が最優先だ」


俺は目の前にいる桜夜先輩と、今まで戦ってきた桜夜先輩の姿を見合って弱点を探していた。

だが当然、それが見つかる瞬間は訪れない。

――今まで一番、桜夜先輩が追い詰められた時と言えば星見郷が相手だった時だ。

常に攻撃の裏を突いていた星見郷がピンチをチャンスに変え、チャックメイトまでかけてみせた。

だけど、俺には星見郷のような技術はない。ならば、俺にしかないこの能力を如何に使うか、だ。


「――そうだ。この異能の真価は魂を操ることなんだ」


人間には精神を支配する魂、精神魂と、肉体を支配する魂、肉体魂がある。

この異能は相手の肉体魂を侵食し己の精神魂と同化させることで相手を操ることを可能とする魔具。

なら――!


「これに賭けるしかない!」


俺は右眼を見開き真価を発揮させる。

結界内にある魂がその対象――ならば俺自身の魂も対象ということ。

これは誰にも見せていない最後のカード。桜夜先輩の思考の裏を行くことができる。


「くぅ――ッ!」


俺は歯を食いしばり、己の肉体魂の侵食を始めた。

身体が蝕まれるような不快な痛覚。これが魂の侵食ということか……。


――可能なはず。


己の肉体魂を侵食し、侵食のしていない精神魂で己に命令をする。

つまり自分自身を操るということだ。

命令を忠実に従わせる異能だからこそ、命令を守ろうと本来以上の力を発揮してくれるはず。


「……なんだこの感覚」


もはや喋っているという感覚すらない。立っているという感覚すらない。

五感を全て取り除いたよう未知な感覚に戸惑っていた。だが眼は見える。

やはり魔具で出来ているこの目だけは特別なのだろう。


「操り人形になった気分だな」


慣れ難い感覚であることに変わりはないが、痛覚も感じないと思うと少しはマシだ。

視線を桜夜先輩に向けた瞬間――魂の底から声のようなものが聞こえた。


「……何か聞こえる」


――ちゃん! ――にいちゃん! ――おにいちゃん!


最初は僅かな羽音のようなモノが、次第に魂を震わすような共鳴に変わって行く。

この声――忘れるわけがない。あの日失った声。ああ、何年ぶりだろう。お前の声を聞いたのは。

今までずっと――そんなところで眠っていたのか。気付かなくてごめんな。


「沙希ッ!!!」


俺は魂の中で妹の名前を叫び、波紋のように広がっていく魂の中を見据えた。

反応が無数にある。これを魂の共鳴というのだろうか。波紋は一切途絶えることがなかった。


「お兄ちゃんの魂の中にはみんながいるよ!お父さんもお母さんも! この世界で死んじゃったみんなだっているんだよ!」


これが本当の――本当の真価なのかもしれない。魂を操ることではなく、魂を引き寄せることが。


「だから絶対にお兄ちゃんは勝てるの! みんなの魂がお兄ちゃんに力を貸すから!」


どこからか力が湧いてきた。絶対に勝てる、そう確信できる程の力。


「ありがとう沙希! みんな!」


無限に湧いてくるのは魂の力。五感がなくとも確かに感じる唯一の感覚。

俺はぎゅっと神切の柄を握りしめた。


「中沢潤に命令する。桜夜沙耶に勝て!」


そう自分に指示を下した次の瞬間――


「なぁ――ッ!?」


結界を瞬間的に解除した刹那、既に俺は桜夜先輩の間合いに入っていた。

金属が打ち合う甲高い音が聞こえた頃、ようやく桜夜先輩の顔に表情が追い着く。


「お兄ちゃん!結界だっけ? とにかく防御は任せておいてよ!」


「まかせたぞ沙希!」


魂の中でそう対話する。俺の指示ではなく、沙希の判断で結界が発動されるということ。

タイミングが鍵を握るが、実の兄妹である俺たちが息を合わせるのなど容易なことだ。


「ど、どういうことだ……!? まさか君がここまで……!?」


悲痛な表情で鍔迫り合いに耐える桜夜先輩。明らかに油断していたことが手に取るようにわかる。

その時、俺もある事に気が付いた。聴力と嗅覚が回復している。――これも皆の魂が力を貸してくれたからなのだろうか。

ありがとう。力をくれた人たちの為にも俺は余計に負ける訳にはいかなくなった。


「なら私とて容赦はしないぞ!」


桜夜先輩は一跳びで間合いの外まで後退し、呪文を唱え始めた――!


「舞い落ちる桜の花に夢幻の優美を奉ずる」


あれは間違いなく桜剣だ。なら――結界を発動させて防御すれば……


「無駄だ」


「――ッ!?」


魂の中から青年の声が聞こえた。これは忠告なのだろうか……?


「あの構えは零傑。呪を組み込みことによって異能の無効化ができる桜剣だ」


ならば俺の結界は通用しない。異能を無効化するような業を本当に先輩は持っていたなんてな……。

やはり桜夜先輩も最後のカードを伏せていたのか。


「俺の名は桜夜飛龍だ。ここは任せろ」


「さ、桜夜!?」


桜夜――飛龍。

この眼――偽神の眼の最初の所有者であり桜夜家最強の剣士。

確かに俺の魂の中に眠っていてもおかしい話ではないが、俺も少なからず動揺を隠せなかった。


「巡り来る花信へと集い百花繚乱の如く成せ」


桜夜先輩が呪を唱え終えると、指で組んだ呪印が燦爛の如ごとく輝きを増した始めた――!

その瞬間、俺の中から突き動かされるように同じ呪を組みはじめる――


「「解き放てッ!桜剣零傑ッ――!!」」


桜夜先輩と俺の声。二人の声が重なり、目の前は閃光のような光の障壁が広がっていた。

これは衝撃波――まさかこれを俺が繰り出したというのか?


「バカなッ!?」


二つの衝撃波がぶつかり合い互いに消滅し合った瞬間、桜夜先輩は驚愕の色を隠せないでいた。

それもそうだ。ただの一般人である俺が桜剣を成したのだから。


「なぜ君が桜剣を……!」


かなり動揺している。畳み掛けるのなら今しかない。

俺は地面を蹴った――!


「桜剣――寒靄かんあい!」


無意識にそれを口にした瞬間、神切がまるで雷切のように剥離して帯電し始めた――!

その瞬間――


「ぐあはぁあッ!?」


桜夜先輩の真下には魔法陣ができ、先輩の動きが完全に停止した。

これは一度俺も見たことがある。微量な電気で筋を硬直させ、戦闘能力を零にする桜剣だ。


「桜夜先輩!もう止めてください!」


「な、なにがどうなってるんだ……!?」


今の俺は中沢潤であり桜夜飛龍であり、この魂に宿るすべてでもある。

鍛えていない身体だが飛龍の魂さえあれば桜剣が成せる。


「……勝ち誇るにはまだ早いぞ!!!」


強張る表情を浮かべる桜夜先輩の叫声と同時に、俺の真下にも魔法陣が展開した――?

マズい!これは同じ業だ――!


「桜剣――寒靄!」


痛みは全く感じない。それは痛覚も失われているからだ。

だが、だからと言って無理に動かすと筋肉が使い物にならなくなるかもしれない……!

一体、どうすれば……


「お兄ちゃん!」


魂の中から沙希の叫び声が聞こえた。

その声に気付いた時に俺が眼にした光景は、突如発動した結界に俺が弾け飛んでいるところだった。

沙希は助けてくれたんだ。寒靄の魔法陣の外へ結界で俺を飛ばしてくれたんだ。


「ありがとう沙希!」


命令通り着地した俺の身体は真っ直ぐに桜夜先輩を見る。

既に俺が放った寒靄は解除されていた。


「小僧、後はお前の問題だ。己の力でこの理不尽を越えてみせろ」


「……ありがとう。本当に助かった。後は俺が何とかしてみせる」


「最後に、道を踏み外した桜夜の継承者に喝を入れられて良かったよ」


そう言い残し、桜夜飛龍の魂は感じなくなってしまった。

飛龍の魂があったからこそ桜剣を放つことが出来た。だから、もう放つことは出来ないだろう。

だけど飛龍の言う通り、自分の力で目の前の理不尽に立ち向かわなくてはならない。

そう自分を奮い立たせ自然と柄を握る力が増した。


「――行きます!」



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