36話-(1) 最後の旅
「これからどうするの?」
「そうだな……旅に出るか」
「旅?」
「全てを捨てて、全てを賭けた最後の旅」
「……なにそれ」
「笑うなよ。ここはお前が創った世界なんだろ? そう思うとなんだか旅をしたくなってきたんだよ」
「なんかそう言われると恥ずかしくなってきた……」
そう朗らかに語り合う二人は手を取り合い、静かな田舎道を歩いていた。
日付は9月7日の早朝。世界が終わる命運を背負っている少女とは思えない程にその表情は明るかった。
――全てを捨てた最後の旅
俺たちは仲間を見捨てて二人、旅に出た。
暗闇を利用して別れも告げず、逃げるように互いの手を取り合い決別を決心したのだ。
桜夜先輩にも、月守さんにも、星見郷にも、清王さんにも、ガイにも、戦う理由などどこにもない。
俺たちを庇うことは世界を消滅させる悪も同じ。そんな決断を心の底から信じている仲間にして欲しくはなかった。
そんなレッテルを貼られるのはコイツを愛した俺だけで十分だ。
「あと一日だねぇ……」
「そうだ。あと一日もあるじゃないか」
「前向きで良いこと潤さんは」
「お前となら絶対に世界を救えると本気で思ってるからだよ」
「――ッ!? そ、そんな恥ずかしいこと良く真顔で言えるねッ!?」
――全てを賭けた最後の旅
それは世界を救う為に全てを賭ける、俺たちにしか出来ないことだ。
きっと皆が助かるもう一つの方法があるはずだ。
それを探すのが――俺たちの旅。
「あ、そういえば食料とか全部置いてきちゃったね」
「そういえばそうだったな。まぁ、一日ぐらい何も食わなくても大丈夫だろう」
「……潤、本当にどうしたの? 昔から想像もつかないぐらい前向き潤さんになってるけど……?」
「バカ、言わせるなよ。お前がそうさせてくれたんだよ」
「――ッ!? よ、良くそんな恥ずかしいことを平然と……ッ!?」
「お前だけじゃない。桜夜先輩が強烈だけど仲間と出会って俺は変わったよ」
「あ、あはははは、本当に桜夜先輩たちには助けてもらってばっかりだったね」
「ちゃんとお礼がしたかったな。桜夜先輩たちのおかげで俺たちは生きてるんだからな」
「そのお礼は本当の世界に戻った時にすればいいんじゃないの?」
「おおっ! 遂にお前も前向き美唯さんになったか!」
「う、うるさいよ! 桜夜先輩たちの為にも絶対に世界を助ける方法を探してやるんだから!」
このままどこまでも美唯と一緒に旅をしたい。
いや、それはちょっと贅沢かな。世界を救えた時のご褒美としてとっておくか。
先ずは何よりも世界を守る事を優先に考えよう。
「さてと、どうすれば世界を守れるもんか……」
考えはなくもない。
俺の異能は魂を操ることが出来る眼。それを利用すればどうにかなるのかも知れない。
心が痛むが、俺が美唯の魂を操り『この世界を消滅させろ』と命令する。
そすれば……もしかすると俺の命令通りに美唯が行動し、世界を消滅させてくれるかも知れない。
だが、かなりの高リスクがある。
それは美唯が死ねば世界が消滅するからだ。命令を実行する為に自ら死を選択する可能性が極めて高い。
俺が操る者は人形そのもの。自分の命令通りにしか動かなく、人格なん侵食されている間は消滅している。
なら、命令を変えればいいのか?
……いや、とてもこれが最良の方法とは思えない。
「私が創った世界だから、私ならどうにか出来ると思うんだけど……」
確かにそうなのかも知れない。
だが、俺は幼馴染でありながら美唯の異能を見た瞬間は一度しかない。
汐見あすかと合見えた時の瞬間移動――
だからこそ、俺の中で引っ掛かるものがあった。
美唯は本当に異世界を創る異能を持っているのだろうか?
異能を持っていることは間違いない。この世界の神である事も間違いはないだろう。
だけど、美唯は人間ではありえない『瞬間移動』をしてみせたんだ。
「……もしかしたら、この世界はお前の独壇場なのかも知れないな」
「え……?」
確信はない。だけどこの世界の神が美唯というなら、神のような能力を持っていても不思議ではない。
異能を持つ俺が瞬間移動は不可能のように、異世界を創る異能を持つ美唯が瞬間移動をする事はまず不可能だろう。
……何かが根本的に食い違っている気がした。
「お前はあの時、瞬間移動をしてみせただろ?」
「う、うん」
「ならお前は異世界を創る異能じゃない。それか、この世界は神であるお前の独壇場か。そのどっちかだろ?」
どっちにしろ美唯にはこの世界を終わらす力がある。そう俺は思う。
その為にまずは美唯の異能を理解しなくてはないらない。
だけど……その術がどこにも見当たらなかった。
こんな時、桜夜先輩ならどうする?
「……またそうやって頼ろうとする。俺たちで頑張らないと」
ここに桜夜先輩はいない。三度彼女に縋りそうになった弛んだ気持ちをもう一度引き締めた。
そして再び、世界を守る術を思考してみるが、何一つ思いつかない事に少しずつ焦りへと変わっていく。
「何か必ずあるはずだ。それを探す旅じゃないか」
一人小さく呟いて、その気持ちを沈める。
そう強く意気込み前を目視すると――思わず目を疑う光景が飛び込んできた。
優美に靡く紅い髪。その炎を取り巻くような蒼い瞳。
眼を合わすだけで息絶えてしまいそうな圧倒的な存在感。
「桜夜……先輩?」
眼を何度も瞬いてみる。それは人違いに見えて仕方ないからだ。
決意が滲み出ている鋭い眼光でこちらを睨みつけている桜夜先輩。
……俺はあんな桜夜先輩の顔を見た事がない。だが――紛れもなくそれは桜夜沙耶だった。
「どうしてここが……?」
動揺のあまりそんな言葉しか出てこなかった。
「神切が導いてくれた」
――神切
俺はその刀に触れて異能が覚醒した。桜夜の血筋が流れていない者が触れれば絶命してしまうという宝刀。
そうか。桜夜先輩は少なからずこの眼の事を知っているんだ。
もう一度、桜夜先輩の眼を目視すると、昨日まで仲間だった事が嘘かのよう彼女は俺たちを敵視している。
「君たちを討ちに来た。世界を守る為に」
「――ッ!?」
そう言うと桜夜先輩は愛刀の千鳥を鞘から抜き、刃先を俺たちへ向けた。
覚悟はしていた。だけどまさか……こんなにも早く決闘の時が来るとは思わなかった。しかも相手が――桜夜先輩。
桜夜先輩は決断したのか。世界を守るか仲間を守るか。
今思えば、俺たちを討つというのは当然の決断だ。
「中沢くん。君に最後のチャンスをあげよう。成沢くんを私に渡したまえ」
俺はショックを隠せなかった。
今までずっと憧れ続け、俺たちを守ってきたその桜夜先輩の刃先が――俺たちに向いてるということに。
「……渡せると思いますか?」
「ふぅ、思わないな」
そのまま俺たちは睨み合う。
桜夜先輩の強さは知っている。桜夜先輩は俺の異能の事を知っている。
殺し合うとなると明らかに結果の見える戦いだ。だからと言って退く訳には行かない。
「桜夜先輩! 止めてください! 私たちは仲間じゃないですかッ!?」
今にも泣きだしそうな美唯の悲痛な叫び声。
「……君たちを守ると約束した私だが、本当にすまない。約束を破り仲間を討つ私は最低だ。幾ら怨んでくれても構わない」
「だが、それ以上に世界は守らなければならない。桜夜の名に懸けて――世界を終わらす訳にはいかないんだ!!!」
その通りだ。世界の誰もがその決断に賛同するだろう。俺たちが世界の敵なんだ。
だけど俺は――俺は世界を敵にまわしても美唯を守ってみせる。桜夜先輩が守りたい世界は俺にとって美唯なんだ。
「……うらみもしないし最低だとも絶対に思いませんよ。あなたは最高の憧れでした。それと――俺からも一つ言い残したことがあります」
どうしても伝えたい事ががあった。
だけどこんな形で言う事になるなんてな。現実は非情なもんだ。
「今まで守ってくれて本当にありがとうございました」
俺は刃先が向いているのにも構わず、深々と礼をした。
それはもう決別の証なのかも知れない。
「ああ、私も君たちに出会えて本当に良かった。心から感謝する」
「……桜夜先輩!」
縋りたい気持ちを抑えて震える声で彼女の名を呼ぶ美唯。
俺たちと桜夜先輩は解り合っている。だけど今、こうして決別しようとしている。
それは守りたいものが違うから、自分の信じた道を行く為に俺たちは殺し合っている。
……なんて残酷な世界なんだろうか。
自分の幸せを掴む為に争う俺たちの――本当の幸せはどこにあるのだろうか。
「成沢くん。安心してくれ。君たちを討てば私も腹を切る。私たちの命で世界を守ろうじゃないか」
そう言いながら、俺たちに優しく微笑みかける桜夜先輩最後の微笑み。
もう桜夜先輩の決意は変わらないだろう。自分の正義をどこまでも貫くつもりだろう。
なら俺は――桜夜先輩に勝つしか方法はない。大切な人を守る為に。
「さぁ、中沢くん。成沢くんを守るというのなら受け取りたまえ」
桜夜先輩が何かを投げ、それが空で螺旋しながら目の前の地面に突き刺さる。――神切だった。
「どうして敵に武器なんかを……?」
「これは世界の存続を賭けた決闘だ。私の正義とお前の正義。どちらが正しいが白黒つけようじゃないか」
同等の条件。どこまでも桜夜先輩らしい。この刀を取ればそれは公認の合図ということだろう。
もう覚悟は決めっている。俺は直ぐに刀の柄を握った。
「最後にこれだけは訊かせてください。他の仲間はどうしてるんですか?」
「武装高校へ返させた。安心していい。武装高は桜凛高校の生徒を保護しているらしいからな」
今頃は武装高にいるだろう、最後にそう言い加えた。
武装高校が出している命令は桜夜沙耶率いるグループの殺害。
その桜夜先輩が別行動をとれば確かに残りの仲間は安全な武装高で保護を受けることができる。
「一騎打ちだ。君を討つまで私は成沢くんに手は出さないことを誓う」
「ありがとうございます」
俺は桜夜先輩を信じている。絶対に桜夜先輩は嘘をつかない。
一騎打ちとなれば俺の結界が思う存分に使える。それに神切と異能の力は未知数だ。
勝機はゼロじゃない。
「……潤、もうどうにもならないの……?」
「そんな不安そうな顔するなよ。桜夜先輩に俺たち生き様を見せてやろうぜ」
涙を一杯に浮かべているその涙を落とすよう俺は軽く頭を叩いてみせた。
「……これは無意味なんかじゃない。美唯、お前の異能が覚醒することを願ってる」
耳に口を近づけ、囁くように呟いた。
美唯の異能の発動は感情に大きく左右される。あの汐見あすかの一件でそれが理解できた。
なら――これは転じてチャンスとも言える。
「準備はいいか?」
「ええ、どこからでもかかってきてください」
俺は桜夜先輩との距離を確認する。
20メートルと言ったところか。この程度の間合いなら瞬く間に詰められる事を俺は知っている。
美唯は俺が死ぬまで狙われない。ならば最初は結界を発動させて様子を見るのが妥当だろう。
「行くぞッ!!!」
桜夜先輩の一声がこの世界に響き渡った。