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35話-(2)



彼女は日本を覆う程の魔法陣を1年という月日を経て創造することに成功した。

異能者の異能を自ら操り、その能力を引き出す魔法陣。


本来、この異世界は武装高の校門に桜が咲き誇るだけの世界になるはずだった。

だが、異能の力が膨大過ぎる。魔術師である架瀬セナには世界を消すことが出来なかった。

ならば、新しく作った世界を元の世界に上書きすればいい。

そうすればもう一つの世界を異世界ではなく、本当の世界として恒久に維持することが出来る。

それが彼女の行き着いた魔法こたえだった。



――だが、実験は失敗した。

人が世界を創ろうとしたことの罰なのだろうか。彼女が望みもしない真逆の世界がエラーとして出来上がってしまったのだ。

それが今いる俺たちの世界。


これだけでは終わらなかった。彼女が行き着いた答えが更なる絶望を生み出してしまった。


この世界は一時間後に、元の世界に上書きされるよう魔術で仕組まれていたのだ。

本当は桜が咲くだけの世界になるはずだった実験は誰もが予想を超える最悪な結果になった。


「も、元の世界に上書きするだと!? それはまさか……まさか……」


あの桜夜先輩でさえ平静さを失っていた……。

俺たちが争う理由。この世界を終わらせなければならない理由。それも同時に理解したからだ。



――この異世界は元の世界に上書きされる。



それは遠回しに世界の終りを意味していた。

武装高と桜凛高の生徒しかいない世界。電気も使えない世界。

今俺たちがいる世界が元の世界に上書きされるということは、元の世界が消滅するということだ。

なら――本当の世界にいる人たちはどうなる?


分かっている。答えは。

もしそうなってしまえば、世界には俺たちしかいなくなる。


「一時間後に世界は終わる。それはもう誰もが阿鼻叫喚な状態になったわ」


架瀬セナが死んでもこの世界は終わらない。

ならどうする? あと一時間で本当の世界は終わるんだぞ?


もはや答えは一つしかない。


この世界の源である異能者を殺す。それが桜凛高校全生徒の殺害命令の真意だった。

――世界を救う為の唯一無二な方法として。

ただ自分たちの生き残りを考えていた俺たちには、余りのも受け入れられない重過ぎる真実だった。


「魔術の根源を絶てばその術は消える。それは魔術全てに通じる理なのよ。だから武装高の生徒は死に物狂いで異能者を探したわ」


「ま、待て! だからと言ってなぜ桜凛高校の生徒だけに標的を絞った!? その異能者が武装高の生徒という可能性だってあるだろう!?」


「考えてもみなさいよ。どうしてこの異世界には二校しか存在しないのかを」


「――ッ!?」


「この二校が大きくこの世界と関係してるからよ。この異世界を創ろうとした術者は武装高の架瀬セナ。なら異能力を宿す者は桜凛高の人ということになるわ」


頭が蒼白になった。

まさか……俺たちの戦いが世界の存続を賭けていた戦いだったなんて……俺は悪い夢でも見ているんじゃないか?

身体の血流が逆になったような悪寒。それを感じた時、これは現実なのだと痛いほど理解できた。


「悪逆非道な行為は承知。だけど世界という天秤に吊るされているのよ」


「その決断を1時間……いや、一分一秒でも早く決めないとならない時に、あなたはどんな決断をするの? その遅れた判断が世界の存続に関わるのよ?」


「わ、わたしは……」


桜夜先輩は答える事が出来なかった。

完全無欠な桜夜先輩。憧れであり強さの象徴だった彼女は――ただ黙ることしか出来なかった。

こんな事を瞬時に判断出来る者は、もはや心の持った人間ではないとすら思った。


狂気と思っていた『桜凛高校全生徒の殺害命令』

それが世界を救う唯一無二な方法だなんて……。

言葉通り天地を返したような気分だった。


許せない。誰を? こんな命令を下した奴を? そいつは世界を救おうとした英雄とも言えるんだぞ?

やり場のない怒りは、ただただ心の底へ溜まっていく。


「ま、まさかこの世界は既に元の世界と上書きされたというのか!?」


本来ならこの異世界と本当の世界を上書きされるまでの猶予は1時間。

その時間などとうの昔に過ぎている。


「それが私たちの唯一の救いだったのよ。どうやらこれもエラーで組み込まれたようにいかなかったようね」


「なら他の策を見つける時間も……!」


「でも世界の運命は変わらない。一時間が一週間に延びただけよ。世界解析という最大級魔術を使ってこの世界の大体は知ることが出来たわ」


い、一週間!? だとしたら今、俺たちは何日目を迎えている!?

俺が火起こしをしたのは確か6回目だから……明日が7日目!?


顔から血の気が引いていくのが分かる……。世界消滅のカウントダウンはあと一日に迫っているからだ。

もう目の前に光すら見えない。見えるのはどこまでも深い――絶望ばかりちらつく。


「な、何かないのか! 誰も死ななくても――この世界を終わらす方法は! その一週間で何も生み出せなかったのか!?」


桜夜先輩とは思えない、すがるような悲痛染みた叫び声が聞こえた。

誰よりも頼りにしていた桜夜先輩の声だからこそ――俺の胸に響いて絶望を更に引き立たせた。

もう――それ以外の術は、本当にないのかも知れない。


「馬鹿言わないでよ。時間が延びたからって何が出来るの? 異世界を消滅させる方法が新たに出るわけなの?」


「……ッ!!!」


「異世界を消滅させる方法なんて一つしか考えられないわ。その為に武装高は犠牲は最小限にしようと異能者の特定を急いだのよ」


「だから朝倉は5日目、ようやくこの世界の根源である異能者を絞り出すことができたのだから」


朝倉が異能者を絞り出すまでの5日間。桜凛高校生徒の虐殺は続けられた。

この世界を終わらすことだけを祈って、ただ非道な行為をやり続けた。

――それでもこの世界は終わらない。それは、まだ異能者が生きているという証。


そして5日目。遂に朝倉は異能者の特定に成功した。

これで無差別に人を殺す必要はなくなる。それは確かに何よりの救いだった。


「その朝倉が特定したのが――私たちだったということか……!?」


さすがに個人まで特定は出来なかったということか……。

だとしても、その情報は大きすぎる。世界を守る為の討つべき敵がわかるからだ。

俺たちはもはや世界の敵。世界存続すら危ぶまれる存在と化していた。


「もう貴方ならわかるでしょ? 誰を討てばこの世界は終わるのか」


気が付けば俺は自分自身の手を強く握りしめていた。

桜夜先輩の仲間で、桜凛高校の生徒で、異能を宿す者は――俺しかいない。

俺が死ねばこの世界は――終わるのか?


「……違う。中沢くんの異能は偽神の目。異世界を創るなど到底無理な異能だ」


「あらそうなの? ならその子は違うみたいね。……って、どういうことなの? 世界を創る異能の他にもう一人異能者がいるっていうの?」


「……君の前でも披露した筈だが、どうやら記憶にないみたいだな。彼の異能は魂を操る能力だ」


お、俺がこの世界の根源じゃない……!?

いや、落ち着いて考えてもみろ! 桜夜先輩の言う通り俺の異能は魂を操ることだ! 世界を創造することではない!

本来なら安堵するべき言葉かもしれない。だけど自分の命以上に重い意味がその中には含まれていた。


「だとすれば……まさかこの世界の神は――」


桜夜先輩の震える声に反応するよう、俺の全身に電撃が奔るような錯覚を覚えた。

それを聞いてしまったら、もう2度と俺たちの日常は2度と戻ってこない。

確信にも近い予感を俺はただひたすらに否定した。


……違う。違う違う違う違う違う違う違う違う―――――ッ!!!!!


絶望に耐えられなくなった俺は瞼をぎゅっと締め、魂でただ『違う』ということを連呼し続けた。


止めてくれぇ……これ以上何も失いたくないんだ……。嘘だって言ってくれよ……頼むから……。


走馬灯のように俺の日常が魂の中から湧き出るように蘇る。

その大河の如く流れる記憶は徐々にあの日へ向かっていた。


――成沢美唯。


彼女だけが、美唯だけが異世界に堕ちた時、全身を焼き尽くすような激痛に襲われていた。

今思えば簡単なことだ。美唯が異世界を創る異能を持っているからだ。架瀬セナによる異能を引き出す魔法に抗っていたんだ。


どうして俺はこんな大切なことを忘れていたのだろうか。


もしかして俺は――異世界に堕ちたと同時に、美唯がこの世界の根源であると本当は解っていたのかもしれない。

でも俺は美唯を守りたかった。あの時美唯が俺を助けてくれたように、今度は俺が美唯を助けるんだ。

だからこそ、殺し合いが日常化しているこの世界で、俺の記憶にあの事は消えていたのかもしれない。


そうか。俺はこの世界から出たいんじゃない。生きたいから戦うんじゃない。死にたくないから戦うんじゃない。


俺はただ――美唯を守りたいだけだったんだ……。


「その顔。誰がこの世界の神であるか解ったのね?」


「……ああ」


二人の会話はそれ以上続かなかった。

桜夜先輩が美唯を匿うこと。それは世界を滅亡させる悪と同じなのだから。

今、桜夜先輩は――その身体ではあまりにも大きすぎる運命を背負っている。

これ以上ない絶望に打ちひしがれた俺たちは、一切の言葉を失っていた。


「……教えてくれてありがとう。感謝する。これは約束だ」


正気の宿っていない桜夜先輩の声と風を切るような音が聞こえる。


「あら? 意外ね。まさか本当に約束通りやってくれるとは思わなかったわ」


「……君がこの先どうしようと構わない。今の私なら赤子の腕をねじる程簡単に倒せるかもな」


「ふふふ、冗談でしょ? 私も約束通りお家に帰らせてもらうわ。ここで世界存続を賭けた戦いというのも一興だけど、その明暗は貴方に託すことにするわ。これも約束だしね」


アリフォーユの足音が遠のいていく。それはまるで自らの意識を比喩しているようだ。

そして彼女は去り際にこう言い残した。


「あなたが世界を救いなさい」


頭が割れるように痛い……胸が八裂きにされるように痛む……。

今やるべき事が何一つわからない。重過ぎる絶望を突き付けられた俺の身体は鉛のように重い。言う事を聞いてくれない。

俺はただ飾りのようになった頭を抱えて黙考することしか出来なかった。

一人の少女の命と世界の存続、そんな明らかに結果の見えた天秤があっていいのか……。


「潤、今までありがとね」


「――え?」


頭を上げる。


そこには――


あまりにも自然な声で――、何一つ絶望も感じさせない――美唯の姿があった。

全てを理解しても――笑顔を絶やさない美唯。


どうしてお前は立っていられる……? どうして笑っていられる……? どうして絶望してない……?


「私、世界を守るよ。潤の為にも、皆の為にも」


そして美唯は最高の笑顔を俺に見せてくれた。

作り笑なんかじゃない。心の底から彼女は微笑んでいた。


「ば、馬鹿野郎ッ!!! 世界を守るって……お前は何をする気だ――ッ!?」


そんなこと訊かなくても分かっていた。俺は美唯の全てを知っているつもりだ。

自分の命が世界を滅ぼすなら――アイツは迷いもなく自分の命を捨てることも……それぐらい俺は知っている。


「潤! こんな私と一緒にいてくれてありがとう! わがままに付き合ってくれてありがとう! 私!潤と出会えて、すごっく楽しかったよ!!!」


俺たちの思い出を過去にしないでくれ……。これからもずっと、俺はお前と……!


「実は私わかってたんだ。ずっと前から。私がこの世界の神様なんじゃないかって。だから驚かないよ」


――そんな事はどうでもいい。

俺はただ、目の前に咲き誇る一輪の笑顔を失いたくないだけなんだ。 二度と大切なものを失うものか。

お前だけは――何があっても――例え世界が終わっても――お前だけは失いたくないんだぁ!!!


「ふざけるなぁ!!! お前が何をしたって言うんだッ!? お前が死ぬ理由がどこにあるッ!?」


気が付けば俺は美唯へと踏み出していた。


「私が生きてると世界が終わっちゃうんだよ? だったら――」


「違う! そんな事はどうでもいい! こんな事でお前は死んでもいいのかって訊いてんだッ!!!」


泣き出しそうな気持ちを必死に抑えて俺は感情のままに叫んだ。

他者が決めた勝手な運命。その運命のせいで美唯が死ぬ。そんなことは絶対にさせない。


「……わけないよ」


美唯は肩を震わせながらただ下を向いていた。


「いいわけないよ!!! 私だって死にたくない!!! もっと皆と一緒にいたい!!! 潤と一緒に……ずっと一緒にいたいんだよぉ!!!」


抑えていた感情を全て泣き叫ぶ美唯の声。その声がこの世界に木霊する。

幼馴染の俺でさえ見た事のない――子供のように泣きじゃくる美唯の姿。

同じだ。美唯も俺も。想いは同じなんだ。なのにどうして解り合えないのだろう。

この世界にいる皆だって元の世界に戻る事を望んでいる。世界を救いたいと願っている。

なのに……どうして俺たちは、こんな小さな世界で争わないといけないのだろう。

俺たちが争う理由なんて――本当はどこにもないんだ。


「だけどもうどうしようもないじゃない!!! 私が生きてると……世界が終わっちゃうんだからぁ!!!」


誰が悪い?

美唯のせいか? 平和な世界を望んだ架瀬セナのせいか?

違う――誰一人悪くないんだ。


「誰も悪くないんだ! この世界にいる誰一人……悪くないんだよ! なのに――なのにどうしてお前だけ死なないといけないんだよッ!?」


「だってぇ! 私が生きてると……!」


「それでも良い! 世界が終わったって俺は構わない! お前がいない世界なんて――ない方がマシだぁ!!!」


残酷な我がままだと分かっている。だけど自分の気持ちに嘘はつけなかった。


「じゅ、じゅん……じゅん……じゅん……!」


震える声。俺を呼ぶ悲痛な声。

幾多も零れ落ちる涙が、月光に反射して宝石のような輝きを魅せていた。


「世界を敵にしたって俺はお前を守ってみせる。だから……もう死ぬなんて言うな」


絵空事なんかじゃない。俺の異能、結界にはそれが出来る。

世界が終わるその時まで美唯を完全無欠な結界内に閉じ込めることだって出来る。

だけど、そんな事は毛頭する気はない。きっともう一つの方法が必ずあるはずだ。

俺たちでしか見出せない――最後の術が。必ずあるはずだ。

だから俺も――絶望するのはまだ早い。


「なんでぇ……なんでそんなこと言えるの……? 皆がいる世界が終わっちゃうのに……どうしてぇ……?」


どうして? どうして何だろうな。

世界が終わるなんて二の次だと思えてしまうこの感情は何なんだろうな。

この熱い気持ちは――何なんだろうな。


「お前が好きだからだよ!!! お前が好きで好きで仕方ないからだよ!!! 大好きな人を――愛してる人を守りたい気持ちは間違ってるのかッ!?」


そうか。俺は美唯が好きなんだ。大好きなんだ。愛してるんだ。

ようやく伝える事が出来たんだ。この気持ちを。

遅くなってごめんな、美唯。

ようやく俺――自分の気持ちに正直になれたよ。


「……潤のばか。ほんとうにばかぁ……」


少し頬をつり上げて、涙を一杯に溜めた瞳で俺を見つめていた。

安堵そうに微笑む彼女を痛いぐらいに抱きしめたい。お前はここにいるという事を感じて欲しい。

でも、何かが壊れてしまいそうな、そんな気がして踏み切れない俺がいた。


「私だって同じだよぉ!!! 大好き……大好きだよ潤!!! ずっと昔からぁ……潤だけを……潤だけをずっと愛してたよぉ!!!」


深く、深く美唯の声が魂に届いているのが解る。

ずっと気持ちは同じだった。好きだという気持ちは二人ずっと同じだったんだ。

ならもう――ためらうものは何もない。それを理解した瞬間、どちらとでもなく抱き合っていた。


もしかしたら同じ想いを抱いていた事は解っていたのかも知れない。なのに今の今まで解り合えなかった俺たちがいた。

でも、同じ想いを抱き続ける者ならば、いつかは解り合える日がくる。

その事を、俺たちは証明してみせたのかもしれない。


この世界にいる皆も――世界を守るという気持ちが同じなら――きっとどこかで分かり合える。


もう、迷いなんてない。


俺は世界で唯一愛した成沢美唯と共に世界を救ってみせる。

二人でしかありえない本当のハッピーエンドへ、俺たちは運命を変えてみせる。


「一緒に背負っていこう」



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