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35話-(1) 99ピース


「……早くこの拘束を解いてもらえないかしら?」


「それは出来ないな。仮にこの拘束を解けば君は何をするつもりなんだ?」


「もちろん帰るだけよ。自分のお家にね」


「君はこんな世界にいるというのに、呑気に家に帰るつもりなのかね?」


「当然よ。貴方達を二度襲うような事はしないわ。そこまで往生際は悪くないのよ」


どこかから話し声が聞こえる。気怠そうに話すアリフォーユの声と低い声の桜夜先輩。


「それにしても貴方たちはどうして戦うの? 貴方たちが死ねばこの世界は終わるのよ?」


「……な、なんだと?」


二人の会話を聞いて、俺と美唯は思わず歩むことを忘れ立ち止まってしまった。

……俺たちが死ねばこの世界は終わる?

言葉にするのなら簡単な綴り。だけどそれは、簡単に納得できるような言葉ではなかった。


「……嘘だ」


震える声が無意識に口から漏れる。 だが絶望や恐怖で震えたわけではない。

嘘だという確信から来る憤慨で声が震えたのだ。


異世界を創る。それは魔術の中でも神の領域に入るほど最大級魔術。

俺と美唯、月守さんはただの一般高だ。魔術など使えるはずもない。

桜夜先輩だってそうだ。自分は魔術とは無縁の関係と言っていた。

清王さんにガイだって魔術を使っている姿など見たことがない。

星見郷は総合科故に魔術を使えるらしいが、最大級魔術を使えるほどの腕には見えなかった。

そんな俺たちが消えればこの世界は終わるのか? それに俺たちが出会ったのはこの異世界に堕ちてからだぞ?

俺は否としか言えない。


「……まさか貴方たちはこの世界の真意を知らないわけではないでしょうね?」


アリフォーユの声が一気に低くなる。それはまるで忠告のよう。

彼女は知っているのか……? この世界の真実を――


「知らないな」


意の籠った言葉でそう言い返す桜夜先輩。

ここは俺たちが割り込む場ではないかもしれない……黙して聞くことにしよう。

盗み聞きをしているみたいで後ろめたいが。


「――そう。ならこうしましょう。私があなたにこの世界の真実を教えてあげるわ。 その代わりこの拘束を解いてもらえないかしら?」


この世界の真実を俺たちはずっと探してきた。

アリフォーユの拘束を解けば俺たちは真実を知ることができる。

決して悪い条件ではないことは確かだ。だけど……


「…………」


桜夜先輩の言葉が生まれ落ちない。真実を知ってしまえば何かが壊れてしまう事を分かっているからだ。

後戻りの出来ない決断。正解なんて存在しない答を桜夜先輩は出そうとしている。


「……本当に真実なんだろうな?」


「嘘は言わないわよ。それが私のポリシーだもの」


からかうように言った言葉だが、俺には彼女が嘘を言っているとは思えなかった。

むしろ真実を知らない俺たちを哀れ見ているよう。


「でも、勘違いはしないことね。これはあくまで朝倉が話していた仮説のようなものよ」


朝倉――彼はこの世界の全てを知っている。

だが、朝倉は俺たちに真実を知るにはまだ早いと言っていた。……俺たちは彼が言い留まった真実をここで知ることになるかもしれない。

それで本当に良いのだろうか……。


「迷っている時間はなさそうだな。私だけでいい。真実を聞かせてくれないか?」


その言葉で俺の脳裏にあの朝倉が言い放った一言が蘇った。

『桜夜、お前になら真実を教えてもいい。それがどういう意味なのか解っているのならな』

桜夜先輩はやはり真実を知るべきなんだ……。どんな形であろうと。

でも俺たちは、盗み聞きをするような形で知ってしまっていいのだろうか? 知る覚悟はあるのか?

こうしている間に真実が語られようとしているんだぞ……。


「どこから話せばいいかしら。……そうね、まずはこの世界の意味からね」


引き返すなら今だぞ……そう自分に問いかけても身体は動こうとしない。

本能的な欲求で真実を知りたがっている。


「潤……覚悟を決めよう。遅かれ早かれ私たちは知る必要があるんだから」


「……そうだな。俺たちはこれを探し続けてたんだからな」


その美唯の一言で俺も覚悟を決めた。

真実さえ分かれば今後の行動も導き出される。例えどんな絶望が待っていようと――俺たちは。



「この世界は架瀬セナが夢見た世界。彼女が望んだ争いのない世界――になるはずだった」


遂にアリフォーユの口から真実が語られた。


架瀬――セナ

その名に早くも驚愕の色を隠せないでいる俺たちは同時に顔を見合う。

あの時に出会った少女が――この世界の創造主?

思いがけない言葉に俺はただ彼女の言葉の続きを待っていた。


「架瀬セナ……確か武装高の生徒会長だったな」


「ええ、そしてこの世界を創造した張本人でもあるわ」


武装高とは不釣り合いな彼女がこの世界を創造した……?

記憶の中で蘇るのはあの架瀬さんの笑顔。

朝倉の罠にまんまと嵌った俺たちを心配して助けてくれた人が、こんな世界を創造したなんて信じようがない。

いや、この世界は架瀬さんの夢見る世界になるはずだったんだ。ならこの世界は――


「ならこの世界は何なんだ?」


アリフォーユの言葉だと、この世界は架瀬セナが夢見た世界。彼女が望んだ争いのない世界。

――になるはずだった。

つまり彼女の望んだ世界にはならなかったのだ。真逆の世界といっても過言ではないぐらいに。

それはこの世界にいる誰しもが分かることだ


「この世界は……そうね。エラーで出来上がった失敗作とでも言うべきかしら」


「失敗作……か。あながちそんな居心地はしてたよ」


苦笑を浮かべる桜夜先輩は珍しく溜息を漏らしていた。


「あなたも知っているでしょう? まったく新しい世界を作りだすのは、人間、魔術では不可能なのよ」


「つまりここは真新しい世界ではないと?」


「そう。この世界は平行世界」


アリフォーユ曰く、現実は未来に対し無限の可能性を含んでいる。

その可能性が枝分かれした別の世界、隣り合った世界のことを、平行世界というらしい。


「でもね、平行世界すら創造することもほぼ不可能に等しいのよ」


「だが不可能ではない」


「そう。この世界には魔具がある。別称だと異能というのかしら。魔具は魔術なんかとは比じゃないぐらいの力を秘めているわ」


異能。

その言葉に本能が反応してしまう。

まさか……俺自身の異能がこの世界と何か関係してるとでも言うのか……?


「中には平行世界、つまりもう一つの世界を創り出せる異能もあるのよ。とは言え異能を持っている人なんて指を折るぐらいしかいないのだけど」


「ならば、その能力を持つ異能者が架瀬セナだということか?」


俺は魂を操ることが出来る異能を持っている。

美唯は異能と言えるのかも怪しいが、瞬間移動をしてみせた。異能とまではいかないが特殊な能力を持っているかもしれない。

ならば、その異世界を創る異能を持っているのが――


「そう思うでしょ? でも違うのよ。彼女は異能者なんかじゃないわ」


「か、彼女が異能者ではないだと? ならどうやってこの異世界を……」


「この異世界に世界を創れるほどの異能を持っている人がいるとすれば? どう思う?」


「ま、まさか……! 魔術で無理にその異能を引き出そうと……!」


「ビンゴ。案外頭の回転が速いのねあなた」


もはや凡人の俺には理解が及ばなかった。

だが、俺にも分かったこと。それは異世界を創るほどの異能を持つ人がこの世界に――いや、この異世界いるということだ。


「異能者の身体の内部には必ず魔具が埋め込まれてあってね。武装高は秘密裡にそれを見つけ出すシステムを開発しようとしていたわ」


異能者。

それは人間でありながらも特別な能力を持っている者のことをいう。

もしもこの世界に、世界をも破壊できる程の異能を持っている人がいればどうだろう。自ら手を出さずとも人を殺傷できる異能があればどうだろう。

異能者全てが善意を持っているとは限らない。だから無作為に力を行使する者も現れる可能性がある。

桜凛武装高校の存在理由は凶悪な犯罪、テロ、紛争などに対抗、事前に防ぐためだ。当然、異能者の存在を見逃すわけにはいかなかった。

世界の秩序を守る為、異能者の能力やその人格を理解し、最悪は監視する必要があるからだ。


――それは表向きの理由。

本当の理由はこの世界に革新をもたらす可能性が異能には秘められているからだ。

未知なものに人は惹かれる。言い方を変えれば異能は俺たちの――この世界の新しい可能性でもあるのだ。


だが、異能者のサンプルもない武装高がそのシステムを開発できるはずもなかった。

異能者のサンプルが手に入らない以上、確実に成功は程遠い。

そんな最中、武装高に彼女が入学した。


――架瀬セナ。


過去の境遇から争いのない世界を創ることを夢見て、武装高を選んだ彼女は何もかもが至高だった。

今生に生きる至高の魔法使い「終極の一重奏ワンデュエット」 そう呼ばれるようになったのは入学から間もない頃。

そんな彼女は無理だと言われた異能者を見つけ出す魔法を創造してみせた。


異能者は世界で両の手で数えられるほど。日本に異能者がいるなど那由多を超える確率。

それでも彼女は信じた。きっと世界をつくれる程の異能者がこの日本にいると。

自分自身のの夢を実現するため、一年という長い月日をかけ、日本の空全体を覆う程の迷彩魔法陣を創り出したのだ。

異能者を見つけ出す前人未到の魔法陣を。


運命だったのだろうか。異能者は確かに日本にいた。それも桜凛市内に。


「ほんっとうに彼女はすごい魔術師でね。S+ランクの私でも歯が立たないわよ。今でも彼女に出来ない魔術はないと思うわ」


嫉妬深そうに彼女を称賛する言葉の口語には力が籠っていた。


「彼女がこの世界の創造主であることは分かった。ならば彼女を倒せばこの世界は終わるんじゃないか?」


「本当ならそうよ。魔術の根源を絶てばその術は終わる。だけどこれは例外なのよ」


「例外……?」


「異能の力を引き出そうと第三者の力を使ったからよ。本来、魔術は術者一人にしか関与していない。だけどこの魔術は二人関与しているのよ」


術者が消えてもこの異世界は消えない……。

ならばこの世界の根源は架瀬セナではないということか……。


「一番の理由は異能の強さ。異能の力は膨大すぎてね。架瀬セナが死んでもこの世界は終わらないのよ」


俺はあの時を思い出した。

『私はこの部屋から出られない』『数日間の記憶がない』

理由は分からないが架瀬さんはあの部屋に閉じ込められている。きっとその事と何か関係があるのかも知れない。

でも……架瀬さんみたいな魔法使いならあんな部屋から出るのは容易な事なんじゃないのか?


……そうだ! あの時俺は異能を使おうとしたが発動しなかった! ならばあの部屋では魔術の類は使えないということか!

今になって思えば、それはこの異世界を消す為の手段だったのかも知れない。

魔術を完全に停止させれば異世界は消滅するんじゃないか? 魔術を使った記憶がなければ、術は無になり異世界は消滅するんじゃないか?

僅かな可能性を紡ぐ為に彼女はあの部屋に閉じ込められているんだ。


だけど、今俺たちがいるのは間違いなく異世界だ。元の世界なんかじゃない。

それは架瀬セナの魔術が完全に停止しているのにも関わらず終わらない世界――彼女が死んでも世界は在り続けることも意味していた。


「だから本来の実験はそんな大規模なものじゃない。彼女は武装高校の校門に桜が咲くもう一つの世界を創ろうとしたわ」


もう一つの世界を創る。もしもそれが可能であれば、争いのない世界への大きな第一歩になる。革新と言い換えてもいい。


そして巡り来た9月1日。革新への準備は遂に整った――


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