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34話-(2)



俺たちにとってこれは何回目の夜なのだろうか?

虫たちの鳴く声も、物音ひとつしない闃然とした夜。

こんな奇妙な夜も俺の中では既に当たり前と化していた。


「こんなとこで何してんの?」


たき火の前で佇んでいた俺に、少し声を弾ませながら隣に座る美唯。

紫がかった夜空と心地よい音を立てながら燃えるたき火は、二人を照らすには充分過ぎる光。


「別に何もしてないかもな」


「……変なの」


苦笑されてしまったが、それに返す言葉もない。本当に何もしていないのだ。

もはや娯楽とは言えない栄養摂取という括りで夕食を食べた後は特に何もすることがない。

だけど、こうやって自然の流れを肌で感じられる時間を無駄だとは思わなかった。


「……アリフォーユは逃げ出してないだろうな?」


ふとその事が心配になった。

あの後は桜夜先輩が対魔術師用という胡散臭いロープで大木の樹に巻き付けるよう拘束していたが……。

本当に魔術が使えなくなるようなロープなのだろうか?

正直、あまり信用できない。俺たちはあの強さを目の当たりにしてるからだ。


「桜夜先輩とガイが見張ってるみたいだから大丈夫でしょ!」


自信満々にそう言い放つ。


「桜夜先輩だけじゃなくガイもが見張ってるのか。なら確かに安心だな」


作り笑顔をみせる俺は曖昧な気持ちのまま空を見上げる。

一番の心配は星見郷だ。命には関わらない怪我だとは分かっていながらも、やはり心のどこかで引っ掛かっている。

一度でも目覚めてくれれば、この心配もどこかへ吹き飛ぶんだろうが……。


本当なら明るいこのたき火の前で寝かせてあげるのが最良だろう。だが、逆を見れば明かりなど敵からは信号のようなもの。

もしも奇襲なんてあったら目覚めていない星見郷は確実にやられてしまう。

なら星見郷は当時のまま藪に寝かせた方がいい。それが俺たちの決断だった。


「さぁ、そろそろ当番交代するか」


俺はゆっくりと立ち上がり、制服についた砂利を手で払う。


「そうだね」


美唯も俺の動作を追うよう星見郷と月守さん、そして清王さんがいる藪へと視線を送る。

当番交代とは言ったものの、本当は星見郷が心配でしょうがなかった。


「月守さん、清王さん、後は俺たちで見るからたき火で温まっててよ」


そう言いながら俺は三人のいる先へと続く藪を掻き分ける。

相手から気付かれるような人工的な灯は何一つなく、三人が本当にいるのかすら眼では確認できない。


「あ、うん! わかった!」


月守さんの声が聞こえる。声がなければどこにいるかさえも解らない。

街灯もなければたき火もない。こんなにも夜って暗いものなんだな……。


「ふぅ……」


月守さんと清王さんが、たき火の方へ行った事を確認すると自然に溜息がでた。

僅かに輝く月光の光が唯一俺たちを照らす光。何かをするのなら事足りない明かりだが、俺たちにとっては十分過ぎる。

その月光の中、一際眩い一光が辿る先には静かに眠る星見郷の姿があった。


「まだ目覚めてないか……」


このままずっと目覚めなかったら――ふと最低の図が頭を過る。


「大丈夫だよ潤」


俺の弱さを見据えたような温かい笑顔に、俺は何度助けられたことだろうか。

この笑顔がなかったら俺の心はとうに壊れていた。間違いなく独りでは生きていけない世界だから。


「――そうか」


いつも通りの俺で、俺はいられる。

その為に――皆に話さなくてはならないことがある。


「美唯。わかったよ。俺の眼の本当の真価が」


人の魂を操り、肉体をも精神をも操れる悍ましい能力。

それがこの眼の真価だった。

この異能を知ってしまえば誰だって俺を人として見えなくなるだろう。怖くなるだろう。そして嫌いになるだろう。


「そんな暗い顔しないでよ。どんなことがあっても潤は潤でしょ? それに――」


美唯は恥ずかしそうに視線を逸らしながら、人差し指で頬を掻く。


「わ、私は潤のことなら何でも知ってるつもりだよ? し、知らないことがあるなんて嫌だし……」


その言葉に一度、どきっと大きく脈打った。そして――


「うふふ……今の名言聞いちゃったよぉ!」


これは俺の声じゃない。アニメ声というか何というか、ちょっと鼻にかかた幼い声。

かなり聞いたことのある声だ。まさか美唯の裏声だとでもいうのだろうか。

だが、その美唯はというとびくっと肩を震わせ、眉毛をぴくぴくと動かしながら伸身してしまっている。


――ということはまさか……!


「星見郷ッ!?」


俺が勢いよく振り返るとそこには、ごちそうさまでしたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、何度も頷いてる星見郷が立っていた!

星見郷が目覚めてくれたのは素直に嬉しいが……なんというタイミングの悪さ! ……というか、怪我人だったという事すら忘れさせる元気一杯の姿だ!


「うぅ……穴があったら入りたい」


崩れ落ちるように脱力し、顔を隠すよう腰を落とす美唯。

相当な勇気を振り絞って言ってくれた言葉なのだろう……。ならば、俺もいつも通りでいなくれは……。


「穴か? なんなら今から掘ってやるぞ。ほら、元気そうな元怪我人も手伝えよ」


「えぇ~! 起きて早々穴掘りする高校生がどこにいるのさぁ!」


「うるせぇな! つべこべ言わず穴掘れや!」


「なぜかキレられたぁ!? あ、掘れってまさか下ネタの方の穴?」


「そんな即席の穴はいらないよ!」


恥ずかしさのあまり屈み込んでいた美唯が素早く俺たちの間に割り込み、両手を突き出す。

美唯はまだ顔は赤かったが、星見郷がどこからどう見ても健康そのものだった。


「あぁ~! お腹空いたなぁ~!」


星見郷は精一杯に背伸びをし、ストレッチも兼ねているのか身体を左右に曲げ始めた。

美唯に追及するかとも思ったがこれ以上は何も言わなかった。……妙に大人びた優しさに少し感心する。


「……お前本当に怪我してたのか?」


「失敬なぁ! あの高さから落ちれば普通怪我ぐらいするよぉ! 例えクッションがあっても! ……あっ」


何かを思い出したよう片手で口元を押さえる星見郷。……恐らくは自分をそうさせた者を思い出したのだろう。


「あ、あいつは!? どうなったの!?」


小さいその身体を乗り出し、血の気が変わった眼で俺を真っ直ぐに目視する。

星見郷がいうあいつは訊かずともアリフォーユのことだろう。


「清王さんが決めてくれた。今は拘束して大木に縛りあげてる」


「――え? 倒したの……?」


俺は一度、大きく頷く。

それが以外だったのか星見郷は眼を見開き、短く驚きの声を上げていた。


「……そっか、やっぱり翠華お姉ちゃんは強いね」


確かに桜凛八重奏であるアリフォーユの強さは別格だった。

だが、その絶対的優位の過信が生んだ隙を清王さんが射抜いた。そして――俺が持つ異能の真価が目覚めたのだ。


「ああ。だから安心して飯でも食ってこい。たき火が上がってるところにあるから」


「あ……う、うん。わかった」


自分がやられた相手が自分以外の誰かに倒される。それが悔しいんだろう。

少し眼をツリ上げ、闘争心を燃やすよう確かな足取りで火の手の上がる方へ歩いて行った。


「星見郷は大丈夫そうだな。桜夜先輩のところにでも行くか」


桜凛八重奏であるアリフォーユなら絶対に何かは知っているはず。

とても話合えるような人柄ではないが……やってみるしかない。

恐らく既に桜夜先輩が手を打っているとは思うが。


「じゅ、潤……さっきのことなんだけど」


俺が踵を返した瞬間、いかにも恥ずかしそうな声でそう訊いてくる。


「ん? どうかしたのか?」


半分だけ振り返ると、何か言いたげな表情で口をぱくぱくさせていた美唯だったが、急いで視線を逸らした。


「い、いや、やっぱりなんでもないです」


「……なんで丁寧語なんだよ」


苦笑いを浮かべながらふと夜空を見上げると月光は真っ直ぐに俺たちを照らしていた。

吸い込まれるよう視線が月へと向かう。この世界の答えが隠れていそうな、そんな輝きを魅せる月。


「美唯、俺もお前のことなら全部知ってるつもりだ」


「え……?」


なるほど。確かに穴があったら入りたい気分だ。

どうして俺はこんな事を言ってしまったのか……。


「い、行くぞ!」


穴はない。だから声を張り上げ桜夜先輩のいる方へと歩き出した。

穴がないのなら自分で掘るまでだ。


「ま、待ってよ!」


小走りで俺に追いつき、いつも通りの笑顔で、いつも通りの右のポジションにつく美唯。

その光景はまるでいつも通りの日常が本当に戻ってきたような――そんな気がした。



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