33話-(1) 宵闇の円舞曲
「やめろぉおおおお―――――ッ!!!!!」
俺には何も出来ない。そうと分かっていながらも駆けだしていた。
戦う能力はなくても――できることはあるはずだ。
「…………」
清王さんは誰よりも早く駆け出し、無表情のまま2丁拳銃で平面撃ちを連続する。
だが、全ての弾は嘲笑うような表情を浮かべるアリフォーユの魔法陣によって弾かれた。
「うおおおおおおおお―――――ッ!!!!!」
絶叫と共に駆けてきた桜夜先輩は清王さんとアリフォーユの間合いに入り――
「はぁっ!!!」
鞘に納めていた刀を左から右へ、まさに電光石火の勢いで刀を奔らせた!
これはいうまでもない。居合だ……!
「――ッ!?」
そのあまりの速さに驚愕の顔を浮かべる間もなく、展開してある魔法陣は圧し折られるようにして一刀両断された!
壊せる自信があったのか桜夜先輩は居合の抜きの勢いのまま間合いから抜ける。そして――
「誅伐……!」
魔法陣が壊されたアリフォーユはもはや的。
絶好のチャンスに唇をぎゅっと噛み締めた清王さんは利き腕の銃を真っ直ぐに構える。
銃声が聞こえたのはそれと同時だった。
「ふっ」
短く冷笑したアリフォーユは決死の一撃と放った清王さんを卑下すると、くるっと躍るよう身体を翻す。
まるで円舞曲を躍っているかのよう誰もが魅了する美しさがそこにはあった。
「……ッ!」
清王さんだけじゃない。誰もがその光景に眼を丸くした。
放った銃弾は絶対にアリフォーユに当たるはず……。
それなのに清王さんが被弾したことを示唆するよう、きめ細やかな銀髪が宙を舞っていた――
「貴方、運が良いのね。ちゃんと頭に返したつもりだったのだけど……。やはりそういう星の下に生まれてきたということかしら?」
まさか――清王さんが放った銃弾をあの円舞曲で跳ね返したというのか……?
ありえない……どんな術を使えば彼女に勝てるんだ……?
まだ俺たちは彼女に傷一つ負わせていないじゃないか……。
「……あ、あんたねぇ。いつまでもさあらが黙ってると思ったら大間違いだよぉ……!」
アリフォーユの足下にひれ伏していた星見郷が、まるで彼女に縋るよう脚にしがみ付く……。
もう――明らかに星見郷に余力は残されていない。
「あら? まだ息があったのね。辛いでしょうに……今楽にしてあげるわ」
母性的な笑みを浮かべるアリフォーユ。
それなのに俺の心がぞっとするのは、まさに彼女が魔女だからだ。
「星見郷ッ!!!」
気が付けば俺は魔女へ駆け出していた。何の策もないし何の考えもない。
ただ星見郷を助けたかった。まさにこれを愚行と呼ぶのかもしれない。
俺の足音に気付いたアリフォーユは横目で俺を一瞥するが、畏怖するほど表情は変わらない。
何か企みがあるのか……。そう胸を過った瞬間、脚が止まりそうになるが構わずに走り続けた。
「――ッ!?」
凄まじい速度で近づいてくるモノに俺の視界は突如覆われる。
「ほ、星見郷!?」
そのモノが星見郷であることを理解した俺の身体を避けることを止め、両腕で抱くように受け止める――!
胸が圧迫され、両腕から離しそうになるが、どうにか受け止めることができた。
だが、受け止めた星見郷はぴくりともせずぐったりとしていて、左顔面が染まるほどの血が流れていた……。
星見郷の頭を蹴り飛ばして俺の方へ吹き飛ばしたということか……。
「うぅ……」
突如、くらっとするような息苦しさを感じる。
大した圧力ではないと思っていた俺の身体だが、一人の人間を受け止めるのは強過ぎる衝撃だったらしい……。
しっかりと前を見据えているはずなのに焦点が合わずに瞼同士がくっつきそうになる。
……これが気を失うというのか。
意識が飛びそうになる中、もう一度、痛々しいほど傷付いてしまった星見郷を見る。
俺の腕の中に静かに収まっている彼女を俺は絶対に助けなければならない。
だが……胸に強い衝撃を受けた俺は呼吸すらままならならなかった。
ここから一刻も早く離れなくては……目の前に魔女がいるのだから――
「カーテンコールの時間よ?」
それは魔女がチェックメイトを意味する台詞。
その台詞が今――俺に向けて発されている……!
「うぉおおおおおおお……!」
俺は余力を振り絞り左目を見開く――!
相手がどんな強力な業を放っても絶対的な防御が可能なこの結界。
それを使う回数がかなり多くなっている……俺も確実に追い込まれているということだ。
結界が激しく揺れる振動が中にも伝わってくる。
どのような魔法かは解らないが、かなり強力なものということが身に染みて分かった。
「……ほ、星見郷?」
腕の中の星見郷を軽く揺さ振ってみるも反応がない……。
ま、まさか心臓が止まってるのか……?
最悪の図が胸を突き刺した瞬間、全身の血が溢れ出るような悪寒が奔った……。
「頼む……! 無事でいてくれ……!」
切願するよう振り絞った声で、俺は震える指をミニチュアみたいな小さい身体に這わせる。
心臓……心臓はどこにある? 生きている証拠を掴みたくて仕方がない。
だが、その小さい胴に――鼓動の息吹は感じられなかった。
「う、うそだろ……」
星見郷を落としそうになるほど全身の力が抜け落ちた。
頭が真っ白になる。これが人の死。これが仲間の死。
俺は守れなかった。こんな小さい女の子一人――俺は守れなかった。
「……おにいちゃんのえっちぃ」
色が消えた世界に絶え入るような声が滲んだ。
「ほしみさとッ!?」
薄目を開けて俺を見守るよう穏やかな目で星見郷は微笑んでいた。
思わず涙が零れそうになる……ここまで命を愛おしく思ったことはない。
「お、おにいちゃん……い、いつまで触るの……?」
羞恥が入れ混じる声を耳に、俺は自分の指先を見てみる。
その指先には――確かな鼓動の音と温もりを感じた。
女の子の胸に触れているこの状況は本当なら赤面するべきなのだろうか?
そんな恥の感情なんて吹き飛ぶほど星見郷が生きている喜びが全てを凌駕していた。
だが、そんな余地すら与えてくれないのがこの世界。そして俺たちを弄ぶ絶対的な他者。
爆発の振動でようやく現実へ引き戻された俺は星見郷を助ける術を考える。
――まずはこの最前線から星見郷を退かせないと。
俺は閃光で燦々と輝く結界外を見渡し桜夜先輩を探す。
今、星見郷の救出を急いて結界を解けば星見郷はおろか俺までやられる。
だからその時間を稼ぐ為には桜夜先輩の力が必要なのだ。
「桜夜先輩!」
桜夜先輩の姿を目視した瞬間、届きもしない声を張り上げてしまう。
だけど……桜夜先輩なら察してくれるはずだ。
そう願い、俺はさらに声を上げ続けた。
まさか声が届いたのだろうか?
結界を貼ってる故にそんなはずはないのだが――桜夜先輩は俺を見つめて力強く頷いた。
「……信じてますよ!」
俺は桜夜先輩を信じて結界を解除する。
本当ならアリフォーユによって放たれる光弾で絶命するはずだったが、その時は訪れなかった。
「しっかり掴まれよ!」
星見郷を横抱きにしながらアリフォーユに背を向け、全力で走る。
死と紙一重の状況だが俺は後ろを一切顧みずにただ走った。
「お、おにいちゃん……」
最後の力を振り絞るよう俺の肩に掴まる星見郷。
「じゅん! こっち!」
一番に聞きなれた幼馴染の声だからこそ少し遠くても聞こえてくる。
星見郷を安全なところへ――その思いで頭が一杯だった。
美唯の姿が見えない。
ということはあの藪の向こうか。
アリフォーユが相手故に安全といえるところは皆無に等しいが、今はこれに賭けるしかない。
俺はただ声のした方へ我武者羅に駆け抜ける――!
ガサッという藪を掻き分ける音を身体に感じると、目の前には出迎えてくれる仲間がいた。
「美唯! 星見郷を!」
「任せといて!」
ゆっくりと両手で星見郷を美唯へ移すと、受け取った美唯の表情が一気に豹変する。
「ひ、ひどい……。りんか! 医療器具持ってきて!」
「りょ、了解!」
被弾した月守さんすら助ける美唯だ。なんの心配もない。
状況を確かめる為にふと視線を下へ行かせると、
「が、ガイ!?」
そこには地面に伏せた姿勢で狙いを定めているガイの姿があった。
「最前線でよくやった」
意識は俺に向いてはいないが、一言――よくやったと。
その一言でようやく感じた。俺も少しは皆の役に立てたのだと。
これで俺もようやく一つの役割を担うことが出来た。
総力戦という言葉がようやく相応しいものになってきたんだ。
「桜夜先輩……清王さん……」
ここから視る最前線で戦う二人の姿は小さくとも俺の視線からは決して離れなかった。
美しく、そして優美に剣戟を振るう桜夜先輩。その先輩を援護するよう中距離から銃を放つ清王さん。
だが……未だに無傷な魔女はぞっとするような笑みを浮かべていた。