31話-(2)
美唯たちの姿が見えない。
俺はその場で立ち止まり、辺りを一周見渡してもやはり姿はなかった。
最前線から退いたということなのか……?
そうであれば一番良いが……やっぱり心配だ。もしかしたら見えないだけでまだ最前線にいるかもしれない。
反射的に足が出掛けたが、真後ろから聞こえた藪を掻くような――下手すれば聞こえないぐらいの微かな音が鼓膜に入ってきた。
「し、しまった――ッ!?」
完全に後ろを取られた。
敵の人数の合計は最前線の人数ではなく、隠れている人もいるかも知れないと言っていたのは俺じゃないか――!
最前線でなければリスクは下がると勝手に盲信していた浅はかな考えがいけなかった……。
「……じゅん、こっち……!」
息を殺すよう藪から頭だけを出し、俺に鋭い眼光を飛ばしてくる幼馴染――美唯の姿があった。
「み、みゆっ!?」
「ば、ばかぁ……! 声が大きいよ……!」
後ろを取られたのは敵ではなかった事に安堵し、緊張が解けてついつい大きい声を出してしまった……。
「……はやく!」
美唯の少し張った声でようやく現実に戻され、手招きをする藪の向こうへ音をなるべく立てないように潜り込んだ。
藪の中に入ると中腰にして戦況を見つめる二人の姿、美唯と月守さんが出迎えてくれた。
「……潤、どこも怪我してない……?」
俺も中腰になると、美唯が心底心配そうな眼差しで見てくる。
その眼差しに俺はあることを思い出した。
あの時――俺が絶体絶命だったあの瞬間。名前を叫んでくれてたのは……美唯だったんだ。
……またとんでもない心配はかけちゃったな。
「ありがとう。俺なら大丈夫だ」
そう言って無理に微笑むと美唯は切なげに眉を曲げて俺を見つめたが、口を開くことはなかった。
「月守さんも大丈夫か?」
「あたしは大丈夫だったよ。 美唯先輩のお蔭でね」
「……二人ともごめんな、結界が必ず安全だと思ってた俺が浅はかだった」
「しょ、しょうがないよ潤先輩! あんなの反則技なんだから!」
地面からの魔法――あれに直撃していれば、今頃俺たちは蒸発していたことだろう……。
少しでも二人の反応が遅れてたと思うと……いくら後悔しても仕切れない。
やはり防御に優れている俺の結界を武器に最前線は戦えないということか……。
でも、このままずっと藪の中に隠れていたら――何も総力戦じゃないじゃないか。
だが、結界があると言っても先のような魔法がきたらどうする?
俺は皆を守れるのか?
その答えを探すため、俺は藪の先――最前線を見据えた。
「……桜夜先輩」
戦場の中、一際目立つ流れるような紅い髪。
まさにその美しさを誇示するよう淡々と、そして美麗に舞い続けていた。
様々な音が入り混じる戦場。その中で桜夜先輩の奏でる音を探すのは難しい。
すると――
「切りがない! まずは隠れている奴から片付けるぞ! みんな退け――!」
仲間に命令する怒声にも似た声が聞こえた。
隠れている奴等――それは間違いなく俺たちだ!
「な、なにする気……ッ!?」
月守さんも聞こえていたらしく、びくっと肩を震わせる。
相手が何か行動を起こした頃にはもう遅いかもしれない……なら――!
――それは、俺が結界を貼ったのと同時だった。
結界の外が閃光のような光に漏れ、地面は激しく揺れ出した――!
「ば、爆弾!?」
正式なものは解らない。
もしかしたら最初からこれを予想していて銃後に爆弾を仕掛けていたのかもしれない……。
でも、電気は使えないはずだ。ともすれば、これも魔術だとでもいうのか……!?
「くぅ……」
初弾は紙一重で回避することは出来た……。
だが、次はこの真下から爆発が起こるかもしれない……。
そうなってしまえば――もう回避のしようがない。
「……考えろ、考えろ」
自ら唱える。
どうすればこの暗礁を掻い潜れるか。その答えをただ黙考していた。
「――走るぞ!」
少しの判断の遅れが命取りになる。
桜夜先輩には面目ないが、与っていた刀、三日月宗近をその場に置き去り、両の手で二人の手を引きながら最前線へと駆けて行った。
この決断が正しかったかは解らない。だけど大切なのはそこじゃない。
何を選択したのではなく、選択した道でどうやるかだ。
「――ッ!?」
背中に受けた爆発音と衝撃に思わず走りながら振り返ってしまう。
俺たちがさっきまでいた場所が――逆巻く紅蓮の炎で覆われている――!
……俺らは絶対に間違えられない選択が連なる世界にいるということか。
今を生きている心地がしない。これから来る選択を選び貫ける自信もない。
こうしている今も俺たちに選択肢を強要してくるのだから……。
これがこの世界の本質だとでもいうのか……。
「……じゅん」
俺の右手を握る美唯の手にも力が入る。
3人手を引きながら戦場を駆けるなど、相手からしてみるに絶好の的だろう。
だからと言って……俺はこの両の手を手放す訳にはいかない。
自分の命以上に大切な意味がそこにはあった。
再び――最前線へ再起した俺は状況を確認する為に周囲を見渡す。
桜夜先輩、清王さん、そして星見郷は複数の敵と同時に対峙して、ガイはどこかに隠れて援護してくれているのだろう。
今の俺に武器はない。あるのはこの結界だけだ。
なら――この能力を十二分に発揮しなくれはならない。
「き、君たち!? 大丈夫か!?怪我はなかったか!?」
突如、横跳びに回避するよう視野に入ってきた桜夜先輩は、少し驚愕した表情で俺たちを目視する。
「はいっ! 俺たちなら大丈夫です!」
心配をさせないため、俺は朗らかな口調で答えると、桜夜先輩は安堵したような顔を浮かべて、
「もうこの戦場に安全な所はないだろう。だから私の後ろにいたまえ。必ず死守してみせる」
どんな言葉より心強かった。だけど自分たちの無力さを顕示しているみたいで……歯がゆくてしょうがなかった。
でも、今は二人の安全を何より優先したい。俺なんかと行動するより、桜夜先輩の後ろに居た方が遥かに安全だ。
だから俺は――俺にしか出来ないことを見つけよう。
「余興はもういい?」
桜夜先輩に刃先を向ける長刀使いの少女――水月淋那。
その隣には桜夜先輩と同じ剣客という雰囲気を滲ませている二刀流使い――赤瀬川麗那。
一度、桜夜先輩と相見えたその両名と桜夜先輩は同時に対峙しているというのか……。
「――こい」
世界の時間が止まって見えるような凛とした中段構えで桜夜先輩は相手を睥睨する。
――だが、その時間は流れている事を顕示するよう、先輩の左腕からぽたり。
真紅の血が流れ、地面に堕ちていった。
「え――?」
思わず目を疑った。
桜夜先輩の左腕だけではなく右脚にも紅い線のようなものが入った切り傷が刻まれていた――
なのに、相手の二人に同じものはない。
その傷は、もう桜夜先輩一人では対応しきれない程の域に達しているということ。
なのに、俺たちを死守するなんて無茶だ……!
「はぁあああああああああああ―――――ッ!!!!」
なにか合図があったように水月と赤瀬川が同時に駆けだす――!
が、何か考えがあるのだろう、桜夜先輩は目を閉じる。
そして、刀を握っていない左手の人差し指で前方に呪印を組み、その軌跡をなぞるよう桜色に光りだした――!
「桜剣――雲隠れッ!」
そう唱えると桜夜先輩は、身を反転させ生み出した発条の力で地面を蹴った――!
まるで地面から何かが湧き上がってくるような衝撃派と土砂が舞い、突進してきた二人の視界を覆い尽くす――!
「な、なにぃ……」
土砂に視界を奪われた刹那、桜夜先輩が居るはずもない真後ろから雷切の突きが現れる!
「くぅ……!?」
最初の一撃は赤瀬川が刃身で受け止める。
が、舞う土砂で未だに晴れない二人の視界。
「な……!?」
息をつく隙もなく、次いでは水月に突きが現れた――!
どうにかその突きを長い刃身で受け止めたものの、千古不易の如く重い一撃である突きが四方八方に放たれる。
「桜剣――寒靄!」
そう唱えたのと同時に、二人の視界を覆っていた土砂は一瞬で消え去った。
桜夜先輩も奥義を連発している……そこまでに追い込まれているという事か。
俊敏に反応した赤瀬川はその場を一時退くが、水月はその場を動こうともしなかった……?
「うぅ……! こ、このぉ……、何をした……!?」
「桜剣寒靄。微量な電気で筋を硬直させ、戦闘能力を零にする技だ」
ふと水月の真下を見てみると――まるで魔法陣のような呪印が刻まれていた。
魔法とは違うものだろう。桜夜先輩は魔術には無縁の関係と言っていた。
これも桜夜流ということか……。
「水月ッ!?」
呪印の範囲外に退いていた赤瀬川は、近づくことも出来ずただ見ることしか出来ない。
「きゃあっ!?」
無理に動かそうとすると激痛が走るらしく、水月はただ悲痛な表情を張り付けることすらままならない様子。
――これで1対1の状況を作った。これが桜夜先輩の狙い。
「はぁッ!」
刹那、バネがついているよう素早い初動で赤瀬川は桜夜先輩に向かって駆けだした――!
「うおおおおおおおッ!!!」
瞬く間に桜夜先輩の間合いに入った彼女は、袈裟懸けの一閃を両刀で振るう。
それを難なく往なした先輩は反撃の機会を伺うが、二刀流の間合いは零に等しい。
一変し防御の姿勢になってしまった。
だが、赤瀬川も決着をつけようとする決死の一撃がない。
他の目的があるのだろうか……。
それは、連続剣戟に誘導されるよう、桜夜先輩が動けない水月に背を向けた瞬間だった――