30話-(1) いつか届く、あの空へ
これからは総力戦。
一人ひとりが出来ることをする。
――俺に出来ることは何か?
それは皆を守る事だ。
「はぁ!」
滾る左眼を見開き、能力を発動させる。
淡い黒の外壁を持つ円形型の結界が俺の眼の前に創られ、自分の意思で発動できることを再確認してから結界を解除した。
「中沢くんの異能は自分の意思で発動する事が可能らしいな。今までもそうだったが、この結界があれば大きく相手と差を作れるかもしれない」
俺の異能は不確かな事がまだ多い。
だけど、発動条件も能力の意味も解っている。
「潤はすごいな……私も自由に使えれば……」
美唯が羨ましそうに薄目を開けて見てくる。
実感はまったく沸かないが、美唯もあの時一度、異能である『瞬間移動』を使った。
その異能が自由に使えたら美唯にとっても大きな武器になるだろう。
「ま、まさか一般高で能力がないのはあたしだけ!?」
月守さんが自分を指差しながら右往左往する。
恐慌するその肩に桜夜先輩は優しく肩を置いた。
「むしろ異能がある方が珍しいんだ。月守くんが気にする必要はないさ」
「で、でも、あたし……何も役に立てないし……」
悲痛な趣で胸に手を置く月守さんを見て、今度は星見郷が弾けるように肩を叩く。
「そんな異能なんてあたしにもないんだからぁ! 気落ちするなよぉー!」
「えっ!? さあらもないの? あれで!?」
「それって褒められてる!? あの強さで異能ないのっていう驚き!?」
「ちなみに私も異能はない」
「……えっ、清王先輩も異能がない……? ならさあらがなくても当然か」
「ええぇ―――ッ!!! それで納得しちゃうのぉ!?」
どうやら、この二人は同級生なだけあって上手い事やっているらしい。
さあらは見ての通り心配ないのだが、なんだか月守さんは異世界に堕ちてから日に日に疲れているように感じる。
人のあらゆる傷は時が解決させるというが、この異世界だとそれがまったく通用しないな。
怪我をしても癒せる時間なんてなく、疲れた精神はこんな世界で幾ら時を経ても癒えない。
電気も使えなくて娯楽もない。こんな世界で唯一、俺たちにとってプラスな事は仲間との触れ合いだ
それをも失うのがこの世界だとしたら――俺たちはどうなってしまうのだろう。
「でも皆すごいよ。あ、あたしも少しで良いから皆の役に立ちたいよ……」
「よっし~! なら、さあらが色々と教えてあげるよぉ!」
「ええぇ!? 色々ってどういう……」
「色々は色々だよぉ! むふふっと教えてあげるぅ~!」
「ぎゃ、ぎゃぁぁあああああ~~~!!!」
悲鳴と共に星見郷は月守さんを連れて行ってしまった。
……一体、何を教えるつもりなんだか。
「変な事を教えていなければいいがな」
桜夜先輩は苦笑を漏らしてから、美唯に視線を流した。
「成沢くん。君の異能はまだ中沢くんのよう自由には使う事が出来ない」
その言葉を聞いて、俺は初めて美唯が異能を使った事を思い出す。
「恐らく精神的な感情がある一定の昂りを超えた時に発動されるものだろう」
そういえば……俺の異能が初めて発動したのは家族を失ったあの事故の時だ。
一瞬の出来事で何の感情も芽生えなかったが、身の危険を感じた異能は無意識に発動していた。
「まだ美唯の異能は目覚めていないという訳ですね」
「そうだ。もし目覚めれば中沢くんのように己の意思で使う事が可能になるだろう」
異能が目覚めるのは何か切っ掛けがある。
俺の場合は『人の死』というものを目の当りにしたとき。
それを美唯は見つけないといけないという事か。
「なら私の力が目覚めれば……少しはみんなの……」
ぎゅっと両手を胸の前で握り、決意という光を眼に宿す。
頑張ってくれ美唯……俺も全力で応援するから。絶対に全員、生きて俺たちの世界に還ろう。
そう願った瞬間――突如、銃声が響き渡った。
「――ッ!?」
誰のかも解らない息を呑む声が聞こえた。
音は相当近い。こんな近かったら狙いが外れる訳がない。
完全に油断していた。敵がすぐ近くにいただなんて頭にもなかった。
俺の役目はこんな危険から皆を守ることなのに……。
何の前触れもなかったら俺の結界もまるで役に立たない。
結界が反射的に発動したのは銃声が鳴り終わった頃だった。
だが、これ以上は何も起こらなかった。
俺が周りを見出したのはそれを解ったときだ。
「あぁ……」
その光景を視て全てを理解できた。
先の銃声の意味と結果。
俺の視線の先には、空に向けて銃口を向けている清王さんが映っていた。
「驚かしてみた。こうすれば成沢の異能が目覚めると思ったから」
緊張感と共に全身の力が抜けて行く……。
なんだ……そういう事だったのか。
少し反省の色を浮かべながらも、微量ながら照れ笑いする清王さんに怒る言葉も出なかった。
こんな彼女の表情、出会った時からは想像も出来なかったからだ。
「清王くんかっ!? あ、あまり嚇かさないでくれるかなっ!?」
桜夜先輩ですら驚くタイミングだったのか……。
いや、待てよ……。俺の異能が発動したという事はもしかしたら美唯の異能も……。
「美唯っ!? どうだ!?」
「えっ? どうだって何が……?」
何の事だか解らない趣で、焦りの見える視線を俺に向ける。
「能力だ! 能力が反応したか!?」
しばらく何かを考え、それから美唯は申し訳なさそうにゆっくりと首を横に振った。
「そうかぁ……」
どうやら美唯の反射的発動条件は俺のとは違うらしい。
それだけでも解っただけ収穫だ。清王さんに感謝しないとな。
「じゅ、銃声がしたけどだいじょうぶっ!?」
星見郷が息を切らせながら駆け寄り、辺りを右往左往する。
「あっ! 清王のお姉ちゃんまた不用意な発砲したんだねぇ!?」
清王さんの銃口から硝煙が上がっているのを見て、星見郷は察したのだろう。
俺は硝煙が行く先を見つめる。
雨上がりの空へと向かう。だけど道の空で消える。それを無意味に繰り返し、次第にその勢いを劣化して行く。
あの空が真実だとしたら――何度もそれに向かう俺たちを見ているかのよう。
硝煙が空へ届くことはない。だとしたら、俺たちも真実へ届くことはないのか?
それは違う。
この硝煙は独りだから。
俺たちは――独りじゃない。
この硝煙もずっともっと大きかったらきとあの空へ届く。
「これは不用意な発砲なんかじゃない。成沢の異能を引き出す為の手段」
「むぅ~、そんなクールな顔で即答されると何も言い返せない……」
渋い顔で唸りながら、星見郷は何かを黙考している。
今朝、乱発された仕返しでも考えているのだろうか。
「清王先輩は美唯先輩の手助けをしたんだよ? 今朝の仕返しだとかそんなは考えなくていいから!」
「えっ!? なんで分かったの!? りんかってさあらの心が読めるの!?」
やっぱりそうだったのか……!
俺だけではなく、星見郷の考えは子供っぽくて分かりやすいという事が分かった。
「ふぅ、何故だかここが異世界ではないようだな」
そうにこやかに言った桜夜先輩の長い髪が風に流されて揺れる。
息を飲むほど美しいその光景が、今の俺にとって異世界ではなく世界になりかけている。
何だろうな。俺たちの日常であるはずの世界が異世界で、この異世界が世界のように感じるこの感覚は。
俺の知っている日常に桜夜先輩はいない。月守さんもいない、清王さんもガイも、星見郷もいない。
この異世界に堕ちて一週間ぐらいしか経っていないだろう。だけどその一週間が俺の世界を異世界にした。
それはきっと、かけがえのない仲間と出会ったからだ。 この異世界が俺たちを変えているんだ。




