28話-(2)
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「行くぞ―――――っ!!!!!」
桜夜先輩を先頭に弾丸のようなスピードで駆け抜ける!
それは比喩ではなく、桜夜先輩という弾丸に被弾すればあの少女とは言え一刀両断だろう。
「くぅ……まさかこの風は……」
だが、少女から吹き荒れる神風と言っても過言ではない風に、桜夜先輩は失速する。
霧散する風に俺までもが吹き飛びそうになる……。
この風を直で受けている桜夜先輩が吹き飛ばされないのが不思議な程の豪風だ。
「……あんな風だと銃は役に立たない」
傍らに立ち止っている清王さんが声を振り絞るように小さく嘆いた。
俺は先の光景を思い出す。
星見郷の撃った弾丸は、風に戻され自分自身に被弾した。
なら清王さんの言う通り、本当に銃は役に立たない。
いや、それを逆手に取れば……。
……どう逆手に取る?
俺の頭は同じ所に行っては来たりの繰り返しだった。
「星見郷くん、一時退散だ!」
桜夜先輩は風に乗って跳びながら後退する。
「う、うんっ! このままだと勝てっこないよぉ!」
星見郷も同じ要領で後退し、後ろで合流した二人は凝視するようにあの少女を見つめる。
恐らくあの風の攻略方法を考えているのだろう。
その瞬間、電撃のようにある事が頭に思い浮かんだ。
そうだっ! あの風を止めればいいんだ!
辿り着いたのは本当に単純な事。
桜夜先輩と星見郷はあの風の影響もあり悪戦苦闘している。
ならあの風が無ければ権勢は逆転するだろう。
それは俺にしか出来ない事だ。
俺は静かに少女を凝視し、左眼を見開いた。
「――ッ!?」
空間の異変に気付いた少女は、身構えるが時は既に遅し。
少女は俺の創りだした結界に囲まれた。
もう少女の声は聞こえない。
見えるのは微量ながら慄然している姿だけだ。
「俺が風を封じます! 桜夜先輩たちはその間に……」
そこまで言うと俺の作戦を理解した桜夜先輩は、
「そういう事か、良くやったぞ中沢くんっ!」
桜夜先輩は刃先を少女に向け、再び弾丸のように駆け出した!
これはタイミングが極めて重要だ。
俺の結界は例え桜夜先輩の強烈な突きすら防ぐ事が出来る。
だから、刃先が触れるより少し手前で結界を解除する。
そうすれば風を完全に防ぎ、少女を攻撃する事が可能。
だが、それも全て結界を解除するタイミングが成功した場合だ。
いけるか……? あの弾丸スピードを見分ける事なんて俺に出来るのか……?
いや、そんな事は考えるな。
自分にそう言い聞かせて、俺は結界と桜夜先輩の距離を凝視する。
集中力がピークに達した瞬間、目の前が少しだけスローに見え始めた。
これならいける……!
「……今だ」
そう小さく呟き、刃先が結界に触れる一寸手前で結界を解除する!
「なぁっ……ッ!?」
失速もせず桜夜先輩の決死の突きが、少女に迫る!
もはや風も間に合わない事を示唆しているかのような険悪した形相だった。
甲高い金属音が聞こえてくる。
う、嘘だろ……?
桜夜先輩の突きを刀の腹で受け止めてるだと……?
そしてそのまま、有り得ないような形の鍔迫り合いが始まった。
両者が睨み合う中、第三者の銃声が聞こえる。
これは好機を待ち続けたガイの銃弾だ!
その銃声は一度だけで止まらず、絶え間なく聞こえてくる。
「ぁあっ、うあぁああッ!?」
鍔迫り合いの中、ガイの銃弾を避ける事も出来なかった少女はその全てを舐めるように食らう。
その全てが防弾制服で守られているが、死ぬほど痛いと言われている痛みを何度も受け表情は歪む。
それでも少女は桜夜先輩を睨みつけていた。
「誅伐……!」
戦線を脱退していた清王さんも、その最前線へと駆け出した。
「さすがお兄ちゃんだねぇ! 後でご褒美してあげるよぉ!」
「謹んで遠慮しておくよ」
星見郷はあどけない笑顔で笑い、清王さんの後を追う。
俺はその時に気付いた。
あの風を使うのにはかなりの集中力が必要なのだと。
鍔迫り合いも風を使えば簡単に桜夜先輩は吹き飛ばせる。
なのに使わない。
という事は、使わないのではなく使えないのだ。
だとしたら勝てる……勝てるぞ!
俺は自分をそう震え上がらせた。
「止めてぇ……もう止めてよぉ……」
不意に――隣から美唯の哀しげな声が聞こえてくる。
その声は俺の知らない美唯の声。
怒り哀しみ、あらゆる感情が錯綜して出来る震え上がる声。
俺はその声で少女と出会った時の光景が頭に蘇る。
……美唯はこの少女の事を知っている。
あんなにも取り乱し、今の今までだってずっと俯いていた。
だが、消えそうなその言葉は最前線の者には非情な程までに伝わらない。
だからなのだろうか?
俺の眼の前で、美唯が消えた。
「――ッ!!!」
俺は眼を瞬きさせるが、そこに居たはずの美唯が消えていた。
何も解らない、何が起こったかすらも解らない。
完全に俺の心身は停止していた。
「もう止めてよッ!!! お願いだから……もう止めて!!! これ以上あすかを傷つけないでッ!!!」
全ての感情をぶつけるような、掠れる程の叫び声が遠くで聞こえた。
声のした先を恐慌する眼で見ると――そこには少女の背中を守るように両手を広げた美唯が立っていた。
「み、美唯お姉ちゃんッ!?」
既に突きの姿勢に入っていた星見郷は、驚異的な反射神経で剣を止めた。
その刃先は美唯の左胸付近の制服を少し切って止まっている。
「じゅ、潤先輩……これってどういう……」
月守さんも俺と同じく、この光景を視ていたはずだ。
なら俺の錯覚なんかじゃなく、実際に起こったのか……?
それはまるで瞬間移動のようなものだった。
「…………」
俺は返す言葉も見つからず、黙り込んでしまう。
確かに美唯は俺の隣にいた。
なのに今は少女の背中を守っている。
その事実に『瞬間移動』以外の言葉が見つからなかった。
……黙っては居られない。
俺も美唯のところへ駆けて行った。
「…………」
桜夜先輩は無言で眼を細め、鍔迫り合いから剣を引く。
全てを悟ったようなその深奥な表情でその成り行きを見守る。
「ど、どういうつもりじゃッ!? 」
少女は素早く振り返り、美唯に問う。
「昔から変わらないね。その口調は」
懐かしむような優しい表情で美唯はそう返した。
昔から……。
俺はその意味が解らなかった。
友達なら美唯が覚えていて少女が覚えていないなんて事は有り得ない。
「ふぅ、如何にも昔の私を知っているかのような物言いだな」
鼻で笑い、背中越しに興味がなさそうに素っ気なく返す少女。
だが美唯は即答した。
「うん、私は知ってるよ。例えあすかは忘れていても……ずっと私は忘れないから、そう約束したから」
「…………」
小さく動揺した少女はスッと眼を閉じて刀を鞘へ戻す。
そして、美唯の正面に振り返った。
もう戦う気はないのだろう。
それを察した清王さんも星見郷もその場に立ち止った。
「私は信じられぬ。私は貴方を知らない」
冷たく言い放った少女の言葉に、美唯の眼は少し潤った。
だが美唯は笑っていた。
「覚えてるかなこのリボン……。私の誕生日の日にあすかがくれたんだよ」
美唯は後頭に手を伸ばし、髪を束ねていた赤いリボンを手の平に乗せ、それを差し出すように見せる。
反射的に少女は軽く視線を下げてその手のひらを軽視するように見た。
「後悔しても仕切れない日に……あすかと過ごした最後の日に……あすかからくれた私の宝物なんだよ」
本当に昔の事。
俺はこんな事を美唯に聞いたのを思い出した。
『ねぇ、美唯、その赤いリボンは何なの?』
『えぇこれ? これはねぇ……』
その時、美唯は哀しげに俯いた。
だけど直ぐに明るい笑顔を向けてくれた。
『大切なお友達からくれた、大切な宝物なんだよ』
『へぇ~、そうなんだ。じゃぁ、大切にしないとね』
『うん……もう会えないから』
『えっ? 転校しちゃったの?』
『あ、う、うん、そう、転校……転校しちゃったの』
あの時美唯が話していた少女が、あの少女の事なんだ。
そして転校したと言う歯切れの悪い言葉も、嘘だったんだと気付く。
もしかしたらあの少女は……。
「あすかは……本当なら武装高に入学したんだ。武家の汐見家だったもんね」
「……やはり汐見だったか」
その言葉に桜夜先輩の性根が反応した。
武家という事は何か知っているのだろうか?
「桜夜先輩? 何か知っているんですか?」
俺の問いに卑しめる事無く桜夜先輩は答えてくれた。
「汐見というのは武家三台名門の一家。いや、だったの方が適切かもしれない。三大名門の一つは汐見、もう一つは音光寺、そして桜夜」
一家だったっという事はまさか今は外されているのか?
俺は推測もつかず、つい横目であの少女を一瞥してしまう。
「この三家は常に刃向っていてな。特にその血筋を受け継ぐ者同士は昔から酷く敵対していた」
過去を懐かしむように淡々と語りだす桜夜先輩。
俺は黙してその話に耳を傾けた。
悪を滅ぼす事が正業の桜夜家。
悪鬼を滅ぼす事が生業の音光寺家。
そして同じく、悪鬼を滅ぼす事が生業の汐見家。
同じ事を目的とする二家、音光寺家と汐見家は代々敵対関係にあったらしい。
その二家に代々受け継がれて来た流派があった。
音光寺は『炎』
汐見は『風』
桜夜は唯一、何も持ってなかった。
ただ剣を振るう、何も宿さないのが桜夜流。
そんな桜夜家は三家の中で一番の落ち零れと汚名され、それを返上するため懸命に宿すモノを、宿す術を考証していた。
一筋に探し続けた結果、何代をも超えた先に桜夜は『雷』を流派に取り入れる事に成功した。
それを具現化したのは歴代の中でも屈指の最強剣士と謳われた人物『桜夜飛龍』
戦前に生まれた彼はあらゆるモノを流派として具現化したと言われている。
一つは『雷』、もう一つは『月光』、そして『神』
その三つを宿した刀『雷切』『三日月宗近』『神切』は確かに今も尚、血筋を受け継ぐ桜夜沙耶に継承されている。
桜夜飛龍が生存していた同時期に桜夜家は再び三台名門として名を示すようになったのだ。
そして今、汐見の流派である『風』を使う者が眼の前にいる。
「私も少しは疑ったさ。風を流派としその名はあすか。 全てが汐見家の継承者と生き写しだった。だがそれは有り得ない事だ」
近代に進むにつれ、徐々に武家は衰退の一過を辿っていた。
その中でも取り分け継承問題に重圧されていたのは汐見家。
汐見家を苦しめていた重圧は遂に継承者がたった一人という事態まで追い込まれていった。
汐見家最後の継承者、その名は『汐見あすか』
「――ッ!?」
その名が桜夜先輩から出た時、思わず声にならない悲鳴を上げてしまった。
最後の後継者……?
薄らと結末が頭にちらつき出した。
汐見の継承者は『汐見あすか』
音光寺の継承者は『音光寺 悠紗』
桜夜の継承者は『桜夜 沙耶』
それぞれの誇りと血筋を守る為に峻烈を極める修練を積んでいった三人。
毎日が修練の繰り返し、自由な時間は学校に居る時だけだったらしい。
そんな中、三人がまだ一桁の年齢だった頃、凶報は突如届いた。
『汐見家の継承者、汐見あすかが死亡した』と。
原因も知らされた。
事件が起こり、武装活動に向かった武装高の生徒によって殺された、と。
汐見あすかは不幸な事件に巻き込まれて死んだ、と。
そう知らされた。
こんなの絶対におかしい……。
あの三台名門の継承者が巻き込まれた程度の事件で命を落とす筈がない。
汐見あすかの強さは本物なんだ……。
私と手合せしても、私の方が負けの数が多かったのだぞ……。
桜夜先輩は、汐見あすかの死をそう不可解だと感じたらしい。
だが、これは嘘でも虚構でも無く紛れもない事実だったのだ。
その事件が起きた日は『8月3日』
ちょうど美唯の誕生日だった。
「継承者を失った汐見家はその日を境に著しく下落。今になってはその名すら聞かない」
なら……今ここにいる『汐見あすか』は何なんだ?
実は死んではいなく、生きていたという事なのか?
だが、やはり一番動揺しているのは本人だった。
「わ、私が死んでいるだと……? ふざけるなッ!!! 今だって私はここにいるッ!!! それが一番の証拠じゃッ!!!」
あすかが桜夜先輩の胸倉を掴む勢いで駆けより、獣のように睨み付ける。
それでも桜夜先輩は涼しい顔をしていた。
「ならば訊こう。 お前に記憶はあるか?」
「――ッ!?」
酷く心を抉られ、返す言葉もなく下を俯くあすか。
それでも小さく呟いた。
「記憶はあるのじゃ……あるがぁ……」
「創られた記憶、後付されたような記憶。違うか?」
「…………」
もはや敵視していた眼は虚ろになり、人形のように動かなくなる。
だが、動かなくなったのはあすかだけではなかった。
「ちょっと待ってよぉ……それ……さあらと同じじゃ……」
恐慌に充たされ、震えながらも星見郷は言う。
確かに星見郷も同じ事を言っていた。
ならこれはどういう事なんだ?
『汐見あすか』と『星見郷さあら』は何か関係しているのか?
それとも何かが共通しているのか?
いや、という事はまさか星見郷は……。
「もしかしたら星見郷くんは既にし……」
そこまで桜夜先輩は言うと、掻き消すような星見郷の悲鳴が聞こえてきた。
「い、いやぁぁぁあああああああッ!!!!! これ以上何も言わないでぇッ!!!!!」
徐々に真相が解っていく。
点と点、それが一本の線上に現れ繋がって来た。
汐見あすかと星見郷さあらには共通している事がある。
それは『創られた記憶』と『後付されたような記憶』があるという事だ。
これは偶然ではなく理由がある。
あすかは桜夜先輩の言い分が正しければ既に数年、いや約十年も前に死んでいる。
なら星見郷も同じ可能性がある。
それが桜夜先輩が言い掛けた一つの可能性だ。
「ならどうしてさあらはここにいるのぉ!? 生きてるから……今までも生きて来たからここにいるんでしょッ!?」
必死に星見郷は叫ぶ。
叫ぶ事で自分が生きている事を証明出来る。
だから叫ぶ事しか出来ない。
その姿は親と逸れ、泣きじゃくりながら縋る子供のようだった。
「それはここが異世界だからだ。本当の世界は別にある」
桜夜先輩はこの世界を理解し始めたのだろう。
そんな真意が篭る言い放つような言葉だった。