28話-(1) この世界に吹く独り風
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「あすかぁぁぁああああッ!!!!!」
美唯が掠れるほどの声で叫んだ。
この世界が壊れる程の想いで――
二度と会えない人ともう一度巡り合えたように――
「な、なぜ私の名を知っている……? 貴様は何者だぁ――!」
初めて少女が動揺した。
そして、鋭い眼光で美唯を睨み刃先を向ける。
刃先が向いているのにも関わらず、美唯はその事にすら気づいていないように少女を視る。
「あすかぁ!? 私だよ! 美唯だよ!?」
美唯の言葉に微量に一瞬だけ記憶を辿る少女。
だが、再び鋭い眼光を美唯に向ける。
「知らぬ……! もう一度問う、貴様は何者だ?」
少女は驚愕の色を隠しきれていない。
いや、驚愕しているのは全員かも知れない。
なぜ美唯があの少女の名前を知っている?
俺も追憶するが、一片も心当たりがない。
「あすかぁ! 思い出してよぉ!!!」
「美唯! 落ち着け!」
駆け出しそうな美唯を俺は必死に止める。
少女――汐見あすかの刃先は美唯に向いている。
美唯が駆け出したりしたら……もう終わりだ。
「これ以上痴れ事を並べるようなら、斬る」
冷たく言い放った少女の言葉。
その言葉に、時間が止まったかのように美唯が動かなくなる。
そして、絶望し能面のように表情が変わらない美唯の頬にゆっくりと泪が流れ始めた。
「うそ……そんなの……そんなの絶対にうそ―――――ッ!!!!!」
幼馴染の俺ですら、聞いたこともない美唯の絶叫。
その絶叫がこの世界に響き、俺の魂にも響き渡った。
この少女は美唯にとって大切な人なんだ。
その少女が自分の事を完全に忘却してしまっている。
……何て残酷なんだろう。
いや、それにも理由があるのだろうか?
「斬る――!」
突如、少女が滑るような速さで美唯に近づく――!
いや、突進の方が正しいかもしれない。
俺にはその突進する過程すら眼に見えなかった。
このままだと横薙ぎの一撃で俺と美唯は纏めて斬られる――!
俺に出来たのは、この一瞬で起こった状況を憶測することだけだった。
だから、疾風のように迫ってくる少女の刃に、気付く余地もなかった。
『カキ―――ンッ!!!』
「馬鹿者! 何をしている!」
俺の視野にも入っていなかった桜夜先輩が突如流星のように現れ、少女の重い横薙ぎの一撃を受け止める――!
桜夜先輩は時間稼ぎか、ギギッっと鍔迫り合いをする。
「中沢くん! 月守くん! 成沢くんを連れて後退するんだ!」
背中で叫ぶ桜夜先輩の言葉に、俺と月守さんは互いの顔を一瞥した。
そして同時に頷き、半ば強引でもあるが美唯を引き摺るように歩かせた。
「美唯、哀しいのは解るが今はそんな状況じゃない。……それぐらいは解るだろ?」
「美唯先輩、しっかりしてくださいよ!」
後ろを気にしつつ俺と月守さんは美唯に囁く。
だが美唯は視線を落としたまま、何も話そうとしない。
けれども少し時間は掛かったが軽く頷いてくれた。
それを確認したら、俺は立ち止まり後ろを振り返る。
このぐらい後退すれば……大丈夫だろう。
状況も把握できるし絶妙な距離だ。
だが、あの少女ならこんな距離も一気に詰められるだろう。
あの速さに対応出来るのは……結界しかない。
少女を凝視しようと前方を見ると、俺たちの前に凛とした背中があった。
「私が、貴方たちを守る」
その背中は清王さんだった。
しっかりとした声で、確かな想いで守ると。
ふと自分の両手を視ると、そこは何も持ってなく空っぽ。
何も武器もない俺だが完全に無力という訳ではない!
「ありがとう清王さん。だけど俺も出来ることはする」
清王さんは半分だけ振り返り、俺の左眼を一瞥する。
それから直ぐに正面を向き、
「……無茶はしないで」
「あ、あぁ」
初めて清王さんに心配されたような気がして、少しドキッとした。
だから俺は気晴らしに周りを視た。
……状況を整理すると、俺と美唯、月守さんは後退し、清王さんは俺たちの前で護衛してくれている。
ガイの姿はない。 恐らく林の中に潜んで、スナイパーライフルを構えているのだろう。
桜夜先輩は前哨戦で刀を振るって死闘を繰り広げている。
星見郷は、その桜夜先輩の少し後ろで好機を待っている。
星見郷はあんなだが、桜夜先輩と互角の勝負を繰り広げていた猛者だ。
……人は見かけによらないんだな。
その二人が前線にいれば、勝てる。
そう俺は妄信していた。
「そろそろ決着を即けさせてもらう!」
好機とばかりに桜夜先輩は一触即発の鍔迫り合いを手元に流し、少女を前のめりにさせる――!
前のめりになった少女を桜夜先輩は背中目掛けて振り下ろす!
「な……ッ!」
だが、桜夜先輩の刀は宙を斬り、地面に刃先が突き刺さった。
その状況を視ていた俺ですら視えなかった。
あの少女は桜夜先輩の後ろにいる。
そして少女は居合いのような形で横薙ぎの一撃を振るう――!
『カキ―――ンッ!!!』
「もぉ~! お姉ちゃん何やってるのッ!?」
少女の重い横薙ぎの一撃を、星見郷が刀で受け止める!
鍔迫り合いになると推測したが、少女は一足で後方に飛び距離を取る。
……2対1というのを配慮したって事か。
「面目ない!」
桜夜先輩も刀を構え直し、少女と対峙する。
間もなくして、比喩ではなく眼に見えない速さで少女が突進する――!
突進すると同時に、この世界に強風が吹き乱れた。
まるであの少女は風を支配しているかのように。
「そんな速く突進したらこれは避けれないでしょ!」
星見郷はホルスターから拳銃を取り出しざまに発砲する――!
その動作に一秒すら掛かっていない!
だが――
「うぎゃぁ―――ッ!?」
被弾したのは星見郷だった。
思わず膝を屈してしまった星見郷だが、軽い身体を右に跳ぶようにして避け、距離をとる。
な、何が起きたんだ……?
星見郷は確かに少女に向かって発砲したが、その銃弾は全て星見郷に直撃していた。
防弾制服のお陰で無事のようだが、誰もがこの状況を理解する事が出来なかった。
だが、その謎も少女を視て一瞬で解けた。
あの少女――汐見あすかは風に包まれていた。
まるで恐怖に逃げまどうような風が、彼女の輝く青黒髪を舞い上がらせている。
それは何者であっても侵入の許さない、俺の結界と酷似していた。
なら、星見郷が発砲したあの銃弾も、この風により軌道を変えられたのか……。
それが不思議に思えないほど、圧倒的な存在感がそこにはあった。
それに気付いた星見郷は戦法を変えるため、大きく距離をとった。
だが、それと相反して桜夜先輩は突進する――!
「おおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
乾坤一擲の気迫と共に、まるで銃弾が放たれたような速さで少女に迫る!
しかし、桜夜先輩の突進は少女から吹く風によって止められた……!?
「くぅ……!」
突進は醜行と判断した桜夜先輩は、正面から吹く風の流れるままに距離をとる。
後退した桜夜先輩と入れ替わるように、先輩を飛び越えた星見郷は低い体勢で二つの刀の刃先を一箇所に集めた状態で突進する――!
「これならぁ……!!」
桜夜先輩の突進をも凌駕する速さで少女に迫る――!
だが、桜夜先輩すら止められた強風が星見郷を襲う!
「切り裂けぇ―――!!!」
強風が吹き荒れる中、星見郷は静止せず、一箇所に集めた刃先で風を切り裂いている!
それはまるで、空気抵抗を減らすため先端を細長くしている新幹線を連想させる。
「……ッ!!」
思わず驚きの声を漏らした少女は、風を止め防御体勢に入る。
互いの刃身が交差する手前、星見郷は空高く跳んだ――!
「お姉ちゃん!! 今だよぉ!!!」
星見郷が見つめた先には―― 既に呪印が桜色に輝き、呪文を唱え終わっている桜夜先輩がいた。
「解き放てぇッ!!! 零傑―――ッ!!!」
ギュッっと千鳥に力を込め全力を刃に送り込み、少女の胴をその場で上下に一刀両断する勢いで切り裂いた――!
切り裂いた瞬間、神風の如く衝撃波が跳ぶ――!
その衝撃波が、その場に彷徨っている風をも両断した。
「風は誰にも斬れぬ!」
桜夜先輩の桜剣、零傑に刀を振り上げ、衝撃波の軌道を上方に変える!
その先には、重力に従って下降している星見郷がいる――!
「えぇ……ッ!? これはヤバイってぇ!」
急迫する衝撃波に向かって畏怖する星見郷。
流石の星見郷でも、この展開は予想だにしていなかったらしい。
「ほ、星見郷くん!」
桜夜先輩はただ星見郷がいる上空を見上げる。
その表情には何も出来ないという苦心が滲み出ていた。
この暗礁な場面を庇護出来るのは――俺の結界しかない!
そう思うより先に、俺は左眼を見開いていた――!
「行けぇ―――――ッ!!!!!」
俺の絶叫と共に星見郷を囲む結界が生じ、軌道を変えられた衝撃波は結界に直撃する――!
外部からの侵入を許さない絶対的な結界。
それはどんな強力な業でも、その真価は変わらない。
「異能者……」
少女が何かを呟いた頃には強烈な零傑は消え、それと同時に結界も解除する。
「さすがお兄ちゃん!」
星見郷は無事に着地し、一足で跳び桜夜先輩の所まで後退する。
「沙耶お姉ちゃん! コイツ相当強いよぉ!」
「ああ、確かに出会った事のないような屈指の猛者だ。同じ手はもう通用しないだろう」
桜夜先輩は千鳥を握り直し、真っ直ぐ少女を視る。
そして、必然的に閑静な静寂が訪れる。
それは、まるで静止画のように互いに動かない。
「星見郷くん、私に続け」
「任せたよ、お姉ちゃん」
互いを奮い立たすような、二人の声。
そして――
「行くぞ―――――っ!!!!!」